「ほな、戦争したいん?」──いまジョージアで何が起きているか|五月女颯

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webゲンロン 2024年12月27日配信

 

 東欧の国・ジョージア(グルジア)が揺れている。

 2024年10月26日の選挙で「勝利」した政府与党「ジョージアの夢」は、11月28日、2028年までEUとの加盟交渉の再開をせず、またEUからの助成金の受け入れを停止すると発表した。これに市民が反発し、大規模なデモとそれに対する治安部隊の衝突に発展した。報道によれば数百人の逮捕者を出し、この原稿を書いている12月22日時点でもデモは続いている。

 筆者は、文学を中心としたジョージア研究に10年ほど従事しており、お陰様で足繁くジョージアに通っている。また2019年のラグビーW杯で通訳としてチームに帯同するなどした結果、ジョージア語がわかる稀有な日本人(の研究者)として、ジョージア人の知人も多数できた。Facebookの友だちは上限の5,000人までジョージア人で埋め尽くされてしまっている。なお、本エッセーでは触れられないが、渦中の大統領とも食事したりしたことがある(これはただの自慢です)。

 このエッセーでは、そんな私が市井のジョージア人と交流するなかで見たり感じたり話したりしたことをまとめつつ、一体ジョージアで何が起こっているのかを、日本の読者にも伝えてみたいと思う。

ロシアとジョージア

 ジョージアでは、ソ連解体後に内戦などが起こり、1990年代は混迷期であった。当時国政を司っていたのは、ソ連の外務大臣を務めていたシュワルナゼ大統領であったが(ジョージア語の表記・発音ではシェヴァルドナゼ)、2003年、経済停滞や汚職などを不満の要因として無血の「バラ革命」が起こり、サアカシヴィリ政権が誕生した。サアカシヴィリ率いる政党「国民統一運動」は強硬な反露姿勢をとり、2008年にはロシアと戦争に至るが、敗北。2012年の選挙では、ロシアで財をなした富豪イヴァニシヴィリ率いる現与党「ジョージアの夢」へ政権交代が起こる。その後、「ジョージアの夢」が約10年にわたって安定的に政権を維持してきたところで、2022年のウクライナ侵攻が起こった。

 周知の通り、ウクライナ侵攻に対し、欧米各国はロシアに対して制裁を課し、また(意外なほど早く)日本も制裁に加わるなど、国際社会はウクライナ支援で団結していたようにみえる。そうしたなか、私はジョージアもまた制裁に加わるものかと第一感で思っていた。2008年の戦争以降、ジョージアにとってロシアは国交を断絶している「敵国」であり、ジョージアによる実効支配の及ばないアブハジアと南オセチアは領土の20%を占め、それゆえ「ロシアは占領者だ、ジョージアの20%はロシアに支配されている」とのスローガンをたびたび目にしていた。しかし、そうした予想を裏切って、ジョージアは制裁には加わらず、中立的な立場を維持した。

 政権与党「ジョージアの夢」がこうした立場を取ったのには、もちろんロシアへの配慮がある。2008年の手痛い敗戦を引き起こしたサアカシヴィリを批判して政権を奪取したという経緯からしても、ロシアへの宥和的な態度は理解できるところではある。しかし、2014年のウクライナ紛争、そして今回のウクライナ紛争と、隣国ウクライナ(地図をご覧いただくとわかるが、ジョージアと意外と近い)で起こってきたことは、2008年にすでにロシアとの戦争を経験したジョージア人たちにとっては、ロシアの一連の脅威としてかなり現実的に映っている。

 つい先日、東京グランドスラムのため来日中のジョージア柔道連盟の関係者と食事をしつつ話をする機会があった。その関係者は、与党への必要な批判はもちろんする、としつつも、「アブハジアや南オセチアにロシア軍が駐留しており、いつでも攻めてくることができるのだから、外からは何とでも言えるけど、自分たちにとっては……」「ヨーロッパも口先ではロシアを非難してるけど、ロシアのガス使ってるし……」などと言っていた。こうした状況のため、小国ジョージアが制裁に参加することで得られる「象徴的な」メリットよりも、ロシアと敵対するデメリットの方が大きいという考えに至るわけである。

