予備校とはどのような場所か──入不二基義×大島保彦×霜栄(司会=斎藤哲也)「予備校文化(人文系)を「哲学」する」イベントレポート

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webゲンロン 2024年5月23日配信
 知る人ぞ知る伝説の1冊、『大学デビューのための哲学』(1992年)★1の刊行から32年後の2024年5月3日、共著者の入不二基義、大島保彦、霜栄による鼎談が実現した。3人は80年代後半から90年代初頭まで同じ予備校で教鞭をとった、当時の超人気講師陣である。その後、入不二は大学に勤め哲学の著作を多く発表するいっぽう、大島・霜は現在も人気予備校講師であり続けている。司会は、駿台生時代に入不二と霜の講義を受けていたという人文ライターの斎藤哲也が務めた。
 かつての予備校が持っていた役割から現在の入試問題まで、予備校をめぐるさまざまな論点について議論されるだけでなく、現役講師によるレクチャーも行われ、ゲンロンカフェが予備校的雰囲気をまとった一夜となった。その一部をレポートしたい。
 
入不二基義×大島保彦×霜栄(司会=斎藤哲也)「予備校文化(人文系)を「哲学」する」 
URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20240503

 イベントは予備校の時間感覚さながらに、50分ほどのトークと10分の休憩、というタイムスケジュールで進行し、なんと「5限目」まで行われた。

 「1限目」となるイベント冒頭部分では、3人の自己紹介とともに、『大学デビューのための哲学』の内容や刊行時の裏話などが披露された。神保町の書店「書泉グランデ」で行われた同書のサイン会には行列ができたが、その列の長さは当時の書店員いわく山口百恵のサイン会以来(!)だったという。当時の彼らの人気ぶりと予備校文化の勢いを象徴するかのようなエピソードだ。

 他方で、入不二が語った予備校講師を辞したのちの就職をめぐる秘話は、大学や社会から予備校に向けられる視線の変化を表すものだった。入不二いわく、90年代前半にはじめて彼が大学教員として着任した当時のアカデミズムの中では、予備校で人気講師だった経歴は、冷ややかな眼差しで迎えられるものだった。しかし約10年後、現在勤める大学に移ったときには、教歴のひとつとして評価されたというのだ。

 「2限目」でも、予備校文化とその変化が話題となった。冒頭で斎藤が、「そもそも予備校文化とはどういうもの(であった)か?」という直球の問いを投げかけたのがきっかけである。

予備校文化とはなにか

 斎藤の問いかけへの答えは三者三様であった。まず霜によれば、現在の予備校講師は、高校などの教育機関にセミナーで呼ばれたり、それらと連携したりすることも多い。しかし、一昔前の彼らは教育者や大学人から遠ざけられる存在だった。ただ、そのように社会から一定の距離を置かれていたからこそ、予備校ならではの独特の文化が熱く醸成されていったのではないかとも霜は指摘する。

 大島もこれに同意し、かつての予備校はある種の「あやしさ」をまとう場所だったと述べる。いまでは予備校というと、「受験に最短で受かるコツを教える場」というイメージが持たれがちだ。しかし、大島は実際の予備校講師としてむしろ、楽しく勉強する中で結果として受験にも合格する、という流れを理想としていたという。

 長年予備校講師を務めてきた2人の経験談に対して、入不二は貴重な資料を提示しながら話を展開した。それによれば、予備校文化について重要なのは次の2点である。

 まず、「予備校文化」という言葉を最初期に使った書籍に、70年代ごろから人気講師として活躍していた牧野剛の『予備校にあう』や関連書の『ザ・予備校』がある★2。牧野をはじめ、この年代以降に全共闘世代が講師として多く入ってきたことが、高校でも大学でもない「予備校」独自の立ち位置を明確にしたと入不二は言う。

 つぎに、いち早く研究所を立ち上げた河合塾の取り組みも重要であった。予備校で教えつつアカデミズムともつながりがある講師が寄稿していた雑誌『駿台フォーラム』とは異なり、河合塾は外部から気鋭の研究者を書き手として呼び、独自の刊行物である『河合ブックレット』を作成していた。これもまた、全共闘世代が目指した大学解体を形を変えて実現しようとした成果だと考えられる。入不二によれば、この河合文化教育研究所が2023年に閉所したことが、予備校文化の終焉を象徴する事件である。

 

 しかし、入不二はそんな分析にくわえて、「予備校に見いだせる特徴を取り出せば、「予備校的なもの」はこれからも引き継がれていくのではないか」とも言う。入不二いわく、「予備校的なもの」とは、学問の本流とそこから逸脱するものが関係し合うことを指す。例として挙げられたのは、司会の斎藤の編著『哲学史入門』だ★3。同書は王道の専門家たちによる本格的な哲学講義でありつつも、納富信留氏のプラトン理解に代表されるように、定説とは異なる内容も収録されており、まさに本流とそこからの逸脱の両極をふくむものである。

 霜はこれに対して、「予備校的なもの」が外部に浸透するのと同時に、予備校内部ではその濃度が薄まっていると指摘した。そして、それは日本社会全体が結果や利益ばかりを求めるようになった現状と関係しているのではないかという。ただし、霜はあくまでこの変化を悲観的に受け止めているわけではなく、かつての予備校文化が外部に広まること自体は素直に嬉しいとも述べた。

 このやりとりに、斎藤はゲンロンカフェもまた予備校的な場ではないかと応じる。たしかにゲンロンも単位が取得できるアカデミックな場ではないが、さまざまな専門家が登壇し本格的な議論を行うと同時に、リラックスした話が聞けるという意味では「本流」と「逸脱」が往還する場である。それを体現するかのように、イベントの「3限目」では登壇者の3人がそれぞれ、自身の専門である現代文や英語、哲学に関係する講義を行う「ミニレクチャー」が行われた。斎藤の言葉を借りれば、ゲンロンカフェがまさに予備校となった時間であった。現役予備校講師・大学教員たちの本領が発揮されたレクチャーは、ぜひアーカイブ動画で「受講」してほしい。

 

 つづく「4限目」では、近年急激に変化しつづけている入試問題について必見のトークが行われた。そしてイベントの「5限目」、質疑応答の時間の最後に、入不二が現在の日本の予備校や教育を考える上である重要な指摘を行い、現地の雰囲気が一気に変わったことも付け加えておきたい。

 このほかにも、イベントでは哲学者である入不二の驚きの幼少期時代や現役予備校講師の本音など、多くの話題が上がった。予備校経験のある人はもちろん、そうでない人も、アーカイブ動画にてぜひ予備校・社会・哲学が交差する豊かな議論を味わっていただきたい。(栁田詩織)

入不二基義×大島保彦×霜栄(司会=斎藤哲也)「予備校文化(人文系)を「哲学」する」
URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20240503


★1 入不二基義、大島保彦、霜栄『大学デビューのための哲学』、はるか書房、1992年。
★2 牧野剛『モラトリアム 予備校にあう 青春の教育』、風媒社、1986年。第三書館編集部編『ザ・予備校 オモシロくなったヨビコーを解剖する』、第三書館、1986年。
★3 『哲学史入門』は全3巻シリーズとして刊行が予定され、すでに以下の2冊が上梓されている。『哲学史入門Ⅰ 古代ギリシアからルネサンスまで』、NHK出版新書、2024年。『哲学史入門Ⅱ デカルトからカント、ヘーゲルまで』、NHK出版新書、2024年。
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