読めない

2026年10月16日

私の乱読史

 どうしたものだか、仕事に関わらない本がまた読めるようになってきた。この春くらいからのことである。

 もともと私は割に乱読なほうで、文字通り手当たり次第になんでも読んでいた。どのくらいの乱読かというと、小説から妹の少女漫画、実家の改装工事で内装屋が持ってきた塗料の注意書きまで、文字ならなんでも楽しく読めた。

 契約書なんかもよく読むと結構面白い。なんといっても不可抗力条項に天変地異と並んで記載されている、「戦争、暴動、内乱、反乱、革命」あたりには、なかなか興奮させられるものがある。初めて車を買った時には「そうか、革命が起きてこの車のローンがチャラになる可能性が……」などと邪な想像力を膨らませたりもしたが、日本社会は一応、自由民主主義体制と資本主義経済を維持しており、その時買った車(中古のトヨタ「ポルテ」)もローンを払い終えてしまった。

 この種の「読み取るべきでないものを勝手に読み取って楽しむ」というメソッドの先駆者は、先般亡くなった漫画家の東海林さだおであろう。「メニュー物語」というエッセイ(『トンカツの丸かじり』、文春文庫、1995年)において、同氏は、近所のラーメン屋のメニューからメン族興亡の壮大な物語を紡ぎ出した。いや、紡ぎ出すなよという話ではあるのだが、紡ぎ出せてしまうのである、漫画家だから。それなら軍事評論家にだってできるのではないかと思い、先日、下北沢の蕎麦屋で一杯やりながらメニューを睨んでみたのだが、いまひとつ明確なストーリーにはならなかった。やはり東海林さだおは偉大であった。

2026年10月24日刊行『ゲンロン19』

小泉悠

82年生。東京大学先端科学技術研究センター准教授。専門はロシアの軍事・安全保障政策。著書に『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版、サントリー学芸賞)、『ウクライナ戦争』、『現代戦争論』(ともにちくま新書)、『終わらない戦争』(文春新書)など。
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