 そうした与党支持者たちの立場をもっともよく表すフレーズとしてよく耳にするのが、「ほな、戦争したいん?」(„აბა, ომი გინდათ?“) である。そう、戦争ではなく平和、なのである。本年の選挙でも、選挙キャンペーンとしてこのようなナラティヴは用いられ、街角には戦争で破壊されたウクライナと平和なジョージアを左右に比較する広告が掲載された[写真1、2]。

写真1 ジョージアの地下鉄駅に掲げられた広告。戦争で破壊されたウクライナの体育館と、綺麗に整備されたジョージアの体育館が対比されている。キャプションは「戦争にNO!」(左)、「平和を選べ」(右)

写真2 戦争下のウクライナと平和なジョージアを対比させる広告は街のさまざまなところに設置されている

 もちろん、このフレーズには、侵略に対して祖国防衛のために戦っているウクライナに対して多分に失礼なのではないか、という批判がかなり上がった。しかし「ジョージアの夢」がそうした批判を歯牙にもかけず、ロシアとの宥和という現実路線を打ち出すことで一定の支持を得ているのは、紛れもない事実である。

ウクライナ政府のジョージア人

 もっとも、与党のこうした態度は他方でロシアへの妥協とも捉えられるわけであり、特に反露的な立場をとる側にとっては批判の的となる。ロシアとの戦争を経験した国として、人々のなかに相当な反露感情が渦巻く状況のなか、それがいかに現実的な路線であろうとも、カテゴリカルに拒否感を生むのもまた理解できるものだ。上述の通り、野党「国民統一運動」はロシアと戦争をするほどには急進的な反露である。したがってロシアとの付き合い方が与野党対立の最大の争点の一つとなってきた。長年にわたるその対立はもはや「伝統芸」の域である。

 この与野党対立を考えるにつき、ここで時間を少し戻してみたい。2012年の選挙に敗北し、国民統一運動率いる元大統領サアカシヴィリは下野した。その後、ウクライナで2014年にマイダン革命が起こり、親露派のヤヌコヴィチが失脚した。すると、ウクライナの親EU派と協力関係にあったサアカシヴィリが、革命後、ウクライナ南部・オデッサの州知事に就任したのである。

 ジョージアの元大統領がウクライナで政治活動を続けるという出来事は、当時、それはもう謎でしかなかったように(少なくとも私には)思えた。だが、2022年のウクライナ侵攻でまさかの伏線回収がなされることになる。

 ウクライナ侵攻後、前述のとおりジョージアは制裁に参加せず、またジョージア人義勇兵の出国を許可しないなど、ロシアへの一定の配慮を見せていた。そしてその態度はウクライナ側を怒らせるのには十分であった。ゼレンスキーはジョージア政府のこの態度を「非倫理的」と厳しく批判し、在ジョージア・ウクライナ大使を召還するなど、ジョージア・ウクライナ関係は急速に悪化した。その背後にあるのが、まさにこのサアカシヴィリ・コネクションなのである。

 たとえば開戦後に持たれたロシア・ウクライナ和平交渉には、ジョージア系の人物がウクライナ交渉団の一員として参加している。ウクライナの新聞『キエフ・ポスト』が掲載した写真の中央に写るウクライナ側の帽子の男性は[★1]、ダヴィド・アラハミアというジョージア系の人物である。1979年生まれの彼は、アブハジア紛争時にウクライナ・ミコライウへ移住した人物で、この和平交渉の時期には、ゼレンスキー政権の中核にいたようである。

 サアカシヴィリにせよ、アラハミアにせよ、ジョージア系の人物がウクライナで有力政治家として活動できている理由は筆者には明らかではない。だが、ゼレンスキー政権がジョージアに対して上記のような強硬的な態度にでたのは、どうもこうしたサアカシヴィリ=アラハミアのラインが背後にあり、野党「国民統一運動」がウクライナを通じて政治問題にしているのだ──というのが与党「ジョージアの夢」の考えであった。大使の召還は、2022年3月1日、開戦してまもなく講じられたが、あの混乱と緊迫に満ちた時期に、本来ならばジョージアのことなど構っている暇もないはずのゼレンスキーがジョージアへ圧力を強めたのも、このアラハミアとのパイプを用いて野党がけしかけたのではないか……。

