文学フリマは日常でありたい|望月倫彦+東浩紀

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2025年5月10日刊行『ゲンロン18』

不良債権としての文学から

東浩紀 この五月で文学フリマが100回目を迎えます。2002年の大塚英志さんと笙野頼子さんの文芸誌上の論争がきっかけで始まった文学フリマですが、その後文学を取りまく状況は大きく変わり、文学フリマも拡大の一途をたどってきました。望月さんはその拡大を事務局代表として支えてこられたわけですが、そんな望月さんがいまの文学フリマの状況や、文学や評論の状況、そして同人誌市場の可能性などをどのようにお考えなのか、お伺いしたいと思います。

 文学フリマの起点は、大塚さんが『群像』で発表した「不良債権としての『文学』」というエッセイです★1。いまではあまり振り返られない歴史ですが、ぼく自身も当時大塚さんと問題意識を同じくしていて、それはのち『新現実』★2や「波状言論」★3を経由して2010年のゲンロンの起業につながっています。だから、活動の内容はちがっていても、ぼくは文学フリマのことを勝手に同志のように思っているところがあるんです。

望月倫彦 まさに、ぼくもそのことを言おうと思って来たんです。大塚さんがあの文章で文学を存続させる新しい方法として提案したことは四つあります。ひとつめは「出版社内部のコストダウン」。文芸編集部を会社内で独立させるというかたちで大塚さんは書いていますが、これは講談社の編集者である太田克史さんが星海社を立ち上げたことが相当しますね★4。ふたつめは「作家の自己責任による出版制度の導入」。大塚さんは雑誌『重力』を例に挙げていますが★5、東さんの『ゲンロン』はまさにこの方向の継承者です。三つめが「文芸出版の読者への開放」ですが、これはいまでいうクラウドファンディングのこと。そして四つめが「既存の流通システムの外に『文学』の市場を作る」で、これが文学フリマになった。

 だから大塚さんの23年前の提案は、その後すべて実現したと言えます。いま東さんは文学フリマは同志なのだと言ってくれましたが、ぼくにとってもそうなんです。大塚さんの提案は大きな影響を与えましたね。

望月倫彦

 いまからみると、2002年当時は文学や出版の未来について切迫した危機感がありました。

 


★1 大塚英志「不良債権としての『文学』」、『群像』2002年6月号。
★2 大塚英志と東浩紀が責任編集をつとめた批評誌。2002年7月に角川書店から刊行され、第4号からは太田出版に引き継がれた。2008年1月の第5号で刊行停止。創刊号には、第1回文学フリマの告知も掲載された。
★3 東浩紀が責任編集・発行人をつとめた「まったく新しい批評誌」を目指すメールマガジン。2003年12月から2005年1月にかけて1年間限定で発行された。
★4 2010年7月に、杉原幹之助と太田克史によって、講談社の完全子会社として設立された出版社。設立にあたり、ウェブやイベント、新人賞などによる「新しいテキスト・エンタテインメントの創出」をうたった。
★5 鎌田哲哉、市川真人、絓秀実、古井由吉、大杉重男らを参加者とする「重力」編集会議によって2002年2月に創刊された批評誌。「反同人誌的な横断戦線=部分連合の創設」を掲げ、2003年に第2号も刊行された。
★6 「3分でわかる文学フリマの歴史─純文学論争から百都市構想まで」、文学フリマ 公式サイト。URL= https://bunfree.net/archive/short_history/
★7 2008年3月から2009年8月にかけて実施された、講談社BOXが主催する新人批評家育成・選考プログラム。小論文を作成するだけでなく、文学フリマでの同人誌販売やニコニコ動画での公開討議などが選考過程とされた。
★8 2020年に予定されていた文学フリマは、全9回のうち、3月の前橋、5月の東京(第30回)、6月の岩手、7月の札幌、10月の福岡での5回が中止になった。
★9 望月倫彦「この文集に寄せて」、『2006 文学フリマ五周年記念文集』、文学フリマ事務局、2006年、3頁。
★10 望月倫彦「いつもと変わらない、10年目の文学フリマ」(2011年6月12日)、『これからの「文学フリマ」の話をしよう 文学フリマ十周年記念文集』、文学フリマ事務局、2011年。
★11 コミックマーケットは、その理念のひとつに「すべての参加者にとって『ハレの日』であること」を掲げている。『コミケットマニュアル』、コミックマーケット準備会、2013年、2頁。

望月倫彦

80年生。文学フリマ事務局代表理事。イベントプロデューサー、文筆家。2002年、第1回文学フリマに出店者として参加、翌03年の第2回文学フリマより事務局の代表となる。海月一彦名義でのライター活動のほか、2024年より日本大学芸術学部文芸学科にて講師を務める。

東浩紀

1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。著書に『存在論的、郵便的』(第21回サントリー学芸賞)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015)、『観光客の哲学』(第71回毎日出版文化賞)、『ゲンロン戦記』、『訂正可能性の哲学』、『訂正する力』など。

1 コメント

  • おしょう2025/05/21 19:47

    面白い対談でした。文フリ、何回か行っただけなんですが、こんな歴史があったんだなあと驚きです。のちの文化歴史にとっても重要になる対談なのではないかと思います。

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