「第7回ゲンロンSF新人賞」ゲスト審査員選評

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webゲンロン 2024年6月13日配信

 2024年5月25日に〈ゲンロン 大森望 SF創作講座〉の最終講評会が行われ、「ゲンロンSF新人賞」が決定しました。

 「第7回ゲンロンSF新人賞」の選考会には29篇の提出があり、大森望講師によって6篇の最終候補が選出されました。その中から、ゲスト講師10名(新井素子、円城塔、柴田勝家、斜線堂有紀、法月綸太郎、藤井太洋、井手聡司、井上彼方、小浜徹也、溝口力丸)による投票と、菅浩江、伊藤靖、東浩紀、大森望の審査により新人賞を決定しました。

 本ページではゲスト審査員による選評を掲載いたします。審査にあたり、ゲスト作家の6名(新井、円城、柴田、斜線堂、法月、藤井)には「いち推しの作品」とその選評を、ゲスト編集者の4名(井手、井上、小浜、溝口)には各作品への選評をお願いしました。ゲンロンSF新人賞の概要と候補作、ならびに最終講評会の模様は下記のページからご覧いただけます。

 

第7回ゲンロンSF新人賞 結果発表
URL= https://school.genron.co.jp/works/sf/2023/subjects/10/

菅浩江×伊藤靖(河出書房新社)×東浩紀×大森望 第7回 ゲンロンSF新人賞選考会(最終講評会)
URL= https://www.youtube.com/live/ozYeeHYWt38

第7回ゲンロンSF新人賞最終候補作(著者名50音順)

池田隆「アンドロイドの居る少年時代」【大森望賞】

大庭繭「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」【第7回ゲンロンSF新人賞】

木江巽「真夜中あわてたレモネード

中野伶理「那由多の面」【第7回ゲンロンSF新人賞】

藤琉「聖武天皇素数秘史」【優秀賞】

鹿苑牡丹「SOMEONE RUNS


新井素子

いち推しの作品

藤琉「聖武天皇素数秘史」

選評

 力作揃いでした。いや、いつだってみなさん、全力で原稿を書いてくれているとは思うんですが、今回は“卒業制作”って気持ちになると思うので、本当にがんばっている感満載。ただ、ゲスト講師は一作しか選べないのがルールなので。(それに、新人賞っていうのは、最終的に一作品しか選ばれないものなので。)私が選ばなかった作品にも、優れた処、光っている処、沢山ありました。(と、余計なことを言いたくなるくらい、みなさんの“がんばっている感”は凄かった。あっちにもこっちにも、点をいれたくなりました。でも、いれられないんだよねー。)

 

 私は、「聖武天皇素数秘史」を選ばせていただきました。

 まず、「仏における真言と、算術における素数は同義」って聖武天皇が喝破するっていう設定がほんとに面白かった。

 “経文は沢山の言葉が連なってできているが、連なりを割ってゆけば、いつか割り切れない一言一句が現れる、それが真言”、“一と自身でしか割り切れない数の塊、それを素数と名付ける”。

 凄いなあ、これ。聖武天皇って、どんだけ数学的に天才なのかって思うけれど、まあ、天才って設定ならそれを受け入れるしかない。

 んで、その後に続く素数バトル(……って言っていいのか?)が、楽しくて楽しくて。この時代、割り算ってどうやってやっていたのかなあ、その辺の詳しい処は知らないんですが、素数を特定する為には、問題の数をそれ以下の数でひたすら割ってゆくしかない……んだろうなあ。11とかそのくらいならいいんですけれど、一万以上の数を、ひたすら割ってゆくのは……考えると、気が狂いそうっていうか、もう笑うしかないっていうか。(しかも、和紙に筆でやっているんだよねこれ。)

 一つの強大な敵を倒すと、次はもっと強大な敵が現れる。ほぼ、少年漫画のお約束みたいなものですが、それ、数字でやられると、具体的によく判っちゃって、それこそほんとに、笑うしかない。だもので、読んでいて楽しい。円周率が出てきて、“無限”って言われた時は、「あー、そう来るのか」って思っちゃった。

 また。相当殺伐とした終わりになりそうなこのお話、読後感がとてもよい。この設定で、この進行で、殺伐としたラストを迎えなかったお話作りは評価すべきだと思います。特に、ラストの光明子への台詞は素晴らしい。

