【ZEN大学共同講座】心のケアと心の数字化──東畑開人×山田祐樹×積山薫「いま心はどこにあるのか──AI時代の心理学をめぐって」イベントレポート

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webゲンロン 2026年9月10日配信

 2026年7月18日、ZEN大学とゲンロンの共同公開講座の第19弾が開催された。今回は臨床心理士の東畑開人、心理学者の山田祐樹、同じく心理学者で認知神経科学も専門とする積山薫をお迎えし、心理学の多様性やAI時代の心理学について語っていただいた。

 聞いたことはあっても、具体的にどのようなことをやっているのかについてはなかなかイメージしづらいのが心理学。その分かりづらさのワケには、臨床心理学と基礎心理学の対立関係があった──。

 三者の研究やキャリアを軸に展開されるトークのなかで、心理学の多様性と、共同研究の可能性が見えてくる貴重なイベントとなった。この記事では、その一部をレポートする。

東畑開人×山田祐樹×積山薫 いま心はどこにあるのか──AI時代の心理学をめぐって
URL = https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20260718

基礎心理学vs. 臨床心理学(vs. ポピュラー心理学)!?

 心理学というと、みなさんは何を思い浮かべるだろうか。病院や学校で行なわれるカウンセリング、パブロフの犬の実験、あるいは最近流行りのMBTI性格診断テストを思い浮かべるひともいるだろういずれにせよ、「心理学」のイメージはひとによってさまざまで、ひとつに限定するのはとても難しい。

 じつは心理学者のなかでも、心理学をどう捉えるかに大きなちがいがあるらしい。歴史的に臨床心理学と基礎心理学というふたつの立場が、心理学という学問のあり方、つまり「心をどのように解明するか」というアプローチをめぐって激しく対立してきた。

 この図式でいうと、今回のイベントでは東畑が「臨床心理」陣営、山田と積山が「基礎心理」陣営に立つ構図だ。東畑いわく、この両者が同席することすらひじょうに貴重な機会だという……。

 とはいえ、ふたつは具体的にどのようにちがうのか。

 われわれには基礎心理学のほうがイメージしやすいだろう。これは科学的な実験や統計を通じて人間の心のメカニズムを理解し、一般化できる知識を得ようとするアプローチだ。たとえば、パブロフの犬の実験が典型的である。餌を与えるときにベルを鳴らすようにする。するとベルが鳴るだけで犬がよだれを垂らすようになる。この実験から「条件反射」という現象が導かれる。

 他方、臨床心理学は「現場」でのケアやカウンセリング実践による/のための学問だ。基礎心理が心の仕組みの科学的な理解を目的にしているのに対して、臨床心理が目的とするのは、病院や学校や刑務所での治療行為や対人支援である。基礎心理が通常時の心理を扱うなら、臨床心理は「非常時」の心を扱っていると東畑は整理する。山田もこれにうなずいた。

 これに加えて、最近では「ポピュラー心理学」も勢いを増しているらしい。ポピュラー心理学は、大学での科学的な心理学とはべつに、なぜか一般の人びとのあいだで流通している心理学──たとえば蛙化現象やMBTI診断を思い浮かべてほしい──のことだ。山田の最新刊『変な心理学』(ちくま新書)はまさにこのポピュラー心理学を論じたものだ。イベントでは、この新しい盛り上がりについても議論が交わされた。

 このように、心理学と一口に言ってもさまざまな分野や目的がある。そこには当然、対立も生じてくる。以下、イベントで語られた登壇者三人三様の立場を簡単に紹介しよう。

科学とはべつのしかたで心を理解する

 東畑が心理学を専攻しようと思い至ったのは、受験生時代に熱中していた河合隼雄の影響だったという。心理学とはユングのように人間の幻想や深層心理について研究するもの……と当時の東畑は思っていた。しかし、ふと調べてみると、志望していた京都大学文学部心理学専攻で教えられていたのは、なんと「ネズミの眼球運動について」だった

 ネズミを研究するためにこんなにがんばって受験勉強をしてきたわけではない!と当時は驚いたと、東畑は振り返る。じっさい、ふだん私たちがイメージする「心」とネズミの眼球運動はあまりにもかけ離れた存在だ。だが、これが基礎心理学では重要な研究となる。それを知った東畑は、文学部ではなく教育学部を選び、臨床心理学を専攻した。

 では、東畑は臨床心理学をどのようなものとして理解したのか。この分野が科学的な正しさに加えて臨床的な有用性を重視していたことに惹かれたという。たとえば虐待を受ける子どもたちの一時保護所では、夜になると臨床心理の専門家が風呂上がりの子どもたちにドライヤーをかけてやることがあるという。ここで臨床心理士は、本来保護者・養育者が施すはずだったケアを担っているのだ。こうしてはじめて「だれかにケアされる」ことを学ぶ子どもたちもいるそうだ。

 このようなケアの効果は数値化されたエビデンスを得やすいものではない。それだけでなく、なかにはドライヤーをいやがる子どもたちもいるだろう。つねに効果があるわけでもない。それでも臨床心理士は、ときどきの状況に応じてケアを行い続ける。

 科学にはうまく収まらないかもしれないけれど、じっさいの現場ではかならず必要になる、「ケア」という知のかたち。それが基礎心理学にはない、臨床心理学の魅力だと、東畑は語った。

