文系はAI時代になにをするのか──松尾豊×川上量生×東浩紀「AIと人文知は共存できるか」イベントレポート

2025年4月19日、ZEN大学とゲンロンの共同公開講座の第12弾が開催された。ゲンロンカフェに東京大学教授の松尾豊、株式会社ドワンゴ顧問の川上量生を迎え、東浩紀が聞き手を務めた。議論のテーマはAIと人文知の共存だ。2025年4月に開学したZEN大学は理系だけでなく、文系分野のAI研究にも力を入れている。その一環として同大学の「第2松尾研」が運営するAI活用奨励制度「日本財団HUMAIプログラム」が設立された。イベントでは、なぜAIと人文知の融合が重要なのか、そしてAIの登場で人文知はどのように変わるのかについて熱い議論が繰り広げられた。この記事ではその一部をレポートする。
松尾豊×川上量生×東浩紀 AIと人文知は共存できるか──HUMAIから生まれる次世代の研究者
URL = https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20250419
HUMAIが目指すAI時代の文理融合
いまAIという言葉にはどのようなイメージがあるだろう。ますますの進展を見せる生成AI、自動運転、SF作品に出てくるようなサイバーパンク的世界観。すぐに思いつくだけでもいろいろある。とはいえ、AIは理系、とくに工学や情報分野に関わるものであるという前提は依然として根強そうだ。
しかし、2025年4月に開校したZEN大学はこうした常識に囚われない試みを提示している。その一環として設立されたのが、AIと人文社会に関心をもつ学生を支援するAI活用奨励制度「日本財団HUMAIプログラム」だ(※募集は2025/6/6に終了)。イベントはHUMAIプログラム担当の中澤俊彦による解説からはじまった。
HUMAIは、ZEN大学生に限らず、高校生や高専生を含めたあらゆる研究人材への奨励金の給付と、インターカレッジ・コミュニティ(大学の垣根を超えたつながり)の創出を目指すプログラムである。奨励金は、研究のテーマに応じて支給される。コミュニティについては二週間に一度開催されるオンライン上の定例会で形成されるそうだ。なんと読書会も行われるとのこと。これは楽しみだ。
奨励金は最大で年間250万円。高い水準の金額であるため、文系分野とAI分野にまたがる研究への大規模な支援プログラムになることが予想される。
AI時代の文系にいったい何ができるのか?
AIがここまで世の中に広まったいま、AIを技術的に追究するだけでなく、AIが社会に与える影響を考えることはとても重要だ。それは理系に限らず、伝統的に人間や社会、文化について考えてきた人文社会学の仕事でもあるはずだ。
例えば、いまのAIは、写真を分析して、写っている人物をかなりのていど特定することができる。その場合、肖像権はどうなるのだろう。実際のサービスでは規約によって人物の特定には使えないようになっている場合が多いが、技術的には可能だ。このような場合、法律はどのように整備したらよいだろうか。松尾は、人文社会の知が必要になってくるのはまさにこのような問題においてだという。
ほかにも、自動運転車で事故が起きた場合にその責任をどこに帰すべきなのかという問題もある。人間の感情にも関わるため、単に工学的な観点ではなく、人文社会的な観点からの検討が必要になる。川上は理系が技術を開発し、その社会実装を文系が担当する、という構図が成り立つのではないかと言う。
川上や松尾は、学問全体がAIの発展に追いつけていないと指摘する。既存の大学は急激な変化に対応するのが難しい。だからこそ、HUMAIプログラムのような先進的な試みが必要になる。文系がAIとともに変わるためには、大学自体が変わらなければならないのだ。
AIによって人文知は変わるのか?
今後人文知はAIによって変わっていきそうだ。しかし、同時にもっと根本的な変化が訪れようとしている。
先に挙げた自動運転における「責任」という概念は、伝統的に法哲学や倫理学などが担ってきたテーマだ。とはいえ、一般に言われる「責任」は、あくまで最終的に「だれが責任をとるか」という実務的な問題でしかない。川上や松尾が期待する人文知は、そのような実務と関わる。
けれども、それは、責任の所在を考えているだけであり、責任という概念そのものを問い直すものにはなっていないとも言える。東はむしろ、そのような表面的な社会実装ではなく、「権利」や「人権」といった近代社会がつくりあげた概念こそ、AIによって本質的に問い直される領域なのではないかと問題提起する。「写真から人物を特定できるAI」の問題を見ればわかるように、肖像権などの権利は、技術的にはすでに乗り越えられるものになってしまっている。いまや開示しようと思えば、なんでもオープンにできてしまう時代なのだ。
そしてこれは近代社会がずっと目指してきたことでもある。王や聖職者が内々で秘密裏に物事を決めるのではなく、開かれた公の場で政治を決めていくことこそが、近代民主政治の起点だった。とすると、AIはそれを実現しつつあるようにも見える。
けれども、ことはそう単純ではない。人間は、どこかで匿名性や秘密がないと生きていけない。これからの文系は、AIの公開性に対して、あえてオープンではない場をどう確保するかという問題を哲学的に取り組むべきではないか。東は、もしAIの登場で文系が根本的に変わるとすればこの領域ではないかという。
国際情勢のなかのAI
AIは政治によっても大きく左右される。米国のトランプ大統領2期目は、これからのAIの行方に大きく影響する。川上は、AI技術がこれからの経済的・政治的覇権を決める大きなファクターになることは間違いないため、米国はその発展が著しい中国を恐れていると指摘する。対中強硬政策が導き出されるのには、そうした事情がある。
中国は2015年ごろからディープラーニングの研究に力を入れ始め、いまでは米中二強と言われるレベルになった。中国のAI企業・ディープシーク社が開発した大規模言語モデル「DeepSeek」はOpenAIの「ChatGPT」にも迫る性能がある。イベント後半ではこうした中国の台頭や、AIを使った政治改革の可能性も話題となった。ここでは取り上げることができないが、民主主義か独裁かという政治体制とAIの発展の関係など、AIを政治思想の枠組みで考えるための濃密な議論も展開された。
ほかにも、イベントでは、「ジブリ風画像」問題から軍事利用まで、理工学系の関心に限定されないAIをめぐる議論がさまざまに繰り広げられた。ZEN大学に関心のある人だけでなく、人文社会系の学部でAI関連の研究を考えている学生にとっては必見の内容になっている。会場からの質疑応答も充実しているので、ぜひアーカイブ動画で全容を確かめていただきたい。(田村海斗)
7月19日(土)、HUMAIプログラムの第1期最終審査会が開催されました。年間最大250万円相当の奨励金「C」枠として、ホストクラブと感情労働を研究する佐々木チワワさん(立命館大学)、AIを用いた内的対話の外在化を目指す露口啓太さん(筑波大学)、テキストと視覚情報をもとに法律を理解するAIモデルを開発する大南英理さん(東京科学大学)の3名が採択されました(審査員:松尾豊/東浩紀/宇野毅明/川上量生)。審査会の全編はYouTubeから視聴できます。どうぞあわせてご覧ください。
【人文社会×AI】日本財団HUMAIプログラム最終審査会
URL= https://www.youtube.com/live/JEWdCI-_4oc?si=yG6rX6RqfN6Dh5_4
松尾豊×川上量生×東浩紀 AIと人文知は共存できるか──HUMAIから生まれる次世代の研究者
URL = https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20250419





