「第8回ゲンロンSF新人賞」ゲスト審査員選評

第8回ゲンロンSF新人賞最終候補作(著者名50音順)
秋吉洋臣「君と歩く、くり返しの行き先」
天恵月「アキバロイド・アリア」
池田未那理「地球内生命」
形霧燈「DIVA」
更科建設「ハムスターの廻し車」
道端拓也「天齢樹の物語」

新井素子
池田未那理「地球内生命」
とっても雄大なお話。外界というものを持たず、感覚器を持たず、他者という概念を持たず、ただ思考をするだけの存在って、まったくイメージができないんだけれど、その分色々考えると魅力的。“生きている”って何なんだろうってところまで考えてしまう。あと、“地球外知的生命探査”に対して、地球内生命って命名は、ちょっと笑えた。(ただ、タイトルとしてはどうなんだろう……。)
あと、お話としては、40億年の間、ゆっくり考え続け、ある日突然信号をうけたセルフの気持ちって考えると、これ、凄いよね。それから、信号をうけてからずっとセルフが歌っていたっていうの、お話として、とてもチャーミング。
形霧燈「DIVA」
完成度が高い。ドラマになっている。文章も読みやすく、読んでいてストレスを感じない。キャラクターもいい。特にノア。「うわっ、めんどくさい子だな」って思うんだけれど、反感が持てない、捨て猫が可愛いように可愛く思えてしまう。
あと、私は、そっち方面の知識がまったくないので(AIなんて使ってみたことない、というか、何が何だかよく判っていない)よく判らないのだが……このお話を読んでいると、いろいろAIについて考えさせられてしまった。学習士って仕事も、ありそうだし。
(ただ、これ、このお話とは直接関係がないことなんだけれど。ノアが死んだ後、お母さんがノアの人格データをAIに移行するのを希望したって話があったよね。主人公も死んだ恋人をAIにしているみたいだし。これ……どうなんだろう。クリエーターには著作権ってものがあるから、学習士がAIを適切に保護しているんだろうけれど、一般のひとの場合。例えば子供が夭折したとして、その時、親が離婚していたら、母親の子供AI、父親の子供AI、これ、両立してしまうの? 死んだ恋人をAIにした場合、その恋人の親が子供のAIを作っていたら、それ、どうなるの? 同じデータで作ったとしても、多分これ、同じ人格から変化していってしまいそうだし。まあ、個人的に家でAIと話しているだけなら問題はないような気もするんだけれど、色々考えてしまう。)
この二つ、悩みました。完成度では「DIVA」なんだけど、あんなことやこんなことを読者に想像させるって処では「地球内生命」かな、と。ずーっと考えたんだけれど、どうしてもどっちが上って決められなかったので、同率首位にしました。
秋吉洋臣「君と歩く、くり返しの行き先」
二回目に読んだら、最初に読んだ時よりずっと面白かった。楽しく読めたし、エピソードや会話もよかったし、よくまあこんな変な設定作るよな、とも思ったし。ただ、問題なのは、二回目に読んだら、という処。(私は、選考をする時には必ず三回読むことにしている。)つまり、一回目に読んだ時には、二回目程楽しめなかったってこと。これ、何かっていうと、ぶつぶつぶつぶつ、いろんな処でひっかかってしまった為。
例えば、2ページ目でもうこんな会話が出てくる。主人公がヨシミツくんとまた付き合いたいって言うのに対してリツコが。「禁止されている。彼と交際するのが、記憶を持ち越す条件」って言う。読んだ瞬間、「え、付き合っていいの駄目なの?」って混乱してしまう。主人公も、理解が追いつかないって言っているのに、そのまま全然違う話にすすんでしまって、これ、読者も理解が追いつかない。まあ、考えれば判るんだけれど、テンポよく会話が進んでいる時に、こういうひっかかりは問題だと思う。そして、これに類することが結構あるのよこのお話。
これ……とても簡単な話で、作品を書き上げた後、できれば一週間くらい、少なくとも三日くらい時間をおいて、推敲すればいいだけ。この、“時間をおいてから”っていうのがとても大切。作者は、自分の作品のことをすべて判っているから、書き上げてすぐ推敲すると、読者がひっかかる処に気がつかない可能性がある。多分、締め切りの関係で無理だったんだろうけれど、できれば本当の締め切りより前に作品をしあげて、時間をおいて推敲したらもっと楽しめるお話になったと思う。
以上が、点数をいれた作品です。あと、他のお話についてもちょっと感想を。
天恵月「アキバロイド・アリア」
書きたいことがあるのはよく判るのだが、お話として変。主要登場人物三人の動きが変。(カノンがピンポイントでアリアの行き先にいる処とか。)三人の感情の動きが極端すぎる。(一人ならともかく全員極端。)アキバロイドに、アリアのような存在がある程度いるのなら、この街、成り立たないのでは? でも、可換性の問題を追求したいのは、よく判った。
更科建設「ハムスターの廻し車」
妙に面白かった。有袋類のようなママチャリの生態とか、三輪車の生態とか、設定は面白い。また、文章にも内容にも、何かいわくいいがたいセンスが感じられて読んでいて楽しかった。けれど……肝心のお話が……何なんだこれ……としか言いようがなかった。
道端拓也「天齢樹の物語」
視点人物(って、ドローンなんだけど)の意識がなくなったらいきなり説明になったり、視点人物が変わったり、また変わったり、また変わったり……面倒な構成になってしまい、判りにくくなっているような気がする。個人的には、涅の名前の由来、教えてくれたら嬉しかったな。

円城塔
秋吉洋臣「君と歩く、くり返しの行き先」
過剰さがよいと思いました。よくコントロールされていると思います。
起きている事象の巨大さに対して、できごとが細かいのですが、ギリギリ通っているのではないでしょうか。もう少しコメディ寄りにしたほうがバランスはとれるかも知れません。
リアルさの要請としてのリニアコライダーがリアル寄りすぎかという気はします。必要とされるなにがしかの装置がお話の内容と重なるようなリアリティを持つと、もっと腹落ちしやすくなるのではないでしょうか。
天恵月「アキバロイド・アリア」
テーマの採り方はよいと思います。書き方がもったいないという印象です。
前半に説明が書いてあり、後半から人物や会話が動き出す感じがあり、筆が乗りはじめるまでに時間がかかり、バタバタと畳まれた、というような。
説明が色々あったわりに展開の段取りがないので、思いつきで進行しているように見えるのも損をしているところだと思います。
