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    災害の記憶と「第三者」の役割──片山夏子×吉田千亜×石戸諭「あれから10年目、原発事故はまだ遠く離れていない」イベントレポート

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    ゲンロンα 2020年10月10日配信

     震災・原発事故をメインテーマにしたイベントは、ゲンロンカフェでも久しぶりだ。10月6日に登壇したのは、片山夏子、吉田千亜、石戸諭。東京新聞の記者である片山は原発作業員を、フリーライターの吉田は双葉郡の消防士を長い時間をかけて取材してきた。事故から10年が経過しようとする今年、2人の著作が講談社 本田靖春ノンフィクション賞を同時受賞した(片山夏子『ふくしま原発作業員日誌』・吉田千亜『孤塁』)。10年という時間が経ったことで、ようやく届く当事者の声がある。わたしたちはそれをどう受けとめればいいのだろうか。被災者の声を丁寧にすくい取った『リスクと生きる、死者と生きる』の著者・石戸を交えた議論は深夜に及んだ。(ゲンロン編集部)
     

    最前線にいるひとたちの顔


     原発事故の最前線で作業しているひとたちの顔が見えない。片山は、福島第一原発の記者会見の場にいて、そう思ったのだという。地震の翌日に名古屋から東京での国や東電の記者会見の取材に駆けつけた片山は、水素爆発がつぎつぎ起きるなか作業員は大丈夫なのだろうかと危惧していた。

     記者会見で伝えられていたのは、刻々と変化する格納容器の圧力や注水などの危機的状況だった。そこでは、ひとりひとりの人間にスポットは当たらない。どんな人たちがどんな思いで作業をしているのか。現場の様子を知りたかったという。

     災害を記憶するために必要なのは、具体的に想像できる顔かもしれない。

     それぞれの顔をもった人間として原発作業員に迫ったのが、片山の『ふくしま原発作業員日誌』だ。取材は9年にわたり、いまも続いている。何度も話を聞いた原発作業員の子どもたちは、そのあいだに小学生から大学生になっていた。

     それだけの時間をともにしたからこそ、片山と彼らのあいだには人間的な関係が生まれた。一方的に話を聞くのではなく、お互いに話し合い、喧嘩をすることもあったと片山は振りかえった。「片山は働きすぎだから休ませてやってくれ」――そんな電話が、ある原発作業員から片山の職場にかかってきたこともあるという。

    「第三者」だから聞けること


     自分が聞いてきた原発作業員たちの話を振りかえって、片山は彼らの苦悩を感じたという。家族も避難を繰りかえすなど厳しい状況のなか、自分が苦しさや弱音をさらけ出してしまえば、家族が壊れてしまうかもしれない。そんな思いを抱え、大事だからこそ最も身近な家族にも自分の思いを話すことができなかった作業員もいたという。

     ほかの誰にも話すことのできない声を拾いあげる記者の役割を、石戸は「第三者」と言い表した。彼らが話を打ち明けられたのは、記者が自分の生活とは関係ない第三者だからだ。当事者に寄りそうだけではなく、自分が第三者であることを自覚することが重要ではないかと石戸はいう。

     わたしたちから見て、当事者にしか聞けない話があるだけではなく、当事者にとっても、「第三者にしか話せないこと」があるのだ。

    あったはずの日常


     吉田も『ルポ 母子避難』で登場した女性とは友人であり、その関係が続いているそうだ。ある女性は震災後しばらくして、避難先から自宅に戻るか悩んでおり、一緒にもとの家を見に行きもしたのだという。その家の様子を目の当たりにして吉田は、震災がなければ続いていたはずの彼女の日常に気づかされたという。

     
     

     それまで、自分は事故後の彼女しか知らなかった。そのことに吉田はショックを受けたという。震災がなければあったはずの日常を知らなければ、被災したひとたちが失ったものを知ることはできないのだ。

     その経験もあり、吉田は『孤塁 双葉郡消防士たちの3.11』のプロローグに思いを込めた。そこでは、2人の若い消防士の震災前の日常とそれまでの人生が描かれている。さまざまな偶然や事情が重なり、彼らは原発事故の最前線に立たなければならなくなった。事故以前には、もし原発事故が起きたときには、住民の避難誘導にあたる予定だったのだという。しかし実際に事故が起きてみれば、彼らは原発機内の給水活動や火災対応にも出動することになる。自分の命が危ぶまれるほどの現場に行ってでも守ろうとした故郷には「避難指示」が出て、人の気配はない。その心境は、それまでの日常を想像してはじめて理解できるのだろう。

     石戸も、このプロローグが印象に残ったという。そして、震災以前の日常を想像することのむずかしさを語った。被災者はいまも大変な暮らしを送っている。だから、取材でスポットが当てられるのは、日常が壊れてしまったあとのことになりがちだ。

     同じことが、様々なメディアをとおして被災者の声を聞くときのわたしたちにもいえるかもしれない。それをわたしたちは「被災者の話」として受け取る。そのとき同時に、彼ら彼女らが「被災者でなかった」可能性を想像することが必要なのだ。

    災害の記憶と時間


     東日本大震災からまもなく10年。多くの公的補償は打ち切りとなり、政府主催の追悼式も2021年を最後に行われないことになった。また、新型コロナウイルスによって、震災・原発事故の報道自体が少なくなってしまった。

     
     

     10年という節目が震災を思い出させるきっかけになることを認めながら、石戸はその危うさを指摘した。災害や事故の記憶は、数字で測られるような時間で区切りがつけられるものではない。そんな簡単な区切りで考えてしまうのは東京の目線であり、悪い意味での第三者視点なのだと。

     時間で区切りをつけるのではなく、被災者の経験を震災前からの連続した時間で捉えること、震災が起きなかった別の時間を想像すること。それが、第三者に求められることかもしれない。

     
     

     片山と吉田をとおして聞く当事者たちの声は、深く心打たれるものだった。その内容は、ぜひ彼らと実際に接した「第三者」の声をとおして聞いてほしい。(國安孝具)

     ゲンロン中継チャンネルでは、10月12日まで全編がタイムシフト公開中です。都度課金1000円で、期間中は何度でも視聴できます。
    片山夏子×吉田千亜×石戸諭「あれから10年目、原発事故はまだ遠く離れていない――『ふくしま原発作業員日誌』『孤塁』講談社 本田靖春ノンフィクション賞 W受賞記念」(番組URL= https://genron-cafe.jp/event/20201004/
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