 うん、とても面白かったです。


円城塔

いち推しの作品

大庭繭「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」

 粗削りなところも目立つのですが、不思議な文章の調子と、「記憶が人格を持っている」というありそうで意外にない設定を押し通した力が面白いと思います。技術的なものは上げることができますが、不思議さというのはどちらかというと失われていくものなので、大事になさるとよいと思います。

選評

全体への感想

 毎年のことではあるのですが、年々上手くなっていると思います(機械もまた上手くなっているわけですが)。すでに「あとは作家としての選択次第でしょう」という人も増えていると感じました。そういう意味では、自分はどういうタイプの書き手であるのかというのが今後、より重要になっていくのかもしれません。

 

池田隆「アンドロイドの居る少年時代」

 お話としてはできていると思います。一番外枠の設定を認めてしまえば、小道具などもよいです。

 ただ、全体的に会話劇というか、脚本の状態なのではないかと思います(そして誰が喋っているのかがややわかりにくいです)。ここから演出を盛っていくところではないでしょうか。

 そのせいで、それなりに場面は転換するのに、単調さを感じさせるところがあると思います。

 最も大きな設定、アンドロイドの部分が、すでに多くあり、今後も増えてくる部分ではないでしょうか。そのあたりを突き抜ける特徴が欲しいところでした。

 

大庭繭「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」

 文章が非常に安定していると思います。

 入りが弱目なのですが、文章の力でもたせることに成功しているのではないでしょうか。未来からやってきた、が、どうしてもありがちに見えるのですが、実はわりあい見たことのない構造をしていて、先が気になりました。構造の奇妙さを使い切ったというとこまではいっていないかと思いますが、充分に利用できていると思います。

 SF設定がそこまで必要な話ではないので、そのまわりをすっぱり刈り込んでしまうのもひとつの手ではないでしょうか。

 

木江巽「真夜中あわてたレモネード」

 よいと思います。楽しかったです。

 ただ、調子の統一がやや弱く、どんな種類の話なのかなかなか掴みにくいです。その種の読み口を想定しているなら見事なのですが、狙ったものではないのではないでしょうか。模様の違うトランプのデッキが複数混ぜられているような落ち着かなさとでもいったところでしょうか。

 説明と出来事、それぞれのブロックの大きさや提示していく順番でかなり変わるのではないでしょうか。

 

中野伶理「那由多の面」

 これだけ調べ、書けるのであれば、わたくしからはありませんが、全体の形は単調であるかと思います。たとえば導入はそこからの方が適切なのか、時系列が淡々と進んでいく形式が内容とうまく吊りあっているのかは、検討してみてもよいかと思います。

 ただそのあたりは最早、書き手としての作風の選択ということになるかと思います。

 

藤琉「聖武天皇素数秘史」

 一番のネタである素数の効果がほぼ駄洒落なので、そこに乗れるかどうかがひとつ、それをメインにするとして、全体の調子をどう整えるかでしょうか。現状では、かなり真面目にはじまり、時代背景なども丁寧に描いていったところで、駄洒落(あるいは早打ちタイピング)バトルがはじまるので、読み手への負荷が高い形ではないでしょうか。

 途中、ゼータ関数の級数展開がでてきますが、話の流れ的にはオイラー積表示が出てくるべきところではないでしょうか。

 

鹿苑牡丹「SOMEONE RUNS」

 文章がうまいです。SF的ガジェットや舞台の設定もよいと思います。進め方に緩急もあり、飽きさせません。

 ただ、読後感が、内容に関するアピールにあるあらすじの読後感とあまり変わりません。目指したところがクリアされていますが、そこに、実際に小説を書いたことによって付加されたものが少なかったような印象を受けました。


柴田勝家

いち推しの作品

中野伶理「那由多の面」

選評

 小説には様々な書き方があるものの、やはり基礎は「誰が」「どこで」「何をする」かの連なりだと思っています。その土台があることで、さらに「主人公たちが行動したことで起きた変化」を描くことができ、アクションが続き、時に大きくジャンプし、かつ体勢を崩さず、最後には綺麗に着地することができます。

 本作は能についての物語でもあるので、これを「序破急」と表現しても良いかと思います。地の文が確りとした土台として機能し、さらに行動が続くことで読む側も飽きることなく物語を楽しめました。