 当時「ジョージアの夢」党首を務めていたイラクリ・コバヒゼ(現在の首相)は、あるインタビューにて次のように述べている。

このこと[大使召還]が彼[ゼレンスキー]の決定であるとは思わない。ジョージアの問題についてこのように多大な注意を向けるほど彼が暇であるとは思わないが、彼の側から大使召還についての決定が公にされた。これは全く非論理的である。[…」ウクライナ政府の一部が、今日まで公式・非公式に、サアカシヴィリ、アデイシヴィリ、ロルトキパニゼ、アラハミアその他「統一国民運動」の面々であり、アラハミアの場合、サアカシリヴィリと直接の関係がある。このような時、まさにこうした人々がこの決定の主導者であると疑うのは、とても根拠があることだ。[★2]

 ジョージア内政において続いてきた与野党──「ジョージアの夢」と「国民統一運動」──の対立が、ウクライナ侵攻における外交の舞台にて顕になった形である。

 大規模なデモなど国民の反発を呼んでいる今日の「ジョージアの夢」の一連の(親露とは言わずとも)露に宥和的な政策は、この与野党対立を把握しておくとより一層理解が捗るだろう。つまり、野党側がみせる過激な反露姿勢が、2008年から2022年までのロシアによるジョージアやウクライナへの一連の侵攻・戦争という事態を引き起こしたと考え、国土を灰燼に帰したウクライナ政府とジョージア野党「国民統一運動」を同一視し、さらにその背後にアメリカやEUの有形無形の影響力・圧力をも見据えている、というのが「ジョージアの夢」の一貫した態度なのである。

政権批判は「過激」なのか?

 この「過激な」というのが一つのキーワードである。「ジョージアの夢」は、「国民統一運動」を一貫して「過激な野党」と公式な場で呼び続けており、与党系のメディアもそれに倣って使用している(どこか枕詞な感さえある)。

 今回に限らず、ジョージアでは数年に一回程度、国会議事堂前でデモが起こる。例えば、2019年6月20–21日には、正教を信仰する国の議会が集う国際会議 (Interparliamentary Assembly on Orthodoxy) がジョージア・トビリシで開催されたが、そこでロシア代表のセルゲイ・ガブリーロフが国会議長の席からロシア語でスピーチするという事態が起こり、野党がこれに反発、一般の市民が加わり大規模な抗議デモが発生する、いわゆる「ガブリーロフの夜」と呼ばれる事件があった。こうしたデモでは、常識的な時間帯では市民が多いことから特に混乱は生じないが、時間が深まるにつれて、国会議事堂の建屋内へ侵入しようとするなど一部が暴徒化していき、機動隊がゴム弾や催涙ガス、放水車などで応戦するという実力行使の事態に至る(この時は2名がゴム弾により失明した)。

 今回のデモでは打ち上げ花火を国会議事堂や機動隊に打ち込むという「新たな」スタイルが生み出された。花火という新しい手法はもとより、火炎瓶や投石などの従来の手法も、いずれも機動隊を目標として投擲され負傷者も出るなかで、機動隊側からの応答としての暴力もエスカレートしていった、というのが今回の(というか毎回の)事態である。そうした暴徒化する人々がどこから来るのかはわからないが、少なくとも政府与党やその支持者にとっては、何かあるたびに野党が政治問題化しては暴徒が暴れ回るシーンを見るにつけ、その「過激な」印象が深まっていく。

 こうした暴徒の出現は毎回のことであるが、特に保守的な考えを持つ人々にとってはやはり受けが悪い。今回、政府は花火を規制する方策を取らざるを得なくなり、現在、花火の輸入や販売を許可制にするなど一連の法案を急ぎ準備中であるが(ちなみにジョージアでは年越しのタイミングで花火を打ちまくる)、その法案では、未成年が花火の所持・携帯・使用や、警官への不服従、または侮辱をすると、その保護者へ罰金が課される条文を盛り込むとの報道もある。現時点でそのまま成立するかは何とも言えないが、あたかもデモで青少年たちが暴徒化するのは、保護者の監督責任が不行きであるがためと言わんばかりである。

 与党に批判的なのが若年層、支持的なのが中高年という全体的な傾向のなかで、今回の法案には、学校や家庭での教育についての、社会一般の考え方がみえるようにも思われる。ジョージアでは学校の生徒たちも、学校敷地の内外でデモを行ったり、授業をボイコットしたり、種々の行動にて一連の抗議運動に同調する。

