具体性と意外性、池上彰の解説術のヒミツ──池上彰×西田亮介「みんなで学ぶメディアと政治」イベントレポート
池上彰×西田亮介「みんなで学ぶメディアと政治──『幸せに生きるための政治』刊行記念」
URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20240419
イベントは、西田が「現代においては、政治学者だけではなく「政治評論家」的な立ち位置の人間がもう少しいてもよいのではないか。自分もそろそろ意識的にそれを名乗ってもいいかもしれない」と切り出すところから始まった。
池上は「政治評論家」という肩書きを用いることには批判的な態度を示しつつ、その役割の重要性は認める。アカデミックな知識を持ちながら、同時に現実の政治についても解説できるような人材はいつの時代も必要とされるからだ。池上は、その役割を西田にこそ期待していると語る。そしてそこから議論の中心になったのは、現在の政治それ自体についてではなく、いかにして政治を解説するのか、いうなれば「解説についての解説」であった。
池上彰と「わかりやすいニュース」の歩み
研究者でありながら一般向けのアウトリーチも精力的に行なっている西田は、まず池上に「テレビ出演の際はどのようなことを心がけているのか」と問いかける。それに対して、池上は「わかりやすさ」というキーワードを提示した。
池上はもともとNHKの記者として、社会部で特ダネ記事を書いていた。だが、そこからキャリアアップして「首都圏ニュース」のキャスターを担当するようになった際、読み上げ用の原稿のわかりにくさに衝撃を受けたのだという。そこで池上は「とにかく原稿をわかりやすくしなければならない、視聴者目線になって考えなければならない」と考え、NHKのニュース原稿を変革しようと悪戦苦闘したと語る。
そうこうするうちに、池上は社内でも「原稿をわかりやすく書くこと」にこだわりを持つ人物として知られるようになり、やがて「週刊こどもニュース」の担当を任された。この経験によって、池上はさらに「わかりすく伝える力」が鍛えられたのだそうだ。このように、池上のテレビでの振る舞いの根底には、「ニュースをわかりやすく伝えるにはどのようにしたらよいか」ということへの並外れた情熱があるのだ。
「具体例→一般論」という順序
では、どうすればニュースはわかりやすくなるのか。より広く言えば、どうすれば人に伝わりやすい話ができるようになるのだろうか。その「方法」がかいまみえたのが、西田からの「どうすればもっと若者に政治に興味を持ってもらえるのか」という問いかけへの応答である。
池上によれば、たとえば中学の公民の教科書に出てくる「三権分立」や「小選挙区比例代表並立制」といった話は、単なる概念の説明にしかなっていない。それらは、ほんとうはもっと具体的な政治の例とともに話せばおもしろく語ることができる。だが、学習指導要領などの関係でそれは難しいのだという。池上は、「そういった無毒化された政治制度の話だけでは、子どもたちはほとんどピンと来ないのだ」と鋭く指摘する。このやりとりからもわかるように、池上のいうわかりやすさ、ないしおもしろさには「具体例」の存在が大きく関係しているのだ。
さらに池上はイベントの中盤で、この「具体例」について熱く語った。池上いわく、大学の先生の多くはさきに一般論を話してから、そのあとに具体例を出してくる。だが、それではおもしろくない。だから眠くなる。対して池上自身は、まずおもしろい具体例を出して聞き手に「ああ、おもしろい」と思わせ、そのあとに「背景にはこのような理論があるんですよ」と一般論を語るようにしているとのこと。池上によれば、この一般論と具体例の「順序の逆転」こそが話をおもしろくするために重要なのだ。
また、具体例を重視するということは、話の「脱線」を肯定することでもある。池上は、「学生からはよく「池上先生は脱線話がおもしろい」と言われる」と語り、ネタや小話といった、一見些末なものと思われがちな具体的な語りの重要性を説く。そして池上が現在担当している東工大の授業で実際に話したアメリカ政治についての「具体例」が語られるのだが、それを西田が「なるほど」「おもしろい」と頷きながら聞いていたのが印象的であった(池上の話はアメリカ政治とキリスト教の関係についてのもので、今年の大統領選にも深く関わる視点を提供してくれる。ひじょうにわかりやすいので、ぜひアーカイブで確かめてほしい)。
意外性、そして毒舌
だが、ニュースを解説するうえで、果たしてわかりやすさを追求するだけでよいのか。それだけでうまくいくのだろうか。西田は「わかりやすさだけで多くのひとに興味を持ってもらうのは難しい。池上さんはそのほかにどのような工夫を行なっているのか」と問いを投げかけた。
それに対し池上は、もう一度「こどもニュース」の仕事を振り返りながら、その秘訣を語る。池上は、「こどもニュース」とはいっても、やはり大人も観ているだろうと想定していたという。大人たちは、子ども向けの番組を「どうせ子どもだましだろう」と思いながら観ているかもしれない。だからこそ池上は、そこに大人たちも知らなかったようなことをひとつ入れ込むようにしていたのだそうだ。そうすると、大人たちも「へえ」と思い、興味を持つようになるという。つまり、ただわかりやすく解説するだけではダメで、そこに「なるほど」と思わせるような要素を加える必要があるのだ。
西田は池上の語る秘訣に感心しつつ、「おそらく知的好奇心を刺激するような「意外性」とともに解説するのが大事なのだろう」とまとめた。要するに、池上の解説術は「具体性」と「意外性」によって形作られているのだ。
本イベントではこのように、普段テレビでは明かされないような池上の解説術のヒミツが明らかになった。ほかにも、終盤では客席との充実した質疑応答も行なわれ、フリーランスとしてやっていくことの難しさと処世術、西田の海外学会での社交嫌い話、さらには池上の死生観など、フランクなものから哲学的なものまで様々な話題が繰り広げられた。テレビではあまり聞けない池上の「毒舌」を大いに味わうことができるのも本イベントの魅力である。ぜひアーカイブを購入・視聴し、池上と西田による具体性と意外性に満ちた議論を堪能していただきたい。(田村海斗)
池上彰×西田亮介「みんなで学ぶメディアと政治──『幸せに生きるための政治』刊行記念」
URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20240419