ひとは「エモさ」に抗えるか? 西田亮介×小泉悠(+東浩紀)「エモさと戦争──ボクらが出禁になった理由 」イベントレポート

シェア
webゲンロン 2025年12月29日配信

 2025年11月13日、ZEN大学とゲンロンの共同公開講座第16弾が開催され、社会学者の西田亮介と、ロシア軍事が専門の小泉悠の二人が、「エモさ」と戦争の時代をどう生き抜くかをテーマに対談を行なった。

 このイベントは、7月にゲンロンが出版した『エモさと報道』の刊行記念イベントでもあり、同書の主題である「エモさとメディアの関係」が議論の中心になった。社会学と国際政治両方の観点から、「情報」と「情動」の時代に必要な態度について話し合われ、終盤には東浩紀も加えて、昨今のメディアの話題で大いに盛り上がった。

西田亮介×小泉悠(+東浩紀) エモさと戦争──ボクらが出禁になった理由 
URL = https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20251113

国家的「出禁」

 イベントは小泉がロシア政府から「出禁」になったという話題から始まった。なんとイベント前日の11月11日、日本政府による制裁への対抗措置として、ロシア外務省が小泉を含む日本人30名を無期限の入国禁止措置にしたのだ。ニュースを見て驚いた人も多いかもしれない。なにしろ国家単位の「出禁」である……!

ところが、出禁リストをよく見ると、人名や所属機関名が間違っていたり、役職が数年前のままであったりと、仕事が粗雑であることがわかる。小泉の肩書も、東京大学先端科学技術研究センター「准教授」のはずが、「講師」と記載されており、数年前に作られたリストであることがうかがえる。なんともお粗末な話だ。

 こうした不備の理由について小泉は、リストに挙げられた一人一人に意味があるというよりも、まとまった数の日本人を出禁にすること自体にメッセージが込められているという。ウクライナ侵攻以来、こうした措置は既に4回行われており、今回のものはいわば「第5次出禁措置」である。これは新たに成立した高市政権に対するジャブの意味合いがあるのではないだろうかというのが小泉の読みだった。

 専門外の人間からすると、ロシアへの入国禁止はロシア研究者にとって研究生活に関わるものだと思ってしまいそうだ。けれども、意外に小泉は冷静に今回の出禁を受け止めていた。そもそも小泉の研究スタイルは、衛星画像の研究や、欧米のロシア軍事専門家との交流が主であり、現地への出禁措置はあまり影響がないとのこと。そもそもウクライナ侵攻当初からロシアを批判してきた小泉にとっては、出禁は想定の範囲内だったのかもしれない。

抑止のための「敵国研究」

 では具体的に、小泉は普段どんな研究をしているのだろうか。じつは、小泉が研究活動をしている所属機関は主にふたつある。東大先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)と、小泉が軍事ジャーナリストの小原凡司と共同で立ち上げた、一般社団法人DEEP DIVEである。

 注目すべきはDEEP DIVEだ。衛星画像やビッグデータの分析を通して、大規模戦争の兆候などを把握し、警戒を促すことを使命としている。国家機関では情報漏洩に繋がるために公開できない情報も、DEEP DIVEであれば人々に周知することができる。戦争が始まる前に情報を得て住民に避難を促すことができるようになれば、これからの安全保障の鍵を握る組織になるかもしれない。

 こうした活動の背景には、既存の地域研究とは違った角度で外国を研究する人間を増やそうという小泉の意図がある。小泉は古い言葉で誤解を恐れずにいえば、「敵国研究」がいま必要なのだという。大日本帝国では、戦争準備のためにソ連や中国といった「敵国」の研究をしていた。それと同様に、しかしむしろ戦争抑止の観点から、現代日本も他国の軍事や経済を研究する人材を養成する必要がある。「敵国」という表現は不適切かもしれないが、なくてはならない視点だ。

 さらにROLESやDEEP DIVEが、たんなる国防のためのシンクタンクではなく、若手研究者の養成も兼ねる組織になれば、大学では掬い取れなかった知の育成にもつながるはずだ。前半部ではこのような、普段は語られない小泉の「アツい」思いがひしひしと伝わってきた。

エモさが覆い隠すもの

 後半は、西田の著書『エモさと報道』にちなんで、小泉から「エモさ」の話をしたいという提案があった。小泉によると、軍事オタクにとっての「エモい」話にも典型例がある。それは特攻隊だ。死ぬと分かっていて、国のために戦地へ赴く特攻隊の話は美談であり、たしかにエモい。

