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    「訂正する力」から考える平和──東浩紀×辻田真佐憲「2023年を『訂正する力』で斬る!」イベントレポート

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    webゲンロン 2023年10月27日配信
     10月18日、東浩紀の新刊『訂正する力』(朝日新書)の刊行を記念して、聞き手・構成を担当した近現代史研究者・辻田真佐憲と東によるトークイベントが開催された。同書で東は「訂正」をキーワードに、現代日本のさまざまな問題を考察している。イベントでもその実践を引き継ぎ、2023年の時事年表を振り返りながら、哲学からエンタメまで幅広いトークが展開された。その一部をレポートする。   東浩紀×辻田真佐憲「2023年を『訂正する力』で斬る!──『訂正する力』刊行記念」 URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20231018
     『訂正する力』は語り下ろしの新書で非常に読みやすく、今年9月にゲンロンから刊行された『訂正可能性の哲学』の「普及版」と呼べる一冊となっている。
      『訂正可能性の哲学』は、これまでの東の『存在論的、郵便的』や『一般意志2.0』などの問題系を踏まえて一貫した思想を示した、まさに集大成の著作だ。しかしそれは同時に、哲学や批評の文脈を理解している読者を想定しているということでもある。イベント冒頭に東は、あえてその完成形を「壊し」、より分かりやすく世の中に届くものとして『訂正する力』を作ったと述べた。
      同書の聞き手・構成を担った辻田は、『訂正する力』はいい意味で隙がある本だと評した。辻田によれば、『訂正可能性の哲学』も非常に読みやすいが、論理的に組み立てられた哲学者の職人芸のような本だ。一方で『訂正する力』はそれを踏まえつつも、時事や社会問題についても多く触れているため、読者は自分の関心に引きつけて読むことができるという。両書は同じ思想に基づいてはいるが、まったく違った読書体験を与えるものなのだ。
     以上のように『訂正する力』は、一読して理解しやすい一般書だ。そのため刊行記念である本イベントは、本の内容を繰り返し解説し紹介するというよりも、むしろ「訂正する力」の観点から2023年の時事問題を振り返っていくというものとなった。
     しかし年表に進む前に、辻田が大きな哲学的問いを投げかけた。それは「平和」の問題である。
     

    「訂正する力」で平和をつくる

     ロシアによるウクライナ侵攻、安倍元首相銃撃事件が起きた2022年と比べると、2023年は世界や日本を揺るがす大きな出来事は(ジャニーズの性加害問題などいくつかは挙げられるだろうが)比較的なかったように思われた。

     しかし10月7日、パレスチナのガザ地区を実質支配するイスラム組織・ハマスがイスラエルに侵攻したことをきっかけに、イスラエルとハマスによる大規模な衝突が起こった。辻田はこれを受けて、「訂正する力はいままさに起きている戦いにどうアプローチできるのか」と問うたのだ。

     東は、この衝突はロシア・ウクライナ戦争ほど単純には捉えられないと答えた。細かな歴史的文脈はあるものの、ロシアの侵攻は許容されるものではなく、ウクライナが侵略された「被害者」であることは明白だ。たほうで今回侵攻を受けたイスラエルには、パレスチナとの長く複雑な歴史的・政治的関係だけでなく、ハマスに対する圧倒的な軍事力がある。その中で直接的なアプローチを行うのは難しい。

     しかし「訂正する力」は、平和をつくる力でもある。そこで東はもう一つ「忘却」というキーワードを挙げた。  いまは「記憶」の政治の時代だ。当事者や国家は過去の暴力や戦争による被害を記憶し、加害者に責任を問いつづけている。たしかに被害を記憶し、被害者の名誉を回復することは重要だ。東も、アメリカや韓国の博物館が被害者を丹念に調査し紹介していることを評価している。

     しかしその被害をもとに、互いに相手を責めつづければ和解は実現しない。東によれば被害の「記憶」ではなく「忘却」、つまり過去の記憶を「訂正」することが平和につながるのだ。じっさい『訂正する力』には、古代ギリシアのペロポンネソス戦争で、内乱の記憶を「忘れる」ことでかつての敵と和解し平和を実現した史実があげられている(198頁)。 

     辻田が懸念するとおり、その「忘却」を加害者側が求めることは問題だろう。東もその危険性に理解を示したが、重要なのは人間には政治以外の生活や文化があることだという。カール・シュミットが政治の本質を「友と敵の区別」に見さだめたことを裏返せば、友と敵を分けないことが平和な状態であり、それは政治の「欠如」であり「忘却」を意味すると、東はイベント中に繰り返し強調した。

     

     この平和論には東の「実存」も関わっている。1971年に団塊ジュニア世代として生まれ育った東は、自身を「平和ボケ」の世代だと称した。若干自虐めいた表現だが、しかしこの世代ならではの経験が東の議論を強化し、説得力を与えていると筆者は考える。

     『訂正する力』によれば、哲学には「時事」「理論」「実存」の三つの要素が不可欠だ(140頁)。詳しくは同書を参照していただきたいが、「実存」を欠いた理論や時事評論は支持を集めづらいという。自分の人生や生活に関係がないと思われてしまえば、いくら正しく説得的な言葉でも人びとに届かない。「ポリコレ」的言説に反発するひとも多い現状を思うと尚更だ。理論を鍛え上げ時事問題に応答するだけでなく、みずからの人生や実感という「実存」を踏まえて論ずる東の姿勢に、哲学に関心がある者として学ぶべきところがあった。

     辻田もまた自身の「実存」に関わる観点から、東の平和論が参考になったと答えた。周知のとおり戦前の日本や軍事に深い関心を持つ辻田によれば、戦前にはわかりやすい(しかしいまでは問題であるような)「国体」があった一方、いまの日本には明確な自画像がない。そこで安易な「日本復活」にも「日本全否定」にも陥らずに、戦後日本の肯定的な姿を描きうるものとして「訂正による平和」があるのではないかという。この辻田の実感もまた、国民国家の枠組みで生きるしかない現状において、国のよりよいあり方を考えるために重要な姿勢であろう。

     

     東による平和論は、本日27日発売の『ゲンロン15』とともに、今後書籍にまとめられるという「悪の愚かさについて」において本格的に展開されるそうだ。その意味では、本イベントは今後の東の仕事の予告編でもあったと筆者は受け止めた。楽しみに待ちたいと思う。
     さて、本イベントではこのような哲学的議論だけでなく、2023年に起きたさまざまな出来事を、二人が時には真面目に論じ、時には冗談めかして突っ込む仕方で進められた。明治神宮外苑の再開発問題や野党の今後、昨今のAIとエビデンスの問題から「頂き女子りりちゃん」、お好み焼きの起源まで、多様なテーマを縦横無尽にトークする二人の姿は、まさに事前のイベント概要にあるとおり「無限の時事雑談パワー」を体現していた。その詳細はぜひ(7時間半の!)アーカイブで、『訂正する力』を片手に楽しんでほしい。(栁田詩織)
     
    東浩紀×辻田真佐憲「2023年を『訂正する力』で斬る!──『訂正する力』刊行記念」 URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20231018
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