基号(サブシンボル)を定義する
接続主義の文字学(グラマトロジー)的定位
2+2=4。見てのとおり、いたって単純な計算である。加法の公理を用いて等式を証明することは容易だし、「AND」「OR」「NOT」といった基本的な論理ゲートをいくつか組み合わせれば、これをふくめた自然数の足し算を実行する一般的な電子計算機を作ることもできる。
「2+2は?」と問われたあなたが「4」と答えるとき、そこで起こっている事態はもうすこし複雑だ。計算が脳で行われていると仮定しよう。たがいにシナプスによって接続された無数のニューロンのあいだを、発火が伝い連鎖していく。耳や眼にはじまる入力の問題を差し置いたとしても、そこで生じている演算の膨大な量は、もともとの式が表していた情報量の比ではない[◆1]。そしてこの過程では、各ニューロンがそれまで保存していた状態量や結合強度(コンテクスト)の影響が不可避に混入する。あるいはあなたは「4」と答える代わりに、困惑しながら「なぜ突然そんなことを?」と相手に返すかもしれない。友人とドストエフスキーやオーウェルについての談義を嗜んでいる最中なら、賢しらな笑みを浮かべて「5」と答えることもあるだろう。いずれも、必ずしも不適切な回答ではない。どうやらわれわれが直観的にやっている言語操作は、たんなる電卓的な計算以上のものであるらしい。
規則的な計算と直観的な計算──1988年、アメリカの認知科学者ポール・スモレンスキーは、これらふたつの演算様式を区別するための枠組みを提案した[◆2]。人間の意味認知のありかたをもっぱら離散的な記号操作として理解しようとする古典的な「記号主義 symbolism」に嫌気が差していた彼は、それに代わる「接続主義 connectionism」というべつの考え方を対置したのだ。
「無意識は言語のように構造化されている」とは精神分析家ジャック・ラカンによる有名なテーゼだが、この言い回しを借りれば、スモレンスキーの主張は「無意識は言語のようには構造化されていない」と端的に要約することができる。曰く、人間の認知は記号主義が想定しているような言語モデルだけでは説明できず、それを模倣しようとする機械も記号主義的に設計されるべきではない。彼は言語の認知を複数の水準で捉え、画定された「記号 symbol」の下層に、ニューラル・ユニットを演算素子とする「基号 subsymbol」の水準を導入する。のちに深層学習へとつながる、設計思想のパラダイム・シフトである。
スモレンスキーは、工学的な意図のもとで「基号」という概念を導入した。本稿ではこれからこの「基号」を、カンタン・メイヤスー、ジャック・デリダ、ジョージ・キングズリー・ジップ、そしてミシェル・セールの語ないし文字についての議論と接続し、哲学的な概念として再定位することを試みる。
2026年10月24日刊行『ゲンロン19』

髙多伊吹




