「描く」ことへの終わりなき挑戦──美樹本晴彦×氷川竜介×さやわか「キャラクターをデザインするとは」イベントレポート

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webゲンロン 2024年8月6日配信

 2024年6月13日、『超時空要塞マクロス』シリーズをはじめ、アニメ史に残る数々の傑作のキャラクターデザインを手がけてきた美樹本晴彦を迎えたイベントがゲンロンカフェで開催された。アニメ・特撮研究家の氷川竜介と、批評家・漫画原作者で「ゲンロン ひらめき☆マンガ教室」の主任講師も務めるさやわかが登壇し、美樹本の歩みを振り返りつつ3人による充実のトークが繰り広げられた。本稿ではその一部をレポートする。

美樹本晴彦×氷川竜介×さやわか キャラクターをデザインするとは──マクロスからガンダム、カバネリまで
URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20240613

中高時代の友人たち

 若き日の美樹本は、どのようにキャラデザイナーの道へとたどり着いたのだろうか。中学時代は、イラストを描くことに特に関心があるわけではなかった。それが、漫画家を目指していた同級生の友人の影響を受けて、授業中にノートの端にスケッチを描き始めるようになる。初めて買ったマンガの単行本は石ノ森章太郎の『サイボーグ009』(第4巻ベトナム戦争篇)で、その絵をむさぼるように模写したそうだ。これが美樹本晴彦の原点である。

 ただ、当時はマンガを読むことそれ自体が好ましく思われておらず、買って手元に置くことができたのはほんの一部だった。そのため、せっかくマンガを読んでも続きを買える保証がないので、最終巻(話が完結している巻)から買う習慣がついてしまったという。

 中学を卒業し慶應義塾高校に入学してすぐの美樹本は、外交官や医者の親を持つ同級生に囲まれ、クラスに馴染めなかった。その時に救いとなったのが、マンガ好きの友人たちとの放課後の集まりだった。そこでは似た趣味を持つ友人たちとマンガやアニメの話で盛り上がることができた。そのグループの中にはプロを目指す本格派もいたが、美樹本はプロになるつもりは特になかったようだ。

 当時グループのうちの何人かは、『宇宙戦艦ヤマト』の制作元を調べて門をたたき、「スタジオぬえ」に出入りしていた。このことが、のちの美樹本のキャリアにとっての鍵となる。美樹本に安彦良和を紹介してくれたのは彼らだったのだ。放課後の集まりから発展した、アニメーションのプロとの交流。美樹本にとって「ぬえ」での人間関係は友人関係の延長だった。だからこそ、駆け出しの頃から日々の会話の中でアイディアを提案する機会に恵まれた。制作のシステムが固定化しきっていなかったゆえの環境が重要だったというのは、示唆に富むエピソードであろう。

イラスト・マンガ・アニメの間で描くこと

 「ぬえ」での活動を起点に、美樹本は『超時空要塞マクロス』のリン・ミンメイや『甲鉄城のカバネリ』の無名といった記憶に残るキャラを生み出していく。氷川はその印象を、当時の自分たちに近い「新しい感性」で描かれていたと語る。

 それまでのアニメのキャラクターの衣装はどこか「古かった」。しかし『マクロス』ではアイドルブームだった当時に、リアルタイムでその衣装が取り入れられていたと氷川は指摘する。美樹本は、企画当初、リン・ミンメイが「のど自慢大会で優勝した」という設定だったのに対して、「今ならば、アイドルの方が良いのでは?」と提案したことを振り返った。

 

 イベントでは、作風のルーツも明かされた。美樹本が中学から高校にかけてよく読んでいたのは少女漫画で、絵のスタイルでは萩尾望都や忠津陽子から影響を受けていたそうだ。これを聞いてさやわかは、美樹本が描く美少女キャラの、「頭が大きくて目がキラキラしている」特徴が、まさに少女漫画のようだと思っていたと述べた。ところが美樹本が好きだったのはむしろ忠津の「表情が柔らかい男の子」の絵だったそうで、さやわかは男性キャラの影響もあったことに驚いていた。