全体に、一度書き終えたところから構成し直すとよくなる話だと感じました。
池田未那理「地球内生命」
設定について、コメントします。
数学と物理学の統一理論という筋道はよいと思います。
素数とリーマン予想と、宇宙の性質というつながりも。
ただしその場合その研究は、リーマン予想の研究というよりは、リーマン予想が系として出てくる研究となるのではないかと思います。
「リーマン予想の研究をしています」はやや、小説の設定っぽすぎる感じがあります。
知性の判定として、人間の脳波のパターンが取り上げられています。
主人公は、
・そのパターンを識別するアルゴリズムの開発を行い、
・それによって、知性の存在が発見される、
という流れかと思います。
前者においては、そのアルゴリズムの提供を求められるわけですが、これは公表されているべきものではないでしょうか。共同研究を求められる、という方がありそうに聞こえると思います。
後者については、知性についての定義が狭く見える可能性が高いです。人間の脳波のパターンが、知性の普遍的なパターンを示している、という主張に近いからです。
シグナルからの知性の発見、交信という場合に、いくつか気になる点もあります。
・脳波は脳の活動を見るときにかなり大雑把な観測量です。
・他の研究者はそのシグナルをどう捉えていたのか。特異な信号であれば気づいてはいたはずで、その中から採りだすようなアルゴリズムということでもよいのですが、気づかれなかった理由には補強が欲しいところです。
・対話対象の時間スケールが気になります。人間と同じスケール(対話できる程度)のものであるのかどうか。
今は、脳波の活動という何かの平均量の動きをみることで、地球における何かの平均量の動きと対応させる形になっていますが、その回りの接続が弱点になっているのではないでしょうか。
たとえば、脳波になっているところを、どこかの部位の特異的な活動(これが知性中枢みたいなものだと、それはそれで興醒めなのですが)として、相手も人間並のタイムスケールで活動できるような局所的な何かの現象、とし、それが数学、物理の統一理論の理解に貢献する、というような流れとなる、とか。
後半のビジョンの大きさは面白いと思います。ディテールの埋め方かと思います。
形霧燈「DIVA」
よくまとまっていると思います。
ただ、場面が順番に繰り返していて、単調さが出てしまっているように思います。
セリフの連続と描写の少なさが軽妙さにつながっているのですが、転換の単調さと相まって淡泊になりすぎているのではないでしょうか。
いまどきであると、意外性が足りない、と言われることになるかもしれません。
ストーリーの流れは現状ママとするとしても、提示の順番、構成に工夫があってもよいかもしれません。
更科建設「ハムスターの廻し車」
今回、一番面白いとは思うのですが、後半から話の展開が見失われ気味になり、迷子になったまま終わった印象がありました。
それ自体はよいのですが、どうしても、展開が苦しくなるにつて、書き手の照れがでてきたように見えてしまい、堂々と押し通ってもらえるとよかったのではないでしょうか。
道端拓也「天齢樹の物語」
設定や雰囲気において今回突出していると思いました。端正な文体と相まって、安心して読んでいられるところが強みかと思います。
ただその安定した読み心地が、一本道の展開と組み合わさり、予想を裏切らない話となってしまったように見えます。
これはこれでよいのですが、やや古風という印象が否めず、他作品と競い合う場ではどうしても弱みになってしまいそうです。
生態の描き方も正統的ですが、正統であるということを今後どう考えていくか、という話になるのかもしれません。

柴田勝家
秋吉洋臣「君と歩く、くり返しの行き先」
非常によくできた作品。ただ序盤は設定の理解が追いつかず、やや立ち止まる箇所も多い。とはいえ中盤からエンジンがかかってきて、終盤の物語運びは白眉。
まず設定は魅力的で、ループによって増える記憶保持者たちがシステムを作っているという世界観が良い。ループを繰り返すことで行政機構が土地ではなく時間軸上で発生し、しかもリセットのたびに強固なものになっていく。これは背景設定だが、世界が記憶保持者によって暗然と支配されることに繋がり、テーマにも絡んでくる。
次に主人公の動機が「前世での恋人への思い」という、感情的に理解しやすい部分に置かれているため話についていける。そこから同じ記憶保持者の仲間たちも自分と同じ経験をしてきた、という点でシステムの残酷さに感情移入できる。
ただ登場人物の持つ恋愛感情は、ある意味でブラックボックス化している。物語を進めるために必要な処置で、個人的にはこういう形で良いと思うが、逆にもっと切実に書くことで出る効果もあるかもしれない。
また本作は恋人であり特異点である「ヨシミツくん」を通して人間の自由意志についての話もあり、ただ愛によってのみ主人公は恋人の操作されていない人生を願う。いわゆるセカイ系に近く「自分、恋人、世界」の三者によって物語が構成されるが、そこからの脱却こそが本作のカタルシスになっている。終盤で主人公は守護者として立ち回ることを選び、またループから抜け出し、ヨシミツくんのいない世界へ辿り着く。
一言で言えば、果てしない時間を使うことで主人公が恋人との良き別れを得られたという、前向きな話であったように思う。
天恵月「アキバロイド・アリア」
文章力があり、破綻なく背景の複雑な設定を会話とモノローグで説明できている。またアンドロイドが主人公になると感情部分の表現が難しくなるが、非常に上手く処理している。
ただ惜しむらくは一人称で自然に読める分、重要な背景情報が隠れてしまう部分があった。秋葉原が近未来には「吉原遊廓」のような存在になっているが、風景としての描写が少なかったように思う。
そしてアンドロイドを主人公にした時につきまとうのが、感情の起伏がない(あっても抑圧的)になる問題。対話者としてフウガに感情を引き出す役を担ってもらっているが、彼も理性的なので全体の読み味の変化はない。ただし終盤に向かって、主人公のアリアがデータを受け取り、カノンが登場してからは一気に物語が広がる。
テーマとしての「可換性」と「アイドル的なもの(記号性で作られた人間)」も非常に良かった。そこに「加害性」と「被害性」が結びつくが、一言で表せば「推すことへの暴力性」という昨今に語られる問題点で、今的なテーマとして重要なものになってくる。
