AIと歩む知性のゆくえ――羽生善治×茂木健一郎(+東浩紀)「AI時代の思考力」イベントレポート

シェア
ゲンロンα 2021年8月17日配信

AIが無効化する時間



「AIと人間の関係を考えるうえで今日はもう、すごい回になりそうです」 

 イベントは茂木健一郎のそんな一言からはじまった。なんとも大胆な宣言だが、本編はこの言葉以上に厚みのある対談となった。長年第一線で活躍する将棋棋士・羽生善治による明快な考察と、茂木による軽快な問いかけが織りなす議論はなるほど、「すごい」の一言である。番組後半では東浩紀も登壇し、前半の議論を引き継ぎながら、将棋とメディアの関わりなどより広い話題が取り扱われた。 

 このイベントは、脳科学者の茂木健一郎が、各界の著名人を招いて話を聞くシリーズ「モギケンカフェ」の第3弾。初回は鳩山友紀夫、第2回は為末大を招きいずれも好評を博した。今回は将棋界のレジェンドを迎え、AIを主題にトークが展開された。 

 冒頭、羽生は「(AIの指す手には)人間の目から見ると一貫性がないように見える」と語った。「(人間は)前に攻めの手で行ったから、次も攻めの手で行こうとか、首尾一貫していることを好む」のだという。興味深い指摘である。羽生は人間の持つ感情やクセを、統一された思考の内側にあるものとして捉えているようだ。そして、AIは感情や時間を感じさせない手を打つという点が奇妙なのだと話す。 

 対談は、羽生のこの視点を軸に、茂木が新たな切り口を提示する形で展開していった。結果、イベント内で語られたAIと人間の関係は、他では聞けない非常にユニークなものとなった。とりわけ興味深かったのは、繰り返し言及されていたAIと人間の持つ時間感覚の違いである。 

  

 
  

 羽生によれば、AIは今その瞬間における最善手を絶えず探索する。しかし人間は、「対局の流れ」という、時間的な前後を意識して次の一手を探っていくのだという。羽生はAIの思考方法を「常に“今”しかなく、過去やしがらみにとらわれない」ものだと指摘し、人間が真似るのは難しいのではないかと述べた。人間の思考には時間的な幅があり、AIの思考には「今」しかないという対比は、番組後半以降も重要な論点になった。

将棋とメディア



 休憩を挟み、番組後半には東浩紀が登壇し、議論はさらに深められた。特に白熱したのが将棋とメディアの関係についての議論だ。 

 棋士のマネタイズを語る中で、切っても切れないのが新聞社との関わりである。名人戦や棋聖戦など多くのタイトル戦は、新聞メディアによって主催されている。羽生によれば、棋士たちは、江戸時代から続く家元制度が明治に入って衰退したのを契機に、新聞社との結びつきを強めたのだという。将棋とメディアの関係はそこからはじまった。将棋文化は新聞メディアの発達と並走する形で発展してきたのである。 

 また、羽生は中国では将棋を頭脳スポーツと捉えるのに対して、日本では伝統芸能と捉えられていると紹介した。すると東は、そのずれは、日本がアジアにおいて唯一の先進国となったことと関連があるのではないかと指摘した。ヨーロッパから輸入された新聞などの出版文化と、日本が独自に育んできた文化が融合した結果、今の将棋のイメージが形作られたのではないかというのだ。その後は論壇誌や座談会の発展、新聞連載小説の発明などを例に挙げ、将棋が新聞という出版・印刷文化の発展と結びついて成功したことの特異性が考察された。 

  

 
  

 さらには、コメントによる質問を受ける形で、将棋界におけるジェンダーやルッキズムの問題が話題になる場面もあった。壇上には男性しかいない場で展開された議論であることに十分な注意を払う必要はあるが、将棋教育におけるコミュニケーションの問題や、既存の制度のなかで女性が棋士を目指す困難など、重要な論点がいくつも提示されたことは確かであろう。

AIと人間の価値判断の違い



 とはいえ、前半と後半を通してテーマとなっていたのは、なんといってもAIと人間による価値判断の違いについてである。 

 羽生は対局の流れの中で、「きっと何かがあるはずだ」と直感的に感じた局面を繰り返し思考すると語った。しかしAIに直感は存在しない。AIは時々の最善手を探索するため、人間が流れの中で考えるからこそ陥る盲点にとらわれない一手を探し出すことができる。 

 羽生はかつて、AIが「勝率94%」と見込んだ局面にもかかわらず投了してしまったことがあるという。その時羽生自身は、どうやっても負けると感じていたらしい。しかしAIには、明快な打開策が見えていたのだと考えるとおもしろい。 

 一方で羽生は、AIの負の側面にも言及していた。AIの評価基準は膨大な数存在し、人間がその全てを把握することは不可能である。人間はAIの辿った思考プロセスを正しく理解することができないため、得られた結論の整合性を判断できないはずである。それにもかかわらずAIによる結論を信じてしまうことで、指し手の実感に基づかない手が生まれて来る可能性がある。 

 東は、AIの即時性・現在性と対比するかたちで、「人間が人間であることの根拠は、過去があること」なのだと語った。人間の指す将棋には過去があり、AIの指す将棋には今しかない。「過去は頭の中にしかないが、頭の中にしかない過去に捉えられているのが人間である所以」なのだという。 

  

 
  

 茂木はそれに対して、人間には「感想戦」があることが大事なのではないかと答えた。ある決断を下すだけでなく、感想戦のようにして自らを顧みることが、人間にとって大切ではないかというわけだ。将棋を超えて、政治的立場による分断が深まる現在、あらためて考えるべき指摘のように思われた。 


 イベントは終始、和気あいあいとした雰囲気を感じながら進行した。羽生が飼っているうさぎの話や、かつて将棋対局サイトに登場した伝説的アカウント"dcsyhi"の正体など、マニアは思わずニヤリとしてしまうコアな話題も飛びかっていた。まだご覧になっていない方にはぜひ、動画を購入して、アクロバティックな対話をお楽しみいただきたい。(とらじろう) 

  
 
  

 シラスでは、2021年11月26日までアーカイブを公開中。ニコニコ生放送では、再放送の機会をお待ちください。 

 

 


羽生善治×茂木健一郎(+東浩紀)「AI時代の思考力」【モギケンカフェ #3】 
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20210529/

 

とらじろう

1996年生まれ。千葉県出身。東京農業大学大学院農学研究科在籍。ゲンロン ひらめき☆マンガ教室4期聴講生。春にはタケノコを掘り、秋には稲刈りをする。

    コメントを残すにはログインしてください。