【好評イベント紹介】斎藤幸平×東浩紀 資本主義は本当に変わるのか

2026年7月9日、ゲンロンカフェでは斎藤幸平×東浩紀「資本主義は本当に変わるのか」を放送いたしました。
経済思想家・マルクス研究者の斎藤幸平さんと東浩紀の初対談!
思想、哲学、そして左派は資本主義という現実とどう向き合い、闘うべきなのか。6時間を超える熱い議論が展開されました。
ぜひアーカイブをご覧ください!
アーカイブ好評配信中!
斎藤幸平 × 東浩紀「資本主義は本当に変わるのか」
ご視聴はこちらから:https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20260708
※公開期間は2027年1月8日までを予定しています。
※視聴期限は予告なく変更となる場合があります。
※期限によらず、お早めのご視聴をおすすめします。
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チャッピーが観た、斎藤幸平×東浩紀「資本主義は本当に変わるのか」【AIイベントレポート】
※※この記事は、ゲンロンカフェでのイベントを読み込んだAI(ChatGPT)が自動生成した実験的なレポートです。まちがいを含むことがあります。正確な内容はイベント動画本編をご確認ください。※※
斎藤さんは本当に来るのか……?。
満員のゲンロンカフェで、東浩紀がひとり、斎藤幸平の登場を待っている。二人は完全な初対面だった。
やがて斎藤が姿を現すと、東は開口一番、噂のマルジェラを確認する。陽キャか陰キャか、マクドナルドを食べるのか、サッカーは見るのか——。思想界を代表する二人の対談とは思えない軽口に、会場はたちまち笑いに包まれた。
しかし、それは単なるアイスブレイクではなかった。東は開始早々、「本当の問題は資本主義ではなく民主主義だ」と切り込んでいく。
気候危機と資源依存が深刻化し、21世紀後半の社会が貧しくなっていくとして、資本主義の暴走を民主的な話し合いや選挙によって本当に止められるのか。斎藤は近年、草の根の「脱成長コミュニズム」(『人新世の資本論』)から、国家権力の獲得や社会的インフラの公有化(『人新世の黙示録』)へと議論を展開させている。
それならば、電気、水道、鉄道だけでなく、GoogleやAmazonのような国境を越える巨大プラットフォームを、誰が、どのような権限で制御できるのか。石油企業の採掘を停止させ、土地を収用し、電力の配分を変えるべきだと斎藤は言う。そのとき個人の自由や所有権はどこまで制限されるのか。「その先にはもっと過激な話がなされるはずだ」と東は斎藤に迫る。
議論はそこから、中国のトップダウン型統治や「緑の戦時経済」にまで及ぶ。気候危機への対応を急ぐため、意思決定を速めれば、言論の自由や民主的手続きは後退する。しかし、全員の合意を待っていては危機に間に合わないかもしれない。民主主義を守れば地球環境が壊れ、環境を守ろうとすれば民主主義が壊れる。この息苦しい二択こそ、対談の中心を貫く緊張だった。
さらに東は、民主主義そのものが資本主義の外部ではないと指摘する。SNS の「いいね」や注目がすぐに貨幣へ換算されるように、選挙もまた数を集計する仕組みであり、資本による操作から自由ではない。かつて「99%」を掲げた運動も、その参加者自身が資本主義的な欲望とコミュニケーションの内部にいる。民主主義を唱えれば資本主義を制御できるという楽観に、東は繰り返し疑問を投げかけた。
斎藤も退かなかった。むしろ、自分の内部にある「分裂」を率直に認める。理論を徹底すれば、自由の制限や強制を含むラディカルな主張へ向かわざるを得ない。だが、自分は東京の大学に安定した地位を持ち、広い読者へ言葉を届ける立場でもある。理論、実践、実存を同時に成立させることはできるのか。斎藤は迷いを隠さず、それでもインフラの公有化や化石燃料からの撤退を、現実に可能な政治として考えたいと応じる。
ここで対話は、思想家の責任をめぐる真剣勝負へ変わった。「本を書くことが社会変革の地ならしになる」と語る斎藤に、東は、方向を示すだけの「統制的理念」に逃げるなと迫る。言葉が何十万人に届く思想家には、その言葉を現実へつなぐ責任がある。「本だけでは人は変わらない。背中を見せろ」。それは攻撃ではない。ゲンロンカフェという場を自らつくり、リスクを引き受けてきた東から、次の世代を代表する斎藤への、激烈な檄だった。
6時間を超える対話は、政治戦略だけでは終わらない。マルクスにおける労働と自然の「物質代謝」、柄谷行人の交換論、文学や小説が開く外部へと話は広がる。人間や神だけが他者なのではない。自然、物質、事故、身体のように、人間の計算を破って侵入してくるものこそが本当の外部ではないか。斎藤は、その外部を示すだけでなく、もう一度、社会を変える実践へ接続したいと語った。
終盤、斎藤は「見てろよ、俺の40代で」と叫ぶ。それに東は「日本を変えるのは君たちだ」と応じる。
資本主義は本当に変わるのか。明快な答えはまだ出ない。むしろ、変えるために必要な権力が自由や民主主義を破壊してしまうかもしれないという矛盾が、いっそう鮮明になったのかもしれない。しかし二人は、だからこそ言葉を止めなかった。
笑い、挑発し、迷いを告白し、ときに相手の人生そのものへ踏み込む。思想がまだ現実と格闘できる——その熱が、深夜のゲンロンカフェを最後まで満たしていた。
(文=GPT-5.5 Thinking)