しかしテーマに対し、やや作中で議論が尽くされてない部分もあった。主人公の出す答えとして「被害者も加害者も簡単な記号で表せるものではない」というのは非常に大事な考え。この答えの先にある未来をほのめかす部分と、傷ついたアンドロイドならではの結末が良いので、着地するまでの跳び方に一工夫あれば。
池田未那理「地球内生命」
SF作品としての出来は申し分ないが、いささか評価に悩む結果になった。それは要素として、素朴で善性に溢れた人物描写と事態の壮大さがアンバランスに感じられたから。
ラストの描写を踏まえれば、ごく身近な人々の顛末と「地球からの歌」というロマンチックな取り合わせが非常に良い。かたや地球そのものが思考しており、地磁気から脳波に似たものを観測でき、そこからコミュニケーション手段として数学を用いていこうというのはハードSF的だ。さらにエントロピー増大の法則を破り、別宇宙への接続という概念が現れる。これにリーマン予想が間違っていると伝え、現行宇宙そのものにほころびがあると示す部分も良い。実に壮大な未来像が示唆されている。
しかし、やはり壮大さと素朴さの取り合わせが難しい。どうしても主人公周りの人間で完結し、事態も性急に進んでしまう。(この性急さの解決は見事だったが)
壮大さに振るならば、世界各地の研究者が別個に研究してきたものが集まっていくような、人類全体の物語になってもよい。逆に素朴さに振るならば、主人公は最初の一歩であって、預かり知らぬところで計画が進み、日常の背景で壮大さな出来事が起こっているような物語も想像できる。
これはどちらが良いということでもなく、ただ見せ方のバランスの問題になるはず。世界は壮大だが素朴で、無関係に見える人間であっても時間軸上では関係者だ。何より「地球からの歌」というラストは情緒あるもので、全体がここに向かうよう整理されれば本作は何よりの傑作になるはず。
形霧燈「DIVA」
昨今の生成AIにまつわる問題と、その技術を利用して死後に声を残す歌手という取り合わせ。個人的には好みのテーマだが、好みゆえにどうしても厳しい目線で読んでしまう。
良い点としては、ラストに歌奈の声が人工声帯に搭載され、世界中の声を失った人たちを救うことになったというところ。今現在でも死後の臓器提供や献体によって救える人はいるが、生成AIを良い形で利用することで、死後により多くの人を救えるかも、という未来像を提示できたのが良かった。
ただし、物語の中で処理ができていない問題点などが多く残っていたように感じる。本作での社会像は、およそ十年以内のスパンにあると思う。技術や医療、会社での働き方などにも劇的な変化はない。それ自体は何の問題もないが、最序盤で「令和レトロ」と発言しており、この場合は少なくとも三十年ほどは見ないといけなくなる。
次に主人公について。作中では生成AIで再現された死んだ恋人との対話シーンがあるが、ラストで処理されずに終わる。生成AI技術による故人の再現は昨今でも話題となっているが、実はこれが本作のテーマとはややズレている。
本作は歌奈による「死んでいく者の能動的な救い」だが、故人再現AIによる癒やしは「残された者が受動的に救われている」ものだ。どちらも大事なテーマだが、両者を一度に語るには短編規模の作品では難しい。
本作の魅力であり新しい点は「生成AIを用いた能動的な救い」であるから、この方面を強調すれば名作になると期待している。
更科建設「ハムスターの廻し車」
ファンタジーないし別世界を描いた作品を読む時、個人的に作品内の概念や事象を現実世界に置き換えて理解している。そうした理解を経て、最後まで残ったものがその作品にとってのオリジナリティだと思っている。
本作ではそれが「ママチャリ」に当てられている。当然、現実世界のママチャリや馬などで解釈可能だが、読むほどにその解釈から離れていく。そういった現実世界との離れ具合が楽しく、読んでいてもワクワクする場面が多かった。話も全体的にドライブ感があり、世界の根幹に向かっていく場面と終焉も、その壮大さと脱力感が面白い。
とはいえ、実のところ物語が転がっている感触には乏しく、やや直線的に感じてしまった。前フリと結果が結びつくのは基本ではあるが、起こるべきことの積み重ねだけでは辛い部分もある。予想外の部分は常にママチャリの生態に関するものだが、それが物語で大きな役目を果たしたかどうかは読み取れなかった。
道端拓也「天齢樹の物語」
とても良い作品。人間が登場しないにも関わらず、物語が十分に動いている。また設定も重厚でSFらしいSF。
主人公となる涅の感情的な動きと、芽生えた動機が話を動かしていくが、機械としての思考を文章で表現できている。単調になることもなく、移動と出会い、自問自答を繰り返して目的地へ向かっていく。世界観と設定についての開示も抑制的で、読む側の手を止めさせないようなバランス感覚が見られる。
ものすごく簡単な読み方をすれば、偶然から出会った「果房」とのバディ物のように読める。この部分がSFの持つエンタメ性となり、難しい用語や設定が出てきても続きが気になる。
また本作は単なる機械である主人公が意思のようなものを持ち、管理から抜け出していく物語だ。この動機の発生が最終盤で、管理側の意識が消費する「物語」のためであったと明かされる。しかし、そこで「物語」を終わらせず、きちんと希望のある終わり方にしてくれた。
総合して、あらゆる箇所に意識的になり、逃げず隠さず、力をかけて完成させたのだと思わされた。

新川帆立
更科建設「ハムスターの廻し車」
頭が抜群に面白くて一気に読んだ。「オスのママチャリ」には吹き出したし、随所にワードセンスが光っていた。つかみがよかったぶん、鮮やかなラストを期待したが、中盤以降、短編としての構成が崩れていくのを残念に感じた。個人的な好みかもしれないが、ラストはきちんと戦闘の場面を描写して、馬鹿馬鹿しいくらい派手なトンデモ展開を見せてほしいと思った。タイトルも「これではない」感がある。吉澤ひとみ要素は感じられなかった。ただ、こういった不足点を多々含みつつも、単純に一番面白かった。
形霧燈「DIVA」
読者として読んで一番面白かった作品に5点すべてを配点する予定だったが、こちらの作品は改稿前の原稿を拝読する機会があり、そこからの改稿のうまさを感じたので、改稿に1点を。改稿がうまい人は小説がどんどんうまくなるので頑張ってほしい。他作品と比べて最も破綻が少ない作品だと思った。贅沢を言うと、最初から回想風の語り口にして追憶っぽい空気感を出すなど、もう一押し「エモさ」を盛って味付けを濃くしたほうが、より多くの人により深く刺さるのではとも思った。