 たとえば、生徒による一連の動きを報じた12月3日の国営放送のニュースでは、「ジョージアの未来はヨーロッパにある、とする立場を学校の執行部がとることを確認せよ」という生徒側の主張とともに、校長の談話も載せられている。いわく、「学校の生徒は、自身の思想を表現する権利を有するが、授業中は生徒全員が学校にいて、授業に出席しなければならない。」

 

 

 このニュースでは、加えて、ジョージア西部の中心都市クタイシのとある学校で、生徒たちの一部が教室へ入室を拒否して授業をボイコットしたが、他の生徒たちは、学校執行部が外に出ることを許可しなかったため、学校の建屋から支持の意を示した、とも書かれている。ジョージアにおいて授業を無断欠席することは、ともすると大変にスキャンダラスであり(それは、それだけ子供たちをコントロールするのが難しいことの裏返しだが)、それゆえに学校は日本よりも厳しい管理下──それも中央政府の管理下──に置かれているように感じられる。(さらに言えば、教師たちが与党の政治集会に駆り出されているという話もある)

 個人的な経験として、2023年3月、ジョージア西部チロホツクというかなり小さな町で、知人の学校の教師のもとを訪れたことがある。折しもウクライナ侵攻1周年で、生徒たちは放課後にその小さい町を反露的なメッセージと共に練り歩いていた。教師たちは、昼休みだということで、しかもそのうちの誰かの誕生日が近いということで、職員室的なところで飲食しながら懇談していて、私はそこに混ざっていた。

 そのとき、校長の電話が突如鳴った。会話の内容から教育省からの電話だとわかると、会場はちょっとピリついた。校長は、放課後の出来事であり授業は滞りなく終わっていることを説明して、それ以上は何もお咎めはなかったようだ。とはいえ、メディアか個人かは不明であるが、誰かが生徒たちのデモを教育省に通報して、あるいは教育省自身がそれに気づいて、確認の電話を地方の校長に直々に入れたという事実は、なかなか日本とは異なるジョージアの教育事情を示しているのではないかと、私のなかで印象に残っている。

 青少年の教育というレベルからみても、子供にまっとうな教育を施すこと、あるいは子供をまっとうな人間に育てることへの社会の要求(まちがってもデモで火炎瓶を投げ込んで暴れるような人間にしてはいけない!)は大きく、それゆえデモの過激化を苦々しくみている人も多数存在するのである。

 

 このように、ある種の政治戦略としてさまざまな問題を政治化しデモを試みる野党と、それへの対処を試みる与党という対立関係がかねてから存在していたところ、ウクライナ侵攻をきっかけとしてその両極化が極端に深まった、という流れがジョージアにはある。ひいては、それはヨーロッパとロシアの対立が深まったこととも呼応しているのだろう。

 いずれにせよ、国際社会の問題はジョージアの内政とリンクしており、それが与野党それぞれの支持層である保守とリベラルの対立にまで関連している。ちなみに、ジョージアにおける保守とリベラルについては、また深い話があるのだが、それはいつか別稿で。

写真提供=五月女颯

 


★1 Russia Offered to End War in 2022 If Ukraine Scrapped NATO Ambitions – Zelensky Party Chief, Kyiv Post, November 26, 2023. 
URL= https://www.kyivpost.com/post/24645
★2 ირაკლი კობახიძე - ელჩის გაწვევაზე ალოგიკური გადაწყვეტილების მიუხედავად, ჩვენი მხარდაჭერა უკრაინის მიმართ რჩება ურყევი, პირველი არხი, 04. 03. 2022. 
URL= https://1tv.ge/news/irakli-kobakhidze-elchis-gawvevaze-alogikuri-gadawyvetilebis-miukhedavad-chveni-mkhardachera-ukrainis-mimart-rcheba-uryevi-omis-mdgomareobashi-sayveduris-gamotqma-sheidzleba-zedmeti-iyos/

五月女颯

1991年生まれ。博士(文学)東京大学。専門:ジョージア近代文学、批評理論(特にエコクリティシズム)。日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、現在、東京大学大学院 人文社会系研究科 現代文芸論講座 助教。著書に『ジョージア近代文学のポストコロニアル・環境批評』(成文社、2023年)。
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