スカーレットは新たな家族像をつくりだしていた──ミッチェル『風と共に去りぬ』|鴻巣友季子 聞き手=上田洋子

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2025年5月10日刊行『ゲンロン18』

 

『風と共に去りぬ』 Gone with the Wind(1936)
マーガレット・ミッチェル Margaret Mitchell(1900-49)
引用元=https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Gone_with_the_Wind_(1936,_first_edition_cover).jpg

 『風と共に去りぬ』は世界的なベストセラー小説だ。日本でも長らく愛されてきた。とはいえ、ヴィヴィアン・リー主演の映画や宝塚のミュージカルなど「劇」としての受容が圧倒的に多かった。『風共』は「見られる」作品だったのだ。

 鴻巣友季子氏の新訳(新潮文庫、2015年)が、それを「読まれる」作品へ変えた。南北戦争下のアメリカを生き、家族や土地を守りぬく主人公スカーレット。従来の恋愛小説のイメージとは異なる、銃後の家族を描いた骨太の戦争文学の姿が、いきいきとした現代的な翻訳で明るみに出された。

 ゲンロンでは2021年3月に、鴻巣氏をお迎えしてこの新訳について語っていただくオンラインイベントを開催した★1。『風共』の原文では、地の文に登場人物の声が溶け込む「自由間接話法」が駆使されている。語り手が主人公に同一化したり、逆に客観的に離れたりすることで、戦争の建前と日常の二重性が十全に描かれているのが素晴らしい。

 複雑な社会を複雑なまま描く文学の力に感銘を受けたことが、今回の特集に4年を経てつながった。コロナ禍が起こり、戦争のニュースが日常化したいま、『風共』の現代性についてあらためて鴻巣氏に尋ねた。(上田洋子)

2021年3月のオンラインイベントに参加する鴻巣友季子

いま古典はどのように読まれているか

──鴻巣さんは『風と共に去りぬ』(以下『風共』、新潮文庫)の翻訳者です。2015年のこの新訳によって、それまで日本では映画や演劇で親しまれてはいても、小説としてのイメージの薄かった『風共』はいっきに読まれるようになったのではないでしょうか。鴻巣さんには2021年、「『風と共に去りぬ』とアメリカ」というテーマでゲンロンカフェにもご登壇いただきました。そのときにも伺ったのですが、『風共』にはアメリカのさまざまな面が映し出されている。今回は、『風共』に見いだせる家族の問題や一族の想像力、そしてアメリカのいまについてもお聞きできればと思います。

 ところで、一族の想像力というテーマで語るべき文学作品を考えたときに、意外にもアメリカ文学の名がたくさん挙がりました。家族という主題はアメリカで特に重要視されているのでしょうか。

 

 2024年に、ニューヨーク・タイムズが21世紀のベストブックス100を発表しました★2。このリストを見ると、主なテーマは、「南北分断」、「環境問題」、そしてこの20年くらいで流行している「ディストピア」の3つです。それらに関連して歴史・戦争ものもよく扱われます。この3つの他というと、際立って多いのが家族ドラマです。

 例えばリストの5位にあるジョナサン・フランゼンの『コレクションズ』は邦訳もありますが、中西部の伝統的な家族観を重んじる田舎に暮らす夫婦の話です。発売された直後に9・11が起き、ベストセラーのリストがすべて化学兵器やテロリズムについての書籍にがらっと変わったのですが、これだけはランキングから弾き出されず売れつづけたというくらい、あらゆる層が読んでいました。  ただしアメリカでは、やはり保守とリベラルで読書の傾向が分かれていると感じます。


★1 鴻巣友季子×東浩紀×上田洋子「『風と共に去りぬ』とアメリカ」、2021年3月12日
URL=https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20210212
★2 “The 100 Best Books of the 21st Century,” The New York Times.
URL=https://www.nytimes.com/interactive/2024/books/best-books-21st-century.html

鴻巣友季子

63年生。翻訳家、文芸評論家。訳書にマーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』、ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』(新潮文庫)、マーガレット・アトウッド『誓願』、クレア・キーガン『ほんのささやかなこと』(早川書房)など多数。主な著書に『謎とき『風と共に去りぬ』』、『文学は予言する』(ともに新潮選書)など。
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