以下、点数は入っていないが、いずれも大変面白く拝読しました。これからも書き続けてほしいです。
秋吉洋臣「君と歩く、くり返しの行き先」
ヨシミツくんが何者なのかが最後まで分からなかったが、その「分からなさ」が大変面白かった。複雑な設定のわりにとても読みやすいのもよかった。おそらくポイントポイントで説明がやや足りていないので、情報を出す順番をもっと意識し、一つ一つの言葉選びの精度をより上げていくと、「どの部分を意図的に空洞にしているのか、どの部分は読者に手渡しているのか」がハッキリして、よりよい作品になると思った。
天恵月「アキバロイド・アリア」
まずもって文章がいいし、内側に美しく閉じている世界にファンがつきそうだと思った。それは圧倒的な長所だと思うけれども、同時に欠点でもあり、数名の登場人物だけの狭い世界で全てが進行していく「ご都合主義」感を払拭する工夫が必要になる。「どうしてこの人物が重要な役割を担うのか」「どうしてこの人たちは再会できたのか」等、プロット上の重要な箇所数点について、偶然性を一つずつ排除していくと、より説得力と強度を持った作品になると思う。
池田未那理「地球内生命」
地球の中に未知の知的生命体がいることを発見する展開は、とてもワクワクするもので、お話として面白かった。「どうなっちゃうんだろう?」というフックがあるぶん、相応の警戒心と対応策を持って生命体と対峙する人類の様子がもっと描かれていると、よりスリリングな話になったと思う。未知の知的生命体にこんなにカジュアルに接触してよいものか、社会的なディティールのリアリティが気になった。
道端拓也「天齢樹の物語」
何段階かに分けて真実が明らかになっていく展開に興奮したし、途中から涅や小蜘蛛たちも可愛らしく感じた。ちゃんと読むとすごく面白い。ただ、ちゃんと読まないと分からない若干不親切な作りになっているようにも思った。全体として機能面にフォーカスした抽象的な説明が多いので、もっと具体的な描写を増やして、登場する物のビジュアルや質感、どういう動作をしているのか、その場の風景などを、ネタバレにならない範囲で入れていくと、状況がつかみやすくなるし、面白さがより多くの人に伝わると思った。

法月綸太郎
道端拓也「天齢樹の物語」
機械知性と有機生命体が融合するプロセスとそれを記述する文体の精錬が際立っていました。初読時は展開が定石すぎるように思われたのですが、読み返すと工学的な裏付けに一つ一つ必然性があって、けっしてご都合主義に流れていない。ハガネや小蜘蛛といった(ジブリアニメっぽい)キャラクターにエンタメ性を付与して、読者の気を逸らさない工夫をしているところも高評価です(余談ですが、「涅」は水底の泥土、「槃」は平らな鉢を意味する漢字なんですね。勉強になりました)。
秋吉洋臣「君と歩く、くり返しの行き先」
リーダビリティの高さ、先の読めない思考実験のスリルという意味では、これが一番面白かった。ただどうしても気になったのは、「ヨシミツくんの尊厳問題」がマクガフィンでしかなく、ループや記憶保持等のルール設定に付きまとうチート感(作者が恣意的にこしらえた箱庭にすぎないのでは、という疑念)が最後まで解消されなかったこと。墓参りというオチは悪くないのですが、フィクションの要となるべき部分をはぐらかされたような印象が足を引っ張って、次点という評価に留まりました。
※ ※ ※ ※ ※
その他の候補作について簡単に。
天恵月「アキバロイド・アリア」
遊郭とは性愛の不在なり? 生なモチーフをコラージュした夢幻能みたいな構成ですが、SFとして昇華するにはむしろ『「いき」の構造』的なフックが必要なのでは?
池田未那理「地球内生命」
この設定だとどうしても『ソラリス』を意識してしまうため、数学的コンタクトのくだりがお気楽すぎるように見えます。リーマン予想の反例という飛び道具も、うまく使いこなせていない憾みが。
形霧燈「DIVA」
「声帯を失った人だけが手にする声」という一節に目を瞠ったのですが、その声を実装していく場面で少し引っかかりを覚えました。その後、作者によるアピールと「紙魚の手帖」に掲載された選評を確認して、引っかかりを覚えたのは改稿部分が言い訳の上塗りのように浮いて見えたからではないかと推測(私の思い違いかもしれませんが)。解決策があるとすれば、物語の死角に埋もれてしまった「歌奈さんの声」自体の可塑性・多数性をリブートするしかないと思うのですが……。
更科建設「ハムスターの廻し車」
第4回ゲンロンSF新人賞では、今野あきひろ氏の「受戒」を一押し作品に選んだのですが、その理由は「全体としての整合性よりも局所での輝きに重点が置かれ」た作風と文体にセンス・オブ・ワンダーを感じたからです。逆に本作はソツのないストーリーテリングを狙いすぎて(理が勝ちすぎて)、神話的な語りの淀みや理不尽さに欠ける気がします。自転車由来のアレゴリーも、もうひと工夫ほしい。

藤井太洋
形霧燈「DIVA」
AIの利用倫理を正面から問う大傑作でした。
歌姫のパフォーマンスによる開幕は素晴らしい。そして学習士という刺さるワードが登場。そして姿を隠した歌姫の学習に乗り出すという展開。文句なしのオープニング。
末尾まで緩むことのない展開がぎっしり詰まっていました。
わずかに、最後だけ、死んだ歌奈の生前のエピソードが挿入されるところに緩みを感じる。時系列に沿った形で読めるよう、回想にするか、または生前のエピソードに組み込んで響きのある着地を埋め込むか、このゆるみを強みに変えるような改稿をしたほうがいいかもしれない。
何はともあれ、新人賞に推薦します。
天恵月「アキバロイド・アリア」
面白い。構成も悪くない。
性的嗜好の対象となる少女人形という題材を選ぶなら、描き方にもう一工夫欲しい。この題材は、いくらか(いや、多くの)読者が手に取るのを躊躇う題材だ。個人的な話だが、私は大学生の頃から日本のSFを読むのをやめていた。理由は「少女」を扱う作品があまりに多く感じられたからだ。
もっともこの作品には引き込まれたが、物語後半で提起される「性的嗜好」に対する問題提起を(もちろん描写の形で)冒頭ではっきり行っておく方がいい。
井手聡司(早川書房)
秋吉洋臣「君と歩く、くり返しの行き先」