 読み始めた当初は、全体的に高いレベルでまとまっているものの、やや落ち着いた作品でもあり、後半で大きくジャンプしないと辛いかと思っていました。しかし、主人公の飛鳥が能面を完成させるところから助走が始まり、能役者である時雨の死を経て、SFガジェットと飛鳥の動機が結びつくことで、一気にエンディングまで引っ張ることができていました。

 まさしく「序破急」の呼吸で作品を作れていると思いました。この勘所を体で理解しているならば、さらに様々な作品を描けるかと思います。今後のご活躍を楽しみにしています。


斜線堂有紀

いち推しの作品

藤琉「聖武天皇素数秘史」

選評

池田隆「アンドロイドの居る少年時代」

 アンドロイドの描き方に目新しさはなく、二つの人格を同じボディに宿した部分から分化に至る過程ももう少し面白く出来たのではないかと思う。先行作が多くある中で、もう少し大胆な展開が欲しかった。

 

大庭繭「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」

 抒情的な文章や雰囲気が素晴らしかった。ただ、冒頭から「ママ」と「ツバサ」が双方向で疑問や隠し事を抱えている構成なので、やや振り回されてしまうところがあった。また、梗概のバージョンの物語に惹かれたので、こちらのバージョンも読んでみたい。この作品の魅力は何より文章。この作者の方は文章に宿る身体感覚が唯一無二だと思う。

 

木江巽「真夜中あわてたレモネード」

 四次元に生きる生き物の感覚と交流の解像度が高く、面白い!! ラストの締め方も小粋でいい。もっと誘拐された時のハラハラ感を盛ってくれたら更にエンターテインメントになっていたかもしれない。

 

中野伶理「那由多の面」

 能という知られざる世界をわかりやすく教えてくれる一編。ある種の変格ファーストコンタクトものと能を組み合わせるセンスがとても素晴らしいので、喪失からの立ち直りという作劇についても新しいものが見たかった。

 

藤琉「聖武天皇素数秘史」

 素数陰陽大戦もの。一見バカSFに見えるけれども、あの時代の人々が言霊にどれだけの重みを載せているかと思えば、数字に力が宿ることに強い説得力がある。歴史もので数字でなのに、このリーダビリディの高さにも感動。みろくはふじみ、を見つけた時の興奮を想像すると楽しい。一方で、この枚数の中でもしっかりとキャラクターが立っていることに驚かされた。聖武天皇の上に立つものとしてのリーダーシップ、操られた真備の悲哀。その他どの登場人物も魅力的。

 

鹿苑牡丹「SOMEONE RUNS」

 小説としての完成度が高く、設定と語り口がしっかりと噛み合っていて面白かった。読んでいるだけで楽しい。話の展開とテーマが合致しているのも読みやすさの一因だと思う。求めるならば、一つ目の殺人と二つ目の殺人に更に明確な差異があり、そこに彼の意思の現れがあると更に面白くなっていたんじゃないかと思う。いずれにせよ、面白い一編だった。こちらに票を投じようか迷った。


法月綸太郎

いち推しの作品

池田隆「アンドロイドの居る少年時代」

選評

池田隆「アンドロイドの居る少年時代」

 「分化」という学習アーキテクチャによって、AIと人間の双方が「他でもありえたこの私」を獲得するまでの多様なプロセスが説得的、かつスリリングに描かれていることを評価して一押し作品に選びました。スナップショット的な対話の蓄積から、取り替えの利かない時間の経過(歴史)を浮かび上がらせる手際のよさはもちろん、古事記神話(黄泉比良坂)のモチーフがメタホラー的な効果をもたらしている点も見逃せない。ポストヒューマン時代の『成熟と喪失―“母”の崩壊―』を考察した作品と言ってもいいでしょう。

 その他の候補作について簡単に。次点を挙げるなら大庭繭「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」、三番手が藤琉「聖武天皇素数秘史」でしょうか。

 

大庭繭「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」

 端正な仕上がりの佳編で、とりわけ自分が生まれる前の実家の風景を目にする場面が印象に残りました。母娘の自我の境界線が曖昧になっていくところは、池田作品の「分化」の対極に位置するテーマだと思いますが、メモリートリップと水風船のような「姉さん」への没入との照応にやや隔靴掻痒の感あり。もう一歩踏み込んだ自他の溶解表現があれば、ラストの手と手が触れ合う場面がもっと映えたのでは?

