闇バイトは詐欺を働き、教師は盗撮データを共有する──2025年の犯罪ニュース共通項 前略、塀の上より(26)|高橋ユキ

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webゲンロン 2025年12月26日配信

 

 普段、いろんな裁判や事件を取材して記事を書く生活をしている。そのため、2025年末に公開予定の本連載では担当さんから「今年特有のニュースについてお書きいただくのが良いかなと思いますが、いかがでしょうか」との相談を受けた。こういう依頼はよくある。

 そんなわけで毎年恒例のような気分で安易に了承し、今パソコンの前に向かっているのだが、正直に言おう。普段、いろんな裁判や事件を取材しているということは、世の中で日々起こり続ける事件を俯瞰している――わけではなく、特定の事件への解像度のみをピンポイントに高めている状態にすぎない。いわば大きな絵画の1センチメートル四方に目を向け、またその次は別の1センチメートル四方に目を向ける……という行為の繰り返しである。これこそが「木を見て森を見ず」状態ではなかろうかと思いもする。

 困った私は、メモアプリを開いた。ここには普段から気になる事件記事を片っ端からクリップしているログが膨大にある。2025年分をざっと眺めてみれば「今年特有のニュース」が見えてくるかもしれない……そんな望みをかけ、一旦原稿から離れ、メモアプリに保存したおびただしい数の――それこそ1000件ほどの――ログをチェックして、気になる事件をまた別のメモ帳にピックアップした。

 ところが当然のごとく、この結果も、どうしても自分が興味関心のあるニュースばかりになってしまった。そもそも普段からクリップしている記事自体「私が気になる」という自分尺度で選ばれたものなのだから、さらに選抜されたソリッドな2025年版「私のニュース一覧」が出来上がったにすぎない。これ自体は、自分の今後の取材に役立つものとなったので良しとしたいが、ともかく、こんな作業を2時間ほど続け、私は何をやっているのかと呆れながら再び原稿に向かったのが今である。

 ……と言いつつ、キーボードを叩く手を止め、またしばらく考えてみた。「私が気になる」ものを俯瞰して「私が思う『特有』」という視点で書くことが、一部の読者にとってはバリューとなるのではなかろうか。そんな思い上がった思考を吐露すること自体、恥ずかしいことこの上ないが、とりあえずソリッドな「私のニュース一覧」から見えたものを振り返りたい。芸能や政治のニュースは皆無、事件のみである。ちなみにAIには頼っていない。

 

 2025年全体を通してみると、まず一番に言えるのが、特殊詐欺の移り変わりである★1。今年2月頃、「儲かる仕事がある」と言ってミャンマーに渡航させる事案が発覚した。1月には中国人俳優がタイで拉致され、詐欺拠点に一時監禁されていたことも報じられていた。ほどなく、ミャンマーに詐欺拠点があるとの報道が流れる。この頃、外務省HPでも注意喚起がなされていた。

 

最近、日本人が、オンラインゲームやSNSで知り合った面識もない知人から、タイなど海外での仕事を紹介されて渡航し、最終的にはミャンマーの特殊詐欺の拠点に連れていかれて特殊詐欺に加担させられ、ノルマが達成できないと暴行を受ける事案が発生しました★2

 

 このあたりから、ミャンマーとタイの国境付近に大規模な詐欺拠点があることが知られてゆく。3月には、カンボジアなどを拠点とする特殊詐欺グループの幹部が逮捕されたことで、拠点がカンボジアにも存在することが報じられる★3

 2025年の終わりを迎えている我々にとって、今や「東南アジアに特殊詐欺拠点がある」という情報は何度もニュースで耳にした、いわば常識であろう。特殊詐欺では、まずターゲットに電話をかけて騙したうえで、直接キャッシュカードやクレジットカードなどを奪い、現金を引き出したのち、これを回収役に渡して、指示役のもとに運ぶ。それぞれ分業されているが、電話をかける「かけ子」は被害者との直接の接触が発生しないため、たしかに国内にいる必要はない。日本でかけ子がマンションの一室に集まり電話をかけている時代もあったが、捜査の手が及びにくい海外に移転するという考えは、言い方は悪いが理にかなっている。

 2022年から23年にかけて発生した「ルフィ」を名乗る指示役による一連の闇バイト強盗事件でも、フィリピンの収容施設にいた上位者4名が逮捕されたが、彼らの一部はもともと、マニラの廃ホテルを買い上げ特殊詐欺拠点を築き、かけ子が日本に電話をかけ続けていた。今年はこうした拠点がフィリピンだけでなく、複数の国に存在することを知った一年だった。すでに平成4年の警察白書において、ボーダーレス時代における犯罪の変容が指摘されていたが★4、30年あまりの時を経て、2025年には国境を超えた犯罪が当たり前となった。