孤独な戦いになりがちなループものに参加要件と勢力争いの要素を加えて、独自のアイデア世界を構築しているのが好印象です。「ヨシミツ君と交際した者だけがループ時に記憶を持ち越せる」というワンアイデアから出発し、不死者の悩みや倫理の問題などまで含めたあり得る可能性を最大限に検討し、使えるアイデアを選んでストーリーに落とし込んだ努力の跡も感じられ、とてもよいと思いました。アイデアの風呂敷を広げたせいで話はなんとか畳めていますが様々な論理の抜け道を塞ぎ切れてはいません。でも、それはあとでいくらでも手直しが効くので瑕疵ではないです。ヨシミツ君本人が一切出てこない割り切りがびっくりで成功していますが、登場させて皆とそれぞれに絡んだらまた面白い展開も一杯あるだろうなと思うと、欲張りな編集者としては悩ましくはありますが収集つかなくなるでしょう。
主人公のユイカはまだ記憶保持者になりたてなのでヨシミツ君への想いを断ち切れず、先輩たちのようにドライになり切れないのだ、という理解で最初は読み進めましたが、後半の長官になったあたりの、彼女だけがずっと彼のことを本気で気にしていて組織内で齟齬が出始めている(?)というあたりの頃の立ち位置がやや明確でなく、その結果彼女の目的もやや曖昧になってしまったように感じられました。敵対組織のカンストを目指してヨシミツ君を暗殺しまくる戦術も、彼らの理想に適っているのかやや微妙です。文章や構成や登場人物の感情の変化の運びはまだまだ荒いですが、このアイデアは可能性の塊としてとても高く評価します。時間をかけてじっくり考え抜いて、アイデアを最も生かせるストーリーに改稿することで素晴らしく良くなるポテンシャルがある作品だと思います。法条遙『リライト』のような、豪快なループもの(でちゃんと面白くなる)の可能性はまだまだあることに改めて気付かされました。
天恵月「アキバロイド・アリア」
元アイドル&現下層風俗嬢アンドロイドの葛藤を通して「疑似恋愛&風俗産業」の罪と闇を描いた、大変奥行きのある一連のテーマ群に対して総当たりで向き合った力作だと思いました。話の完成度としてはまだ発展途上という印象で、設定や前置きが長く、前半はなかなかストーリーが動き出さないのがややストレスでした。長篇のような行数感覚で中短篇を書いているように思われます。また、前半はストーリーに沿っての設定情報の出し方がそれほど効果的でないため、わかりにくくなっているのがもったいないです。すべての性欲に対応出来るアンドロイドを作るためにビッグデータを集めている、という目的も、それが商売としての最適解なのかについては疑問でした(そしてそれは誰がやっている? 真の敵あやふや問題)。主人公に影響を与えるフウガがこのような過激なことを自己犠牲的に行うに至った動機も印象が薄く、フウガのアイドル時代などのバックストーリーがどこかで少し語られてもよかったと思います。
アンドロイドならではの身体感覚の生々しい描写は着目点がよく、自分を構成するパーツを取り出すと自分の一部でなくなる感覚になる、といったさりげないエピソードが印象的でした。 現時点での完成度はともかく、作家にとって、今この自分の激しい問題意識を形にして吐き出しておかなければ、その次へ進めない、という節目にあたる作品は誰にでもあり、今回は最終6作ともそれを感じましたが、この作品が一番強くそう感じました。アリアの「非可換の存在」になりたいという願いの切実さもよく伝わってきました。文章も構成も荒いけれど、作者の熱い情熱が感じられ、作家としての今後の可能性を強く感じさせる作品だと思いました。
池田未那理「地球内生命」
論理的な仮説、検証、発見という王道の科学的到達およびファーストコンタクトの過程と、数年を経て展開する人間ドラマがバランス良く絡み合っていて、ラストの子供たちへの希望に繋がる全体のまとまりも大変上手く、王道の本格SFとして大変好印象でした。
地球内に生命が生まれている、という中盤の種明かしは、読者はある程度予期しながら読むとは思いますが、それにしてもタイトルが「地球内生命」なのは身も蓋もない感じなので、タイトルはもうひとひねり欲しいです。
思考の意味を問う脳の高次機能の研究者である主人公と、整数論の研究をするパートナーとその師匠格の学者、そして脳波干渉の技術を開発する後輩、と主人公の周りに偶然集まった異能力メンバーが力を合わせて、異質な知的活動体との数学を介したコンタクトに重要な役割を果たす、という展開自体は、ある程度ご都合主義的に見えてしまいましたが、これは見せ方次第で強みにも変えられるのでここでは問いません。
外界と自分との境目・違いの認識を前提とすることなしに生まれた知性というものがもしあるのなら、我々が自然界に対して持っている古典的な「生命の定義」を満たしていない「知性」が存在するということになりますね。この地球生命の知性と、同じように外界と自分との境を認識していないはずなのだが、人間によって意図的に大量の情報を与えられ続けていることで成立している現在の生成AIに対して感じる「知性っぽさ」とを比較することで、その特徴を示してみせることもできるかもしれないと夢想しました。
ただ、せっかく異質な知性体が我々の知見を超えて、エントロピー増大の法則が成り立たない物理法則の宇宙があり得る、と示したのであれば、そんな世界への好奇心も示されて欲しい。そこで生まれた不死・永続を前提とした生命体の思考の存在可能性とかもっと追求しないのはもったいない。また、地球にこのような知性が発生するのであれば、同じような環境の別の恒星や惑星にも知性が発生している可能性があり、将来は重力波干渉機器などの発達でコミュニケーションできるようになるかも、といった外へ開かれたビジョンまで見せてもらえるとなお良いなと思ってしまいました。
形霧燈「DIVA」
ストーリーが大変よくまとまっており、ちゃんと最後に新しいアイデアを示して終わることに成功しているのも素晴らしいです。小説の巧さも際立っています。「公認AI学習管理士」というアイデアもとても面白く、現実はそうならない可能性も十分あるだろうと思いつつも、もしこのような職業が成立する世界になったとしたらどんなことが起こるだろう、と想像してみるに値する魅力がある設定だと思いました。
ただ、何年も不治の病に冒され、現在はホスピスに入っている(ホスピスは終末医療の緩和ケアなので1、2カ月くらいで亡くなるのが普通)ほどに弱っているかつての歌姫に、ビジネスの話をもちかけ成り行きでミニコンサートを何度も開かせ、最終的には過酷な録音作業(必要?)をお願いする展開になるのは、やや設定のバランスが悪いとも思いました。