 ただし小泉の話はそこで終わらない。特攻隊のようなエモい物語が前景化し、美談として再生産されることで、戦争のエモくない悲惨な現実が覆い隠されてしまう。西田がエモさ批判を行ったのは、まさにこのエモさが孕む隠蔽問題を感じ取ったからではないか、と小泉は投げかけた。

 西田は「真面目な話をするのは嫌なんですけど……」、としながらも『エモさと報道』で述べた問題意識について語った。西田はこの本で、新聞社のリソースが少ない状況にもかかわらず、数十年続いた食堂の閉鎖といったエモい記事が新聞の一面を飾ることを批判している。それによって本来伝えるべきニュースが後回しにされ、長期的には新聞というメディアへの信用そのものが損われる危険があるからだ。

 西田は、一連の「エモい記事論争」のなかで、朝日新聞のデジタル版編集部の人物から、「自分たちは新聞紙面に対して責任を持っているのに対して、お前は適当なことを書いている。許せん!」という趣旨のメールを受け取ったと話す。

 このエピソードを聞いた小泉は、「『許せん!』と言ってくるのもエモいですね」と笑みをうかべ、そもそも記者たちは「エモ」が好きなのではないか、と率直な疑問を口にした。その意見に西田は同意しながら、朝日新聞では記者が一人称の「私」で書いていることも関係しているのではないかと推測する。一人称とエモさの関係についての根深い問題は、『エモさと報道』でも語られている。ぜひイベントといっしょに一読をしてほしい。

情報に平時と有事はない

 そして話題は「情動」から「情報」へと移っていった。特に議論の的となったのが、影響工作と偽情報についてだ。西田が平時の情報空間を扱うメディア論を専門としているのに対し、小泉は有事の情報戦の問題の専門家である。ともに情報の問題を扱っているが、ジャンル間の交流はほぼないという。

 いまや政治とフェイクニュースは切っても切り離せない関係にある。にもかかわらず総務省は、平時の偽情報の対策は管轄しながら、政治や外交における情報戦は扱ってこなかった。そのことを西田は問題視する。一方、小泉が専門とする軍事の観点からすると、偽情報や情報戦というのは平時と有事の区別なく、切れ目なく続いていると考えるそうだ。平時と有事の区別がないとは、一体どういうことだろう。

 具体例として、特定の属性に対するヘイトを煽る投稿を考えてみよう。発信者にとって、それはたんに閲覧数を増やすための方策にすぎないかもしれない。しかし「敵国」の介入者から見れば、その「炎上」を煽ることで、社会を混乱させるトリガーになり得る。「許せん!」という感情に支えられた平時の行動が、そのまま有事につながる危険性を、私たちは認識しておくべきかもしれない。

 このように、今回のイベントでは情報の観点からエモさについて考えることで、「エモさと戦争」の意外なつながりが明らかとなった。ひとはどうしてもエモさに惹かれるものだ。一方で、きちんとした情報に触れて、考えを訂正することも可能であるはずだ。今回の二人の議論は、その小さな実践の重要性を示したといえるだろう。

オールドメディアとニューメディア

 最後に会場からは、昨今の「オールドメディア」という語の流行について、二人の所感を聞きたいという声が上がった。西田は「新聞やテレビなどのオールドメディアは、このまま信用を失い続けて、このまま回復することも恐らくない」と、厳しい姿勢を崩さない。

 一方、小泉の見解はすこし異なる。オールドメディアという言葉の対にはニューメディアという言葉があるはずだが、それが実在している気はしない。ニューでもオールドでも、きちんと情報を取ってきて報道するのでなければ議論が成立しないので、ニューメディアが事実を報じる気がないのであれば、オールドメディアでやっていくしかないのではないか、と小泉は語る。意外にも、小泉と西田の意見のちがいがあきらかになった場面だった。

 さらに番組終盤、ある事情のため東浩紀が登壇してからは、オールドメディアとニューメディア双方の問題点についても議論が及んだ。オールドメディアは体制が整ってはいるが、いい人材がニューメディアの方へ流れてしまっていて、逆にニューメディアの方は体制が盤石ではない。こうした人材とインフラの不一致が、現代のメディア環境の問題だと東は指摘する。

 イベント本編では、西田が東工大のキャンパスでロシア人から接触を受けた話や、アテンション・エコノミーの問題、さらにメディアに出演する言論人としての矜持について二人が語りあう場面など、他では見られない貴重なトークが繰り広げられた。ぜひアーカイブ動画を楽しんでいただければと思う。(諸坂宮果)

    コメントを残すにはログインしてください。