 フィリピンといえば10月に、犯罪組織「JPドラゴン」から分裂して特殊詐欺を繰り返していた日本人男女複数名が拘束された。このなかで「アスカ」と呼ばれていた女・岩本三矢子容疑者(34)に関しては、その「かけ子」スキルの高さが複数の記事にて取り沙汰されている★5。シングルで子育てするかたわら、特殊詐欺を続けていたようだ。よくよく調べると「アスカ」に関しては2023年の時点でもすでに記事になっていた★6。「ルフィ」グループの指示役らが逮捕されたのち、彼らとも繋がりがあった「アスカ」が台頭し、新たな特殊詐欺グループを統率していたという。 しかし、これを「女性も組織的犯罪の上位者となる時代が来た」ことを象徴する出来事……であると考えるのは早計だ。女性はとかく逮捕時に報じられがちな傾向がある。それに、過去にも女性がトップの犯罪組織はあった。日本赤軍元最高幹部・重信房子、オウム真理教分派・ケロヨンクラブ北澤優子、尼崎連続監禁殺害事件・角田美代子……挙げればキリがない。

 

 さて次に目立ったのは「盗撮データをSNSで共有するグループの存在」だ。2023年には学習塾「四谷大塚」で講師が生徒を盗撮したうえで小児性愛者のSNSグループにデータを共有するという事件が起きたが、2025年には現役の教員らが逮捕され日本を震撼させた。

 逮捕当初の記事によれば「今年3月に別の事件で逮捕された名古屋市立小の教員の男の携帯電話を解析したところ、グループの存在が判明した」という★7。チャット創設者の公判も10月から開かれている★8。11月にはグループメンバーのうち7人目の教員も逮捕され、これによりメンバーは全員逮捕されたことになる★9。盗撮データは膨大なようで、メンバーらの再逮捕は続いている。現時点で、被害児童は65人以上にのぼる★10。再逮捕がたびたび報じられるために、事件の印象が強く残ったのかもしれない。

 7人のメンバーのうち1人は再逮捕時に「メンバーに貢献したかった」と供述している★11。同じ趣味嗜好の者だけが集まるクローズドなグループでは、ここだけでは本音を話せるという、この上ない安心感や喜びがあったことだろう。大切な仲間のために、自分も何かグループに新たな盗撮データを共有して、喜んでもらいたい。いつもあの人ばかりがデータを共有してくれているから不公平感がないように、自分もちょっとは共有しなければ……そんな気持ちもあっただろうか。

 彼らが使っていたSNSアプリについて言及のある記事は少ないが、こちらの記事によれば、どうも一般的なSNSで繋がりを得たのち、まず「テレグラム」でグループ開設、その後、より秘匿性の高い「エレメント」に移行したとある★12。教師グループも、闇バイトの実行役と同じような流れを経ていた。別事件の捜査の過程でグループの存在が明らかになったが、その別事件がなければ彼らは今も児童の盗撮データを共有しあっていたことだろう。そして、他にもこんなグループがいるだろうとも思う。

 教師だけではなく性的暴行の願望がある者達も繋がり、実際に事件を起こしている★13。この3人も、盗撮教師グループと同じようにSNSを介して知り合った。彼らも教師グループ同様、複数の事件に関わっている。「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」という古いフレーズは、集団で事件を起こす者の心情をよく捉えていると思う。バリ島での高校生による集団万引き同様★14、仲間と一緒なら自分も……そんな気持ちになるようだ。

 ここらへんで令和7年の警察白書を眺めてみる★15。最新の警察の活動について記されているということなので「私が気になる」事件ではなく、俯瞰した現在の犯罪の傾向も分かるだろう。ざっくり眺めると、キーワードは「SNS」「匿名・流動型犯罪グループ」(トクリュウ)であった。あながち外れてはいない。つまり警察もこれらのキーワードに関する捜査に注力していることが分かる。秘匿性の高いSNSを使っていても、事件はめくれてしまう。リアルな知人には誰ひとり共有できないインモラルな二面性は、SNSを介して繋がったどこかの他人にも共有せず、ひとりで抱えるほうがいい……などと、犯罪に手を染めようとする人に向けて呼びかけたくなる。

 

 などなど、今年の事件について情報収集するなかで、個人的に目についたのは、SNSで事件報道を引用しながら発信する人々の存在だった。罪を犯したとして逮捕あるいは有罪判決を受けたという相手には何を言ってもいいと思っているような見下した発信や、事件当事者と自分を重ね合わせたうえで、強い怒りを表明する発信。そして、意図的なのか迂闊なのかは分からないが、事実と異なる情報を盛り込んだ発信……「自分語りするためのネタ」として事件が使われている様を目にすることが増えた。

 Xではバズりが金に換わるようになった。アテンションエコノミー全盛期において、何か事件について投稿すれば手軽にアテンションを集められると考えられているようにも見える。事件そのものをただ知りたいというよりも、事件について何か自分の意見を表明したいというアカウントが目立つ。皆がコメンテーターに見えてくる。

 とにかく疲れるそんなSNS空間から、ニュース配信プラットフォーム、あるいは新聞社のニュースサイトに逃げたとしても、「他者の意見の表明」からは逃れられない。Yahoo!ニュースにはおびただしい数のコメントが書き込まれ、朝日新聞デジタルには識者のコメントがいくつも書き込まれる。そんなインターネット空間で、自分の知りたいニュースを探し出す作業はなかなか骨が折れる。そのうえYouTubeには、「オールドメディア」が発信している情報を、まるで自分で集めた情報であるがの如く得意げに解説する厚顔無恥な事件解説動画が溢れていてもう手に負えない。

