AIは音楽家の仕事を奪うのか──菊地成孔×tofubeats×荘子it(司会=imdkm)「2020年代に音楽はいかに応答するか」イベントレポート

シェア
webゲンロン 2023年10月24日配信
 昨年2022年から、画像を自動生成するAIや人間のように会話をしてくれる Chat GPT が一般ユーザーにも気軽に使えるサービスとしてあらわれ、大きな衝撃をもって迎えられた。生成AIは、いま音楽産業の分野でも大きな話題になっている。AIはいまやハイクオリティなメロディや人間のような歌唱を生成するだけでなく、ラップですらお手のものだ。では、現場のミュージシャンたちは、そんな音楽生成AIの進展をどのように見ているのだろうか。 
 9月21日、ゲンロンカフェにて、これまであたらしいテクノロジーを積極的に採用して活動の幅をひろげてきた3人のミュージシャン、菊地成孔、tofubeats、荘子itと、聞き手の音楽ライター imdkm(いみじくも)を迎えたトークイベントが開催された。そこで展開されたAIと音楽にまつわる最先端の議論の一部を、以下で紹介しよう。 
  
菊地成孔×tofubeats×荘子it(司会=imdkm)「2020年代に音楽はいかに応答するか」 
URL=https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20230921
 イベントでは、司会の imdkm が登壇者の3名に「アーティストは、AIにどう向き合い、いかに使えばいいのでしょうか」と、直球の質問をぶつけた。「AIが人間の仕事を奪う」という悲観的な言説もささやかれる昨今だが、菊地、tofubeats、荘子itの見方は、それぞれ力点に違いこそあれいずれも楽観的なものだった。 

 ヒップホップクルー・Dos Monos の荘子itは、かつて1980年代に発売され、開発意図とは別のかたちで音楽業界を席巻したローランドのTR-808のようなリズムマシンをひきあいに、音楽生成AIを「あくまで人間が使う技術のひとつ」ととらえる。AIを使用することで、これまでに聴いたことのないような音が偶然生まれることに期待しているというのだ。そんな荘子itは、エンジニアと協同で開発しているというAIオーディオ・プラグインによるデモ音源も披露した。その音がどんなものだったかは、ぜひイベント動画を視聴して確認していただきたい。 

 また、荘子it はその一方で、AIのサウンドがポピュラー・ミュージックに定着すれば、人の演奏への需要も高まるはずだとの姿勢も示した。Dos Monos は、来年3月から第2期を開始して「ロックバンドになる」とも宣言している。生演奏とAIのはざまで、彼らがこれからどんなサウンドを聞かせてくれるかにも期待が尽きない。 

 

 

 DJ、トラックメイカーの tofubeats は、AIの進化に対して人間もスキルで対抗する、いわゆる「バトル」に興味があるという。サックスのソロで、DJの選曲で、ラップの巧みさで、人間とAIはどちらが上に立てるのか。AIと人間が技術を競いあうことは、これからの時代の新しいエンタメとなる可能性を秘めているのではないかと語った。 

 
 

 ジャズミュージシャン、ラッパーの菊地成孔は、AIによる作曲について「100%肯定」とのこと。菊地の言い分は、「人間がテクノロジーに抵抗しようとしても仕方がない」「AIが音楽家の仕事をすべて奪うことはない。電子楽器のドラムマシンがうまれたときだって、ドラマーの仕事はなくならなかった」というものだ。 

 菊地は、自身が開講している音楽学校の腕利きの生徒たちとともに「新音楽制作工房」というギルドを結成している。最近では工房のメンバーとともに生成AIを利用した作曲で、映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』に劇伴音楽を提供した。菊地はイベントで、フランスのIRCAM(イルカム)という研究機関で開発されたプログラミングソフト「OMax」に、ある弦楽合奏を学習させて生成した音源を披露。こちらも実際に動画をみて、そのクオリティに驚いてほしい。 

 

 

 「OMax」でつくられた曲は歌のないインストだったが、イベント後半、菊地はAIによる「声」の生成を紹介。音楽生成AIの開発は日進月歩で、いまもっとも注目を集めているツールのひとつが「Synthesizer V」である。冒頭で述べた、ラップを生成するAIを搭載したソフトウェアがこれだ。 

 菊地が会場で流した曲は、AIだと言われなければ人間が歌っているとしか思えないほど自然なもので、メロディはもちろん、歌声の息遣いやラップのフローも人の声そのものだ。このツールが従来のボーカロイドと異なるのは、人間が少し調節すれば、あとは勝手にディープラーニングによって人間の歌唱に近づけてくれるところだという。このレベルの楽曲を聞かされると、もはや人間が歌わなくてもいいのではないかとすら思ってしまう。 

 ここで tofubeats が興味深いエピソードを紹介した。あるとき Spotify で新しい曲を探すため、サジェストされる音源に耳を傾けていると、求めていたような楽曲が流れた。心を動かされた tofubeats は作曲者が気になり調べるも、それがAIによって生成された音楽だと知り大変なショックをおぼえたというのだ★1。 

 tofubeats が感動し、急転直下、空虚な気分にさせられた楽曲「jupiter is dead」は、自身もオートチューンで声を加工し、歌声から人間性を排して作曲する tofubeats が好むテイストだった。しかし、非人間的な曲が本当に人間によってつくられていないことがわかるとこれだけ不安にさせられるものかと、tofubeats はAIの曲にふれてはじめて体感したそうだ。なお、作者の不在については、今後は著作権の問題にも関係してくるだろう。 

 AIが音楽家の仕事を奪うことはないかもしれない。また、新しいサウンドをつくる手助けにもなるだろう。だが、人間とAIの演奏・歌唱はどちらが上か、AIサウンドの権利はどこにあるのか、といった議論はこれからまちがいなく盛んになっていくはずだ。そして、音楽そのものもそういった議論とともにますます発展していくに違いない。菊地、tofubeats、荘子itとともに、音楽の未来を楽しみにしよう。(宮田翔平) 

 

 

 


★1 その時の模様は、tofubeatsによる以下のふたつのツイートからうかがい知ることができる。 URL=https://twitter.com/tofubeats/status/1670971474075856903, https://twitter.com/tofubeats/status/1670973193006497792
菊地成孔×tofubeats×荘子it(司会=imdkm)「2020年代に音楽はいかに応答するか」 
URL=https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20230921

 

    コメントを残すにはログインしてください。