AIは「本物の愛」を語れるか──成田悠輔×東浩紀「民主主義に人間は必要なのか」イベントレポート

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webゲンロン 2022年12月6日配信
 成田悠輔は著書『22世紀の民主主義』(2022年)で、情報技術を駆使して無意識的な民意を政策に反映する、民主主義の構想を提示した。東浩紀は『ゲンロン13』収録の論考「訂正可能性の哲学2、あるいは新しい一般意志について」(2022年)で、そのような政治のヴィジョンを「シンギュラリティ民主主義」と名指し、政治から人間を締め出す思想として批判的に取り上げている。一方、東はかつて『一般意志2.0』(2011年)で、成田の構想に近い民主主義のモデルを示してもいる。 
 ふたりの描く民主主義は、どこで切り結び、どのようにあい異なるのか。イベントは6時間を超え、多岐にわたる話題が飛び出した。以下、イベントのメインテーマである「民主主義に人間は必要なのか」という論点を中心に、その模様をレポートする。(ゲンロン編集部)

 

「言論という営みが日本社会でこんなにヘボくなってしまったのはなぜなのでしょう?」 

 今回のイベントが初対面だという成田と東。イベント冒頭、成田から切り出された上の問いかけに緊張がただよった。東は1993年のデビュー以来、約30年にわたり思想的実践を貫き通してきた、いわば生粋の言論人だ。その東に、『22世紀の民主主義』で22万部以上の売り上げを叩き出した成田が、言論人の影響力のなさを問う。『22世紀の民主主義』の帯には「言っちゃいけないことはたいてい正しい」と記されているが、まさにタブーを恐れないスゴみを冒頭から見せた。 

 


 


 
 

 だがこの問題意識は、東の口から幾度も語られてきたものである。東はすかさず成田の疑問に応じた。いわく、言論が衰退する具体的な要因として出版不況や大学院改革、さらにはブログ・SNS論壇の興隆などを挙げることはできる。しかし、「根本的な問題はわからない」。人文的な知の範囲でやれることをやるしかない。東は自身の半生を振り返る際、「ぼくは余計なことばかりする人間だった」とたびたび表現してきた。哲学を語り、小説を書き、会社を創設する。人文知的な余剰を人々に、社会文化にもたらしてきた言論人が東浩紀でもある。 

「言っちゃいけないこと」を言う成田と、「余計なことばかりする」東。イベントの前半は、低迷する言論状況に関するふたりの応答が続いた。 

 多くの人が信じる価値基準が衰退する社会状況で、言論人は人々や社会を動かす影響力を持てず、メディアは人々を社会のなかに位置づける視点を提供できなくなっている──この現状認識を成田と東が共有していることが、イベント前半のやり取りから明らかになった。では、ふたりの考えはどこが異なるのか。 

 相違点が浮き彫りになったのは、2022年のAIアートのブームの話題だった。成田の現状認識は以下のようなものだ。AIアートは画像コンテンツ生成の技術革新といえる。けれども芸術には、あるいはグルメやファッションなどの文化には、それを価値づける批評家の存在も欠かせない。にもかかわらず、AIは批評的な価値づけの自動化を未だに実現できておらず、長期的に見れば技術革新として不完全なものにとどまっている。 

 成田のこの見解は、逆に言えば、いずれ批評する側もAIに置き換えられるという発想である。東はこれを、価値判断を下す主体を人間ではなく情報技術に代替できると考える点で、『22世紀の民主主義』で展開された「民主主義に人間は必要ない」と同じタイプの議論だと整理する。 

 


 


 
 

 それはさらに言えば、情報機械技術によって人間的な関係や価値判断をもサービスに置き換えられる、という考え方である。東は、この問題について考えるにあたっては、人間そのものの性質を織り込む必要があると訴える。それは「人格」とはなにかを考えることである。AIの人間らしさの判定方法として有名なチューリングテストには、人間らしさとは人間と同じように振る舞うことだという想定がある。しかし東は、結婚詐欺を例にこの問題を掘り下げる。いくら恋人としての振る舞いが完璧でも、相手から「あれは付き合っているフリだった」と言われれば、本物の愛があったとは思えなくなってしまう。人間は単に相手のふるまいを見るだけでなく、その基底にある愛や信頼といった関係性を考えてしまう。この人間の性質は、政治はアルゴリズムに置き換えられるのかという問題とも密接に関連する。政治にしても教育にしても、人の考えを変えることが重要な営みである。そして人間が考えを変えるのは、人格を相手にしていると信じるからである。したがって、こうした営みはアルゴリズムで代替できない。これが東の考えだ。 

 東の考えに対し、成田は半分は同意するものの、半分は反対だと応じる。ブランドをはじめ、人間を媒介せずとも価値を持つ記号が存在するからだ。あるいは貨幣のように、フィクショナルに価値がつくられる記号もある。成田のこの応答から、貨幣が成り立つ条件とはなにか、なぜ人間は国家というフィクションを捨てられないのか、そしてなぜ人間は歴史上に自分のルーツを探ってしまうのかを巡り、興味深い議論が展開されていく。そこには成田と東の思想的な違いが現れているのだが、残念ながら本記事では詳しく触れられない。動画をぜひご覧いただきたい。 

 とはいえ、イベントを通して浮き彫りだったのは、成田と東の議論の相違以上に、認識の一致であった。例えば、遅々として進まない電子投票をはじめとした政治への情報技術の実装、身体や価値観といった人間が急激な変化に耐えられないものを無理やり置き換えてはいけないという認識、さらには終盤の質問タイムに挙がった新海誠監督とその映画『すずめの戸締り』に対する解釈などなど。お互いの主張と根拠を小気味よく交わす対話に、知的な刺激を受けることは間違いないだろう。 

 成田の『22世紀の民主主義』には、同書の議論に対しさまざまなツッコミが入り、この本がなくなるように現実が動けば本望だと記されている。「言っちゃいけないこと」や「余計なこと」は、人々に考える機会を与えてくれる。ゲンロンカフェの歴史でもかつてない注目を浴びたこのイベントは、そんな「ツッコミ」の契機になるはずだ。成田の書籍、そして『ゲンロン13』とあわせて楽しんでほしい。(青山俊之) 

 


 


 
 

 シラスでは、2023年5月28日までアーカイブ動画を公開中(※)。ニコニコ生放送では、再放送の機会をお待ちください。

 ※好評につき、視聴期限を2024年5月28日まで延長しました。(2023.11.27更新)
 ※好評につき、視聴期限を2023年11月28日まで延長しました。(2023.5.23更新) 

 


成田悠輔×東浩紀「民主主義に人間は必要なのか──『22世紀の民主主義』vs『一般意志2.0』」【『ゲンロン13』刊行記念】 
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20221128/

 

シリーズ史上もっともアクチュアルなラインナップ。2022年2月のウクライナ侵攻に応じて、「ポストソ連思想史関連年表2」を収録。

『ゲンロン13』
梶谷懐/山本龍彦/大山顕/鴻池朋子/柿沼陽平/星泉/辻田真佐憲/三浦瑠麗/乗松亨平/平松潤奈/松下隆志/アレクサンドラ・アルヒポワ/鴻野わか菜/本田晃子/やなぎみわ/菅浩江/イ・アレックス・テックァン/大脇幸志郎/溝井裕一/大森望/田場狩/河野咲子/山森みか/松山洋平/東浩紀/上田洋子/伊勢康平
東浩紀 編

¥3,080(税込)|A5|500頁|2022/10/31刊行

 

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