 

木江巽「真夜中あわてたレモネード」

 全般的に物語の摩擦係数が低くて、ほとんど引っかかりのないまま、お話だけが独り相撲で終わってしまった気がします。読者にストレスを感じさせまいと強く念じすぎて、面白くなっていたかもしれない要素の芽を先回りして全部摘んでしまったようなもったいなさを感じる作品でした。

 

中野伶理「那由多の面」

 第5回の候補作「銘刀の絆」の発展型ですが、同作と比べると物語とテーマがしっかり噛み合って、話運びにメリハリが付いている。その反面、ペルソナを介した情動の共有シーンが夢幻能のフォーマットに適合しすぎて、SFとしての異化効果が薄れ、予定調和的な印象を強めてしまったのが惜しまれます。能の芸術性に寄りかかって、ペルソナという技術のヤバさに目をつぶろうとしているように見えるのも、そのせいではないでしょうか。

 

藤琉「聖武天皇素数秘史」

 古代史SFとしての面白さは抜群ですし、最初から最後までアイデアのテンションを維持できたのは高ポイントで、オチの付け方もよかった。ただし荒唐無稽SFとしては、切れのいいところと雑なところが混在して、後者が全体の足を引っ張っているような気がします。たとえば──「弥勒は不死身」という語呂合わせには参りましたの一言ですが、円周率の鞭のくだりは風呂敷を広げたわりに尻すぼみ感がある。位取り記数法は算木の延長で許容できても、ゼロ記号「〇」の使用には何らかのエクスキューズが欲しい。あるいは、真備の胸に刻まれた呪いの表記は引き写しすぎて、センスに欠けるのではないか……といった具合です。

 

鹿苑牡丹「SOMEONE RUNS」

 READ MEがクライムストーリーに転じるという設定はスマートですし、平板なのにバランスの狂った文体も物騒な内容にふさわしい。ミステリ的な仕掛けを期待したのですが、RSAの具体的な作用ディテールが薄いせいか、「ボク」「僕」「ぼく」と人格の切り替えを命じる「私」の差異がそれほど目立たず、わりと普通のサイコパスの手記になってしまったのは残念。投げっぱなしのラストの空気は悪くないとしても、池田作品や大庭作品の解像度の高い描写に比べると、リアルな分人化の迫力に欠けるように思いました。


藤井太洋

いち推しの作品

大庭繭「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」

選評

総評

 みなさま、一年間、お疲れ様でした。大きな力になることでしょう。

 完成度の高い作品を楽しませていただきました。最終候補作はいずれも商業媒体に掲載しうる品質に仕上がっているかと思います。

 ただ、最終候補作に限らず、物語が求める長さを超えて書いてしまった作品が多かったように感じられます。新人賞への思い入れはあるのでしょうが、エンターテイメントとして提示するフィクションの長さは、登場人物の数と場面の数、プロットポイントの数で決まってしまいますが、これを超えて冗長になっている作品が多くありました。

 

池田隆「アンドロイドの居る少年時代」

 最終候補作の中ではもっともSFガジェットにあふれた作品で、その扱いも面白い。ハウスキーパーロボットが、意識を分化させてしまうというのはなかなか見ないアイディアです。シーン一つ一つもよく書けています。ただ、長く書きすぎてしまったように感じます。視聴覚ドラッグに関する部分は、示唆に富んだ内容ながら物語からは浮いてしまっているように感じました。

 立彦とほのかのシーンでコントラストが大きく変わっていれば、読みやすさは大きく変わっていたのかもしれません。

 

大庭繭「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」

 何かが起きていることがしっかり伝わってくる導入と、娘の登場まで息をつかせない展開が素晴らしい。そこから、最後まで一息に読ませていただきました。

 近年よく創作で扱われるイマジナリーフレンド(本作では姉ですが)を源氏名として使うという設定は、ツバサと未熟な母の対話と関係から目を背けずに、衝突と交流を描き切ってくれたのは素晴らしい。

 既存の「SF」を読む喜びはそれほど大きくないけれど、有り余る体験でした。

 

木江巽「真夜中あわてたレモネード」

 一つ一つのシーンは大変よく書けている。特に四次元人シンディとの交流は楽しく読ませてもらった。

 しかし構成はもう一工夫欲しい。特に、作中作を読ませているという仕掛けは初めから提示して欲しい。

 自分語りで始まる冒頭も作中作の一部なら納得できるが、独立した小説として提示するには引き込む力が足りない。雰囲気も文体も変えずにリーダビリティを向上させる方法はある。たとえば、あれとこれとこれ、と提示する三の法則2つに絞るなどするだけで、文章を追う速度は上がる。

