『噂の眞相』と反体制的サブカルチャー論壇の時代|さやわか

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初出:2016年04月1日刊行『ゲンロン2』
 本特集の共同討議では90年代の思潮について議論されているわけだが、この時代、日本の言論空間は加速度的に拡散の動きを見せていた。それは討議の参加者自身も意識していることであろうし、また当時の問題意識としてもしばしば共有されたところである。そこで共同討議の補遺的なテキストとして、ここではとりわけメインストリームたる思潮に対するものとして成り立った、反権力志向の雑誌ジャーナリズムならびにサブカルチャーを主軸とする批評の動向について簡単に概観しておきたい。なぜそれらについてまとめる必要があるのか。おそらく『ゲンロン4』で討議されるであろうゼロ年代以降の言論状況を考える上では、前段として準備されていたサブカルチャー批評などの動きを見過ごすことはできないからだ。ここで触れた他にも多数の論客が活躍したことは言うまでもないが、以上のような意図から、まずは本誌共同討議との関連を意識すべきものについて扱うことにする。

『噂の眞相』の立ち位置


『噂の眞相』1995年12月号に「オウムで鮮明になった若手文化人対立関係の“俯瞰図”」という特集があり、奇妙な人物相関図が掲載されている。図の中央で最も大きく扱われているのは宅八郎と小林よしのりの対立だが、その周囲には中森明夫や鶴見済、松沢呉一、宮台真司、大塚英志、切通理作などの名前が、同誌ならではの揶揄的な“二つ名”を付加して散りばめられている。また図の隅には浅田彰、柄谷行人、中沢新一、蓮實重彥など80年代以前から活躍を続けていた批評家たちの名前も収められ、挙げ句の果てにはロックバンド、フリッパーズ・ギターを解散後に対立していた元メンバーの小山田圭吾と小沢健二の名前まである。

 もちろんこういう人物相関図などというものは、読者が眺めて一時面白がれればいいものなので、全てに信憑性があるとか、逆に噴飯物だとかいうわけではない。まして「反権力」「タブーなき雑誌」を標榜しつつ下世話なゴシップも愛した『噂の眞相』が掲載するものなのだから、笑っておけばいいのである。ただ図には、その「若手文化人」たちが活動するメディアについても示されており、それによると「オトナになれ」派に『SAPIO』と『宝島30』があり、中央に位置する『創』を挟んで反対側には「コドモで何が悪い」派として『SPA!』と「太田出版」、そしてどちらかというと中央寄りになりつつ『噂の眞相』が置かれている。つまり『噂の眞相』は自らを「若手文化人」たちの織りなす論壇の中にあるものとしていた。たしかに当時、宅八郎が小林よしのり等に対する批判を行う中、同誌は宅に同調する形で批判的な記事を掲載した。だから自らをこのように位置づけてもおかしくはないだろう。しかし、そもそも『噂の眞相』が「タブーなき雑誌」をスローガンとしながら、ことさらゴシップ的なものとして、あるいは政治的な、はたまたプロレス的なものとして「論壇」を語ってみせる態度には、興味深いものがある。

 宅八郎は長髪に眼鏡、森高千里のフィギュアと紙袋を持つという姿で「オタク評論家」を名乗って注目されるようになった。これは1989年に埼玉連続幼女誘拐殺人事件が起きて以降、オタクが強いバッシングに晒されるようになってから、人々から不快なもの、不気味なものとされたステロタイプなオタク像をあえて忠実になぞったコスプレを行ったものである。つまり彼は「オタク評論家」としてアニメや漫画、アイドルなどのカルチャーにこだわった書き手だから自然とこうした格好で現れたわけではなく、服装も含めて自己演出した一種の悪役(ヒール)として世に出ることを選んだということになる。

 だから彼の服装はオタクそのものよりも、田中康夫の家へ押しかけたり、小峯隆生の隣家に引っ越してその生活ぶりを誌上で公開するなどの、論敵に対する手段を問わない攻撃性と一致するところがある。そしてその態度は、彼の活躍した90年代という時代にも相応しいものだったし、むろん彼が懇意にした『噂の眞相』の方針にも重なるものだった。

 実は、宅と『噂の眞相』編集長の岡留安則は、ともに法政大学の社会学部で中野収に師事している。中野は『コピー体験の文化』(75年)で「カプセル人間」などの概念を用いて若者文化を論じたことでよく知られており、これは今日に至るまでのメディア論やサブカルチャー批評、そして若者文化論のルーツのひとつに数えられる。

さやわか

1974年生まれ。ライター、物語評論家、マンガ原作者。〈ゲンロン ひらめき☆マンガ教室〉主任講師。著書に『僕たちのゲーム史』、『文学の読み方』(いずれも星海社新書)、『キャラの思考法』、『世界を物語として生きるために』(いずれも青土社)、『名探偵コナンと平成』(コア新書)、『ゲーム雑誌ガイドブック』(三才ブックス)など。編著に『マンガ家になる!』(ゲンロン、西島大介との共編)、マンガ原作に『キューティーミューティー』、『永守くんが一途すぎて困る。』(いずれもLINEコミックス、作画・ふみふみこ)がある。
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