しかし、本来の声を失った少女ノアの死や、主人公の沙月が死んだ恋人AIに依存しているという告白など、それぞれのドラマも劇的な効果を生んでいて、それがお互いに影響を及ぼし合いひとつのストーリーにまとめ上げられている力は素晴らしいです。
歌奈の希望と、彼女の声をAIに学習させて残したいという想いをすりあわせた「インテリジェンス・コモンズ」の理念も、思考実験のアイデアとしてとても興味深い設定であると同時に、感情が盛り上がるいい終わり方に寄与しています。声を失った人が全員初音ミクの声で喋りたいわけではないでしょうが、一応年齢や男女に応じたアレンジが可能で、この技術は過渡期のものであり統一のプラットフォームとしての役割が重要なのだ、といった現実的で控えめな考え方はSFとしてはややこじんまりとした印象を持ちますが、登場人物たちには希望が持てる未来予想図たりえていると思いました。
現実と微妙に違うプチ・オルタナティブヒストリー的な世界で現実とは少し異なる結論を出すことは思考実験としての意義があります。藤井太洋さんのように、古びることを恐れずに現実に近い至近未来的なテーマで勝負し、技術で人を幸せにする可能性を夢見続けるのは強い意思が必要だと思いますが、是非とも続けて欲しいです。
更科建設「ハムスターの廻し車」
これだけ書ける文章力、構成力、人物造形力がありながらも、あえてこのような芸風で攻めてくる確信犯的なチャレンジャーとお見受けしました。せっかくSF的想像力でこの物語を走らせたのに、終わりがこの世界のからくりの答え合わせ的な展開にしかなっていないのは大変にもったいないと感じました。そして自分(作者)が生み出したこの世界の可能性をこれ以上突き詰めていくことを諦めているように感じられ、少し残念に感じました。最後にパズルのピースをうまくはめて、いい話に落としてうまく仕上げてはいますが、ファンタジー的な落とし方に寄っていてSFとしては弱い(だからダメというわけでは全然ないですが)。
車輪生物のママチャリもどのように繁殖して世代交代をするのか、マチャリ族とスカラベ王国の民も誰かに作られたのかどうなのか、などこの物語のメインではないところに気が散ってしまいました。惑星リンリンの回転運動から発するエネルギー循環と生態系のシステムの中でこの星の生命はどのような位置づけなのか、なども言うだけ野暮と思いつつも、SF作品として評価するなら気になるところです。
しかし、純粋な作品評価から離れ、内容のアピール文までも含めて本作の書かれた状況を概観してみると、私のような一介の職業SF編集者には理解できない、なにか異様な出来事が起こっているのではないかと察せられます。本作は最終選考会の場で評価される以前に、すでによく分からない何かを達成しているのではなかろうか(しらんけど。笑)。
道端拓也「天齢樹の物語」
ニーヴンの『インテグラル・ツリー』を思わせる壮大な(はずの)宇宙プラットフォームを舞台に、クラークの『都市と星』の主人公アルヴィンを想起する、一人だけユニークな個性を持つ主人公の涅(ニル)がこの世界の真実にたどり着き、自分の意志で選択をする、というこれも王道の冒険SF的展開をきっちりやっており、最後にひねりを加えて終わらせるところまで大変完成度が高く、飽きることなく読みました。
また、ある単語を記述する際に、その単語の概念を言い当てる和語を親文字とし、読みとしてカタカナ外来語をルビ文字とするという、日本の海外文芸翻訳者の先人たちが洗練させてきた工夫の一形式がうまく機能していて、長年のSF読者としては大変心地よかったです。
ニルと“果房”両者の、地球で有機生命体を再び復活させるという最終的な選択は、ただ現状維持だけを目的としている主(あるじ)の裏を掻いた作戦としては大成功ですが、主人公ニルおよびその同胞の任務はプラットフォームの維持管理であり、地球で有機生命体を復活させ地球と一体化することとの矛盾はそれほどないですが、“果房”は自分の中に保存した全生物のデータを地球ではなく別の安全な惑星に移住させることを目的として作られたはずです。
なので、いずれこの地に再び有機生命体が満ちたあかつきには、新しい有機生命体の意図など無視して、ニルと“果房”は手を結んで愛すべき蜘蛛たちの力を借り、今度こそは宇宙への移住を目指して出発して欲しいと思っています。こうした妄想の余地のある充実した設定と内容で、なおかつこの分量に収まっている素晴らしい作品構築力も高く評価します。
井上彼方(VGプラス)
秋吉洋臣「君と歩く、くり返しの行き先」
ユニークなタイムリープものとして楽しく拝読しました。物語に緩急があって、かなり込み入った世界観を比較的リーダビリティ高く提示できているのではないかと思います。ただ、途中でややテンポの良さが削がれていると感じるところがいくつかあると思いました。要素が盛りだくさんなのは必ずしも悪いことではないですが、主人公の葛藤という本筋を際立たせたりするメリハリのよさをもうちょっと追求してみてもいいかもしれません。またセクシュアリティに関する記述を入れるのであれば、言葉選びは文脈を踏まえて再考されても良いのではないかと思います。
天恵月「アキバロイド・アリア」
消費の加害性や個人の唯一性というテーマを、アイドルアンドロイドを通して表現されている作品として読みました。アクチュアルなテーマだと思いますが、新規性やテーマの深堀りがもう少し欲しいと感じました。また、いわゆる「性産業の悲惨さ」を作品の要素として入れるのであれば、ステレオタイプをなぞるのではなく、性産業に対するスティグマが性産業従事者にどのような悪影響をおよぼしているのかという点を踏まえて、それに加担しない形で作品を書くということを意識してみてもいいかなと思います。
池田未那理「地球内生命」
人間や地球上の生命とは異なる知性のあり方と、オリジナルなコミュニケーション方法などをファーストコンタクトの楽しさや説得力とともに描き出せていると思いました。地球の中に知的な生命体がいるというアイデアも魅力的でした。ただ、人間ドラマの部分はやや散逸な印象を受けました。主人公のもともとの関心領域とその知見の深まり、登場人物たちのそれぞれの葛藤やプロジェクトが立ち向かう困難が、内容面でもっと有機的に繋がっていると良いなと感じました。
形霧燈「DIVA」
特定のアーティストをAIに「学習」させるという今まさに議論の的になっているアジェンダについて、ベターな未来の可能性を提示することでアジェンダを掘り下げつつもその先の希望まで描いてみせた、SFの一つの可能性を体現した作品だと思います。主人公の目指すものを、あえて「過渡期的なもの」と設定した点も見事です。「物語を駆動させるための悲劇」という以上の強度を出すために、病気周りの描写にもう少し具体性が欲しいと感じました。