 主人公が侵入する隣家のお嬢様であり、読者の「僕」の母の存在が、最後にどこかに消えてしまっているのも勿体無い。

 

中野伶理「那由多の面」

 梗概を読んだ時に指摘した必然性も書き込まれ、中編に見合う内容に書き上がりました。舞台の描写も見事。LLMと伝統芸能・美術の関係も説得力がありました。大いに楽しみました。

 瑣末な点ですが、導入だけでも、視点に対して敏感になるともっと読みやすくなります。一例を挙げると、冒頭の「肩口に切りそろえた黒髪」を揺らす会釈が飛鳥の視点で描かれているため、自意識過剰気味に感じられます。また、視点が固定されていれば「飛鳥の身長ほどの」と書く必要もなくなります。

 細かいところをもう一つ。「保存修復」などの部署をルビにしていますが、ここでは「うち」がルビになるほうが自然です。

 

藤琉「聖武天皇素数秘史」

 梗概で予想していたよりもスケールが大きな作品になりました。百枚を超える中長編ながら、中弛みしない構成は素晴らしい。

 この壮大なバカSFで、帝王である聖武の執念も優しさもしっかりと描き切っているのは見事。審査のために読んだ後も、読み返して楽しませていただきました。

 唯一残念なのが冒頭。人間を描くのも大事だが、タイトルで出オチをバラしているのだから、そこは期待に応えてほしい。

 

鹿苑牡丹「SOMEONE RUNS」

 視点人物が悪をなす人物である、という構成は挑戦的です。本作はネグレクトされている人物の視点で、殺人に至る衝動が高まっていく作品ですが、本人から語りかける構成はなかなか辛いものがありました。RSAによって生まれた「ぼく」と「私」の人格のコントラストはもう少し高くてもいい気がします。「他責」を照らす光とその質量を表す影になっていないように感じられました。


井手聡司(早川書房)

池田隆「アンドロイドの居る少年時代」

 一台のアンドロイドのボディで二つのAIを交互に運用することになり、結果的に人工的二重人格状態を作り出すという(風にも読める)設定は面白かったです。最終的に二つのボディに分けてしまうのだけれど、それぞれの違いの変化がさらに浮き彫りになっていく展開だったのでよし。初めはナキとナミの区別が読んでいてつきにくく、二人はもう少し早めに分化してそれぞれの特徴が出てから直接対話させる展開にしたほうが理解はしやすいと思いました。

 この一家と開発者だけでなくアンドロイドの登場が社会をどう変えたのか・社会がどう受け止めたのか、について、もう少し言及があるといい。たとえば同行する介助サポートテックの電車賃飛行機代などは社会的にどう合意されてどうしているのか、とか。

 短篇でも中篇でもないこの分量で緊張感を保ちつつ過不足なく話をまとめるのはとても難しいので、もっと物語を肉付けして、長篇としてそれぞれのエピソードをじっくり語るか、テーマごとに話をまとめた(そして、一つ筋の通った)連作中篇集にするかして仕上げるのがいいように思いました。

 自分なりの近未来の技術に対するビジョンがしっかり見えていて、そのアイデアを小説に落とし込むという、一人SFプロトタイピング的な作品のような印象です。物語作りや感情描写についてもソツなくまとめる十分な力がありますが、もっともっと上手くなれる(上手くなるべき)方だと思います。

 

 同じ章内で視点人物が変わる点について少し混乱がありました。時代遅れを意識した技術者が歴史を残そうとすることの意義やアンドロイドの性自認と性転換の問題など、多岐にわたる問題提起と作品内での回答が示されとても情報量の高い作品ですが、群像劇的な仕上がりで1本筋を通すテーマもややぼやけているので、まとまりがないように感じられたのが大変惜しいです。

 校内バーチャルスペースのセキュリティ問題など、小ネタもそれぞれ面白いですが、この分量の作品ではもっと他にやるべきことがあるかも。

 