 こういう構図については、いつかまた別の機会に書ければと思っているが、世の中の人々による「事件についての意見」より、何があったのかという「事実」を知りたいと思う自分にとって、今のインターネット空間はすさまじく不便になった。朝日新聞デジタルには契約しているが、他人のコメントまで目に入ることは望んではいない。来年は紙の新聞に回帰してしまいそうだ。

 

★1 関連するニュースは以下。 「「海外でもうかる」と誘い特殊詐欺などに加担強要 警察が10件保護」、毎日新聞、2025年2月20日。URL= https://mainichi.jp/articles/20250220/k00/00m/040/162000c 
「農村から違法ビジネス中心地に ミャンマー特殊詐欺拠点に絡まる思惑」、毎日新聞、2025年2月28日。URL= https://mainichi.jp/articles/20250228/k00/00m/030/334000c 
「中国人俳優、タイで拉致され詐欺拠点に一時監禁 同様の被害多数」、CNN.co.jp、2025年1月15日。URL= https://www.cnn.co.jp/world/35228296.html 
★2 外務省ウェブサイトより。URL= https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcspotinfo_2025C007.html 
★3 「家賃80万円の豪邸に住み、電子マネー1億円超を所持…!見立真一との関係も噂されるなか…詐欺容疑で拘束された元関東連合メンバーが東南アジアで送っていた「異様な豪遊生活」、現代ビジネス、2025年4月1日。URL= https://gendai.media/articles/-/150187
★4 『平成4年版 警察白書 特集――ボーダーレス時代における犯罪の変容』。URL= https://www.npa.go.jp/hakusyo/h04/h040100.html 
★5 「【独自】拘束直後の現場映像を入手…組織のキーマン『女JPドラゴン』の素顔「子育ての裏で特殊詐欺」」、FRIDAY DIGITAL、2025年10月17日。URL= https://news.yahoo.co.jp/articles/5e2e131dd241aec8e4581ad5e11cd8ea155bf251 
「「詐欺の天才」と呼ばれた女がフィリピンで逮捕…!100キロの巨漢シングルマザーが月に1億円を稼ぎ出した「驚異の話術」」、週刊現代、2025年12月1日。URL= https://gendai.media/articles/-/160603 
★6 「“ルフィ事件”で急浮上する「女性リーダー」の素性 日本・フィリピン間の犯罪コネクションのキーパーソンに」、デイリー新潮、2023年12月13日。URL= https://www.dailyshincho.jp/article/2023/12130600/?all=1&page=3
★7 「女子児童を盗撮し画像共有疑い、名古屋と横浜の小学教員2人逮捕 チャットに複数教員参加」、産経新聞、2025年6月24日。URL= https://www.sankei.com/article/20250624-2NXJVY7IPJI35F57V52WZ6YU4A/
★8 「教諭が盗撮の罪認める SNS共有グループ開設、名古屋地裁初公判」、日本経済新聞、2025年10月28日。URL= https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD284R40Y5A021C2000000/
★9 「盗撮共有、教員7人目逮捕=グループ全員摘発―愛知県警」、内外教育、2025年11月6日。URL= https://edu-naigai.jiji.com/timeline/2176 
★10 「ホテルの浴場で女児を盗撮か "盗撮教員"グループ事件 東京の教諭4回目の逮捕 ハードディスク内の動画から容疑浮上」、日テレNEWS、2025年12月9日。URL= https://news.ntv.co.jp/category/society/ct28f97e4221004a2e9ccfd64555570b96(編集部注:現在はリンク切れ)
★11 「【速報】岡山の教諭「メンバーに貢献したかった」」、47NEWS、2025年11月28日。URL= https://www.47news.jp/13518850.html
★12 「名古屋の小学教諭、起訴内容認める 盗撮共有グループ開設―地裁」、時事ドットコム、2025年10月28日。 URL= https://www.jiji.com/jc/article?k=2025102800120&g=soc
★13 「「性的暴行してみたい」ネットで知り合い離合集散 男3人の歪んだ欲望と卑劣手口」、産経新聞、2025年9月18日。URL= https://www.sankei.com/article/20250918-LXJPJDY43ZPJ3EDYRTAXLPC7EY/(編集部注:現在はリンク切れ)
★14 「バリ島で生徒が集団窃盗か 京都の私立高校 修学旅行中に…」、テレ朝NEWS、2025年12月9日。URL= https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000471766.html(編集部注:現在はリンク切れ)
★15 『令和7年版 警察白書 特集――SNSを取り巻く犯罪と警察の取組』。URL= https://www.npa.go.jp/hakusyo/r07/index.html
 

 

高橋ユキ

傍聴人。フリーライター。主に週刊誌系ウェブ媒体に記事を執筆している。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)に新章を加えた『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館文庫)が好評発売中。『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。
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