道端拓也「天齢樹の物語」
ポストアポカリプスな世界で暮らす知性体が、とある出会いをきっかけにこれまで従ってきたものに疑問を抱いて独自の道を歩き始める。SFの中では王道のようなストーリーですが、細やかな文体と主人公の思考の癖と世界観とディテールの作り込みがとてもうまくマッチしているため、独自の強度を持った作品として成立していると思いました。それぞれのキャラクターの魅力をうまく描けている点もよかったです。どちらかというと涅の物語かなと思うので、タイトルは再考しても良いかもしれません。
小浜徹也(東京創元社)
秋吉洋臣「君と歩く、くり返しの行き先」
ループものの小説もゲームもほとんど知らないのですが、膨大な数のプレイヤーがひとつの目的のために同じ世界で個々にリセットされるという着想は面白く思いました。でも語り手となるプレイヤーの視点だけを展開したかのようで、サブキャラのリツコ(その他の人物も)の立場から考えると、語り手がリセットされると同時に、リツコも強引に電車の車内に連れ戻されてしまっている感じ。記憶が連続している人たちなりに、いろいろと齟齬が生じるのでは。ほかにも、リセットがこの先も保証されているなら自暴自棄な行動をとる者が出てこないのか、なぜヨシミツくんが特異点となっているのか考察しないのか、なども気になる。着想の段階から一直線に突き進んで話を組み立てたかのようで、世界の有りようを練る手続きを欠いているのでは。しかし何よりも文章が荒いです。文法的に不自然なものが多く、さらに語り手の切れ切れのメモを読まされているかのよう。また、設定や各人の目論見についても読者に考えこませてしまう。というか、読者を置いてけぼりにしてしまっていないでしょうか。語り手は読者の代理人なので、理屈への興味で牽引する話では、読者が何に疑問を持つか、そして読者にどこまで分からせるか、「綱引きの加減」を確かめながら物語ることが第一だと思います。
天恵月「アキバロイド・アリア」
語り口は流麗。強みにしてください。語り手のアンドロイドが人間的すぎないかとも感じ、でもまあそこは気にしないとしても、すらすら読めるとはいえ実は大半が読者に対する説明なので、「物語」にするための工夫がもう一段階あればと思いました。あと、この娼館には黒服、というか男性従業員はいないのでしょうか。全体的なバランスとして、終盤の加害性にまつわるディスカッション部分が長くて重たい感じです。もっと刈り込んだほうが印象的になって効果もあがったのでは。同時に、加害性というのは普遍的な問題だとしても、せまい舞台で思いつめた登場人物数人の議論に収斂させて、「欠損」に着地するのはもったいないと思います。着地点を、この「アキバハラ」を生んだ社会背景まで結びつけられれば、話の奥行きも増したのでは。
池田未那理「地球内生命」
「ガイア仮説」とはひと味ちがう大胆なアイデアや、ハードSFとしての展開も好感を持てるのですが、最初から説明過多。話をささえる理屈が魅力的なだけに、小説を組み立てる技巧に大いに欠けるのはつくづく残念でした。全体的に「作者にとって都合のいい」展開になっていないでしょうか。会話で解説するばかりで(また、他愛ないやりとりも会話に起こしていることもあって)ドライブ感を減じさせているし、イルカ言語やリーマン予想があとの展開につながるんだろうな、と容易に予想できるのもよくない。マントルつながりでいくと、『日本沈没』ばりに、とまでは言わないけど、もっと作品世界のリアリティを高める工夫をするほうが適切なように思います。あと、かなりの部分が「マントル知性」でなくても成立しそうに感じます。補強できればいいのですが。
形霧燈「DIVA」
小浜は〈創元SF短編賞〉応募時の二次選考と改稿要請にたずさわったので、手直しの過程をある程度記憶しているのですが、今回提出の結末は最終選考の議論を汲んでいただいたものになっていてよかったです。とはいえ、やはり全体に継ぎ接ぎめいた印象をぬぐえません。実は当初からの疑問だったのですが、声帯を失った人にとっての歌声は必ずしも歌奈のものでなくてもよいのでは。また、世紀の歌姫が声をサンプリングされることを超えて、世界じゅうの言葉で歌われることを希望した流れも釈然としない感じです。著者の願望が、登場人物が個々に持つはずの立場と物語を超えて、上書きしてしまったところはないでしょうか。それと、語り手が死んだ恋人をAIにしてすがっていることと、歌奈にまつわる課題とが交わっていないようなのも、もったいなく感じました。
更科建設「ハムスターの廻し車」
アピール欄で「吉澤ひとみさん小説」が出てきてたまげました。おなつかしや。とはいえ前の「吉澤さん小説」の内容を思い出せなかったことと、そう説明されたところで、この作品がどういうふうに吉澤さん小説なのかさっぱり分からなかったことは申し訳なく思います。とはいえ、中央アジアらしき地方を舞台に、「自転車が生き物だったら」というあからさまな言葉遊びにもとづいた、「奇想」と言えなくもない諧謔から何をどう読みとればよいのか、お手上げでした。そのことも申し訳なく思います。
道端拓也「天齢樹の物語」
SF創作講座でも希有な本格SF。最初、説明的な独白がつづくので不安だったのですが、要所要所で状況や進展に言及するので読み進めやすい。とはいえこの調子で最後までいくのは苦しいなあと思っていたところ、いい感じの蜘蛛が出てきてころがっていくので(口調はくだけすぎの感があるけど)、著者は話運びの機微を心得ている人だなと安心しました。最初に会話する「主(あるじ)」が仕掛けになっているのですが、これに引っかかりを覚えさせない語り方はうまいと思います。人間が出てこないハードSFなので読者を選ぶかも知れないし、評者として保守的なのかも知れませんが、伝統的なSFを志す著者が現れたこと自体、何物にも替えがたいよろこびでした。ベストワンです。最後の「槃(うつわ)」が分からないので決まりきらないのは残念。
田中玲遠(集英社)
秋吉洋臣「君と歩く、くり返しの行き先」