大庭繭「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」

 最初、水風船の存在にファンタジー的な始まりを感じましたが、「メモリートップ」という技術によって母のミユ記憶から再現された世界をツバサがタイムトラベラー的に見える視点で体験しているのだと分かり、水風船も母にとってはリアルなものなのでツバサにとっても何か分からないまま当然そこにあるのだ、という設定には見せ方の新鮮さを感じました。その割にはミユの記憶にないはずの土地にツバサが出かけたりしていますが、そこはもう一ひねりできるようにも思うので瑕疵とは思いません。

 文体や質感の表現がとてもよく、この世界の持つ雰囲気にリアリティを与えているように思います。ミユとツバサ、そしてミユの姉という3人の関係性だけでなく、もっと世代を越えた普遍的なテーマとしての母娘のあり方を、世代ごとの繰り返し、もしくは円環構造的な物語に仕上げてみても良かったかもしれないと思いました。

 ラストのほくろを3回押すシーンの感動的な素晴らしさとタイトルとの関係も含め、様々な企みが込められている丁寧な作りが良かっただけに、姉の風船についてももっとイマジナリーフレンド的な位置づけ以上の役割を与えて欲しかったと高望みしてしまいました。

 

 ちょっとテーマを突き詰めるあまり表現がクドいというか繰り返しが多いようにも感じましたが、今どうしてもこのタイミングで書かねばならなかったのだという切迫感ゆえのものかと理解し、それも相まってオンリーワンの魅力を感じました。

 

木江巽「真夜中あわてたレモネード」

 楽しい! なかなかこういう話に商業SF誌では出会えないので、意表を突かれた感じで楽しく軽快に読みました。シンディの骨伝導で話しかけてくる四次元生物という一応理屈の整った設定と、調子イイてきとー感あるキャラのギャップにも魅力がありました。深い意味なく隣に何度も忍び込むドタバタ感も、他の作品ならイライラしてぶん投げそうになるような展開がこの話では不思議と嫌いになれず、テンポ良い文体と相まって読まされちゃうのがズルい(笑)。

 そんなわけで、シンディの設定はストーリーの推進にはそれほど寄与していないが、それとは別の良さがある。自らこの世界での感覚器官を制限しており、分子のようなものの跳ね返りでしか世界を理解できないシンディが、主人公が手を使って世界に物理的に影響を及ぼすことができることをちょっとうらやむ様子など、こういうセンス・オブ・ワンダーの発露もSFにはあるのだということを再認識させてくれて嬉しかったです。主人公がもっと若い少年だと思い込んで読んでいたので、読み直すとまた印象が変わるかもしれません。

 

中野伶理「那由多の面」

 SFアイデアをガジェットとして使いこなしつつ人間ドラマと絡め、SF的思考を通じて芸事の奥義の深淵へとにじり寄ろうとする、大変に志が高くまたそれを達成している高レベルの作品だと思いました。

 ドラマが一本芯の通ったシンプルなところが、これまでの作品に比べてもさらに上手くいっていると思います。内容に比してストーリーがこの枚数に収めるためには駆け足にならざるを得ず、最終的にはもう少し長い長篇として仕上げたほうが良いように思います。

 上手くいっていると書いておいてそれと矛盾するようですが、あえて高望みさせていただきたく、以下物語部分について細かいことを書きます。

 

 父が亡くなってから彼もまた面打ちをしていたことを知るのはやはり出来すぎな気がしました。ここは父からの何らかの影響を自覚して彼女も面打ちの道を選んだのだとしても、この物語の価値は下がらないと思います。

 面打ちを一度断られる理由も、もう少しひねりがないと、ただ主人公に対して意地悪しているだけともとれないことはなく、読者は話の本筋にブレを感じてしまうこともあると思います。ちゃんと後半すごいところまで話を持って行くのに、序盤がある程度王道パターンに落とし込まれているのは、ないものねだりではありますがやはり少しもったいないと思いました。また、父のエスキースが早世した母に似ていることと、それを発注している能楽師が父を名前で呼ぶ間柄であったことから、この3人の間柄もなんとなく想像がつくことと演目のテーマがそれに素朴にリンクしていることについてはやや物足りなく、後半もう一ひねりあってもいいように思いました。

 シーンの切り替え毎の、短い時間経過や少し長い時間経過の処理などにまだ不安定さを感じますが、これは些細なことです。

 この物語は今のままでも十分素晴らしいですが、見せ方でもっと良くなるポテンシャルが十分あると思うので、仕上げる機会があることを