 他方、美樹本が最も影響を受けたのはやはり安彦良和だった。アニメの絵は通常、輪郭をはっきりと定めて描かれる。しかし氷川が述べたように、安彦の驚くべき特徴はそれを輪郭のない絵画的な手法で描くことにあった。『マクロス』に携わっていた頃、美樹本は周囲から指摘されるほど強く安彦の影響下にあった。

 そこから逃れようともがく中で、美樹本は絵の「個性」とは何かについて考えることになる。そして結局「小手先では何も変わらない」との結論に至る。個性は作為的に出そうとするものではなく、「自然体」で描きながら生まれてくればいいのだと悟ったのだという。

 そうした安彦の影響を議論する中で、氷川は、安彦がアニメーターがマンガを手掛ける流れを準備したことを指摘した。美樹本は彼が「業界にレールを敷いてくれた」と述べる。一方で、美樹本自身は『マクロス』の時期にマンガの仕事を依頼されたことはあったものの、何をどう描いていいのかわからず断ったらしく、今も自分が「漫画家」だとは思っていないと述べた。

 

 もうひとつ、議論にのぼったのはアニメとイラストの仕事の違いである。美樹本によれば、アニメとイラスト・マンガの大きな違いは、前者は絵を「動かす」のに対して、後者は絵を「止める」ことだという。「動かす」場合は作画単体だけでなく、演出との組み合わせも重要である。キャラの良さはその振る舞いにも表れるからだ。さらにアニメ制作においてキャラデザインの決定権は基本的に監督にあり、デザイナーは実際にキャラがどう使われるかわからない。美樹本の場合、事前の打ち合わせで監督のイメージとできるだけすり合わせるが、それでも制作の過程で方向性が変わることは多いという。さやわかは、一人でイラストを描くことと、集団作業としてのアニメ制作は明確に異なる営みだと指摘した。

今も続く独学の挑戦

 とはいえ筆者がイベントで最も感銘を受けたのは、これまで数多くの作品を手掛け、ヒットさせてきた美樹本が、自分はまだまだ力不足だと繰り返し語ったことだった。例えば、美樹本は趣味の一環として、時間を見つけてはあちこちで写真を撮っているという。その写真がイラストに役立つことはほとんどないが、「雲」や「ドブに浮かぶ泡」といった偶然撮った写真が、ある日突然アイディアの源泉になることもあるそうだ。

 また、これまでの仕事で特に印象に残っているものはなにかという質問に対し、美樹本が挙げたのは版画だった。ヒット作品を生み出してから同じキャラを描くことが多くなり、少し違うものを描きたいと思っていた時期に、版画の依頼が舞い込んできたのだという。オリジナルのイラストを描くのは久しぶりだったため、様々な手法を実験的に試した。データからプリントしたイラストに上から絵の具を付け足し、それをまたプリントする。あるいは、撮っておいた写真を背景にしてキャラと合うように加工する。美樹本は、試行錯誤の中で自分なりの方法を作っていくのがおもしろいのだと熱弁した。美樹本がいまだに独学でさまざまな挑戦をしていることに、会場から驚嘆のため息が漏れる。

 そんな美樹本だが、どう頑張ってキャラクターを描いても、現実の人間には敵わないと思うこともあるという。自身の絵の「個性」について考えるようになってから、美樹本は絵ではなく、実際の人間をしっかり見ることを重視している。日々少しずつ変化していく人間の様子を描き出すのが理想だが、一枚絵でそれを表現するのは今の自分の画力では遠く及ばないと。現実の人間はいかにしてキャラクターになるのか。美樹本晴彦による挑戦はこれからも続いていくのである。(平田拓海)

美樹本晴彦×氷川竜介×さやわか キャラクターをデザインするとは──マクロスからガンダム、カバネリまで
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