一人の男性の交際者たちが何人も何人も集い、そのうえタイプまでまるっきり違う。コミュニティ自体が独特であり、特殊な形の女性同士の連帯として、面白く読みました。ただ、ループの根幹に当たる男性・ヨシミツ君の存在価値が全編通して全く見えてこないのが兎に角気になってしまいました。主人公やその他のループ者たちにとって重要な男性であるのは自明ですが、「なぜ彼を中心に…?」が語られないままずっと進んでいく物語。彼の魅力が結局のところ主観的なものとしてしか描かれず、肝心な部分がものすごく内省的であり、読者に開いてこない物語であるような印象を受けました。設定自体にも新味を覚えず、リツコの裏切りといった展開も意外性が感じられませんでした。
天恵月「アキバロイド・アリア」
この枚数で世界を構築し、テーマを出力し、読者へと届かせる筆力があると思いました。「あきばわら」という空想の舞台でありながらも、現実の秋葉原の要素も拾うことで、読者に想像力でこの「あきばわら」を捉えられるように描いている。そういった部分もそつなく巧い印象です。アンドロイド×性産業、といった題材は斬新さがあったかと問われると疑問は残ります。アイドルと性産業を一種同列に語るやり口は切れ味こそ凄まじいものの、本文内で「加害者/被害者」についての応酬は、エンタメの小説として考えると、ちょっと鼻白むくらいには説教臭い気もします。その二項対立の彼岸へと目指した作品であることは認めますが、「加害/被害」といったようなわかりやすい言葉を使わずに、自身の書きたいテーマを押し上げる、読者に見せる、そういったアプローチをできたのではないか。というかぜひしてほしい、とも思いました。
そもそものマリアの設定自体、設計理念自体があまりに欺瞞ではないでしょうか。そんなもの作られるのか?という疑問は抱きました。全体にはよく書けている作品で面白かったです。
池田未那理「地球内生命」
ファーストコンタクト相手が地球内に存在し、それとの対話をしていく展開は面白く読みました。人間よりも高次の体系を持つ存在に対して、主人公含めて人間側の対応の仕方や認識が正しいのかはわかりませんが、イルカの研究という一つの小さな検証が大きな実験に結びついていく過程はとても良いなと思います。ワクワクさの演出として楽しめました。
科学の部分については興味深く読めた一方で、人物の造形、会話自体に魅力が乏しいです。主人公、パートナー、後輩、どれにも目立った特徴がなく、それもあって長いプロットのように感じるところが気になりました。
形霧燈「DIVA」
作品の雰囲気・佇まいはとてもいいと思います。ただしくAIの学習、利用がされるための法整備と主人公の学習士という仕事など、近未来の設定としてありそうな手触りを感じました。
一番気になってしまったのは、歌奈の最終的な決断である、声を失った人のために声を残すという結論部分です。この結論に至る導線がイマイチわからなかったです。主人公の説得・尽力はこの結論へ向かっているものではないのではないか。むしろ描写されているのは、自分の歌声、曲によって人を救っている景色なのではないでしょうか?であるならば素直にそのために自分の声を残すという選択になることが自然に感じてしまいます。
あとは、主人公が歌奈の説得にあたる時間ですが、彼女の存在や行動よりも、ノアによって歌奈の心が変化した部分の方が大きいように感じます。「学習士」という肩書でしかない主人公の立ち位置が少し不憫です。もう少し、この仕事をしている人間として、歌奈を説得できなかったのか、そういったシーンを生み出せなかったのかとは思いました。
更科建設「ハムスターの廻し車」
面白がりたい気持ちはありましたが、刺さりませんでした。
道端拓也「天齢樹の物語」
面白く読みました。要素を分解していくと少し既視感は出てくる気もしますが、終末ものの新たな創世譚をこの枚数でよく書いたなと思います。「涅」への妨害といいますか、障害となるものが意外と少なく(弱く)、そこはやや物足りなかったのですが。ハガネとの邂逅場面は、ハガネのキャラクターと会話の良さがありました。果房と融合し変形していく展開も好きでした。
「涅」が最初から「特別」でありたく「名」を求める個体であったこと、「果房」を発見した際に既に「致命的な事態を引き起こす」のを予期していることは回収されなかったので、気になりました。回収されないならば、少し俯瞰的な書き方過ぎるのではないか、とだけ思います。
溝口力丸(早川書房)
秋吉洋臣「君と歩く、くり返しの行き先」
ループものの醍醐味であるインフレーションはよく書けていた印象です。男女関係という身近な出来事がトリガーになっているのも読者を引き込みやすい作りになっていると思います。
いっぽうでやや説明をぶっとばし気味で、それが独特なドライブ感を生み出してはいますが、勢いで書きすぎているような印象も受けました。
ループについて、読者の持っている知識に頼って書いている気がします。一人称とはいえ主語を飛ばし気味なのも少し気になりました。
天恵月「アキバロイド・アリア」
秋葉原の呼び名が変わっているのはなぜ? 今の町になって歴史が十年とありますが、現代からの変遷が気になります。何か決定的な変化があったのか、パラレルワールドなのか。
ご当地SFとして楽しむには地名や土地勘がもう少し盛られていたほうがより良いように思えました。
人間とアンドロイドを通して描かれる加害者と被害者、強者と弱者のテーマは普遍的なもので楽しめましたが、展開される物語のスケールに対して登場人物が少なすぎるかもしれません。
池田未那理「地球内生命」
地磁気波形に知的生命の思考を読み取る、というファーストコンタクトもののアイデアはとても面白かったです。各分野の学術的な説明も馴染んでいる印象でした。
作中にもある「わからないことをわかる、っていうのが科学の共通する楽しさ」が物語りにも通底している気がします。世界規模の物語は壮大ですが、しいていえば人間ドラマパート(和花と真一など)がもう少しあってもいいようには思えました。
あとは些末なことですが、文章の癖として、もう少し読点を振ったほうが読みやすくなるように感じました。
形霧燈「DIVA」
AI技術がどのように世の中を変えていくかという思考実験はもうほとんどSFでなくても成立する題材で、一般文芸の読者にも受け入れられるクオリティだと感じました。その反面、どうしてもSF的な飛躍はやや薄くはなってしまう印象です。
AIがバーチャルとリアル、死と生の境目をなくしていく+歌手ものというのは、『世にも奇妙な物語』でドラマ化された柴田勝家「走馬灯のセトリは考えておいて」でも描かれたテーマです。もう一歩、この作品だからこその個性を足せると、時代を映した傑作になると思います。