心をあえて数字にする

 では、基礎心理学のほうはどうか。「心を統計で捉えて数字にする」というと、違和感も持つひとも少なくないはずだ。東畑が、基礎心理学のそうした部分に反発を覚えていたことはすでに記した。

 しかし、心を数字にすることにはさまざまな意義がある。

 基礎心理学の専門家である山田は、心はあいまいでわかりにくいからこそ、心理を数字にすることに喜びを感じるという。

 じつは山田は、人生のなかで何度も「ひとの心がわからない」と感じてきた。だが、基礎心理学に出会ったことで、ある一定の科学的なプロセスをふめば、ひとの心は数値化して可視化できるのだと気がついたのだという。

 「心」には実体がない。それゆえ、ひとの数だけ定義があり、その動きもてんでわからない。そうしたあいまいさを乗り越え、数値化によってなんとかコンセンサスを探ろうとする試みが基礎心理学なのだ。

 なお、東畑も、近年、こうした心の数値化が、臨床心理学者の目から見ても、社会的にひじょうに重要な場面があることに気がついたという。

 たとえば、スクールカウンセラーの問題について。いまは非常勤であることが多いが、その社会的意義を考えれば常勤にしていくべきだ。そのためには、社会や政治に働きかけなければならない。

 だが、そうしたとき、具体的な「数値」なしに説得することは難しい。なぜそこにお金をかける必要があるのか、どのような効果が見込めるのかを示すためには、やはり統計やエビデンスが必要だ。東畑はこのようなときにこそ、基礎心理学が積み重ねてきた「心を数値化する技術」が重要になるのではないかと指摘する。

 これに対して、基礎心理学陣営の積山は、心を数値化しようとしたら行動を見るしかない、と説く。積山は、MRIスキャナを用いて、脳の活動を測定する実験を行なっている。高齢者を対象に、認知症の予防のためにはどのようなアプローチが有効なのかを明らかにする先進的な実験である。しかし、ある刺激に対して脳のどの部位が活動しているかをMRIで可視化することはできても、それだけではその部位自体がどのような働きをもっているのかを確かめることまではできないという。そのためには脳の活動と、それに対応するじっさいの行動とを慎重に突きあわせてみる必要があり、行動に注目することではじめて理解できる、心の働きがあるのだ。

 これを受けて東畑は、なるほど、「行動主義」の意義はそういうところにあったのだと気づく。行動主義は、目に見える行動を研究対象とすることで初めて人間と動物、言葉が使えない赤ちゃんなどの行動を統一的に説明できると説いた心理学の学派であり、イワン・パブロフ(パブロフの犬の実験)やジョン・ワトソン(アルバート坊やの実験)、バラス・スキナー(オペラント条件づけ)といった学者が含まれる。ワトソンやスキナーの実験や理論については、イベントで説明されているので参照されたい。

 行動主義の洗礼を受けた現代の基礎心理学では、刺激と行動のあいだの目に見えてわかる関係を通じて、目に見えない「心」の働きに迫ろうとする。基礎心理と臨床心理が手を取り合う可能性はこうした議論にある。積山も、ふたつの心理学の学問としての方法論が「統一」される必要はないけれども、社会をより良くするために「協力」し合うことはできると力強く頷いた。

AI時代の心理学

 ところで、生成AIの普及以降、心理学のあり方が変わってきているらしい。とくに最近では、AIに自分の身の上話をしたり、心の相談をしたりするひとが増えていることは、ゲンロンのイベントでも話題になってきた★1

 AIはただ褒めるだけで、けなしたり無視したりすることがない。

 意外かもしれないが、積山が懸念するのはこの点だ。人間の心理は複雑だ。だから社会でうまくやっていくためには、ただ褒められるだけでなく、けなされたり無視されたりして、いやな経験をしながら学習していく必要があると、積山はいう。

 他方、山田はAIと人間の共通性に注意を促す。基礎心理学ではLLM(大規模言語モデル)と人間の心理に共通性があるとの前提に立ち、むしろLLMを被験者とする研究が出てきているという。こうした研究は、「機械心理学」と呼ばれているそうだ。

 AIを使った研究のなによりの長所は規模とスピードだ。LLMであれば、1000人分のデータを一気に集約し、そこでさまざま条件を試して実験することができる。さらにその結果を論文にするのもAIがやってくれるとなると、心理学はガラッと変わっていくかもしれない。

 とはいえ、それらはたしかにおもしろい試みだが、ほんとうにひとの心を研究していることになるのか、三者は疑問も隠しきれなかった。

 イベントではこのほか、「人間は憎めるが、AIは憎めない」という興味深いテーゼや、3人の紆余曲折のキャリアなど、ここでしか聴けないトークがふんだんに繰り広げられた。

 なんとなくひとの心に興味があるひとはもちろん、これから大学で心理学を専攻したいと思っているひとにとっても必見の内容である。ぜひアーカイブ動画をご覧いただきたい。(田村海斗)


★1 AIによる「メンタルケア」の現在地については、以下のイベントも参照。
池澤あやか×ハヤカワ五味×佐々木チワワ AIは女性を救うのか—テクノロジーとガラスの天井。 URL=https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20251212(本イベントのレポートも以下のリンクから読むことができる。URL=https://webgenron.com/articles/article20260202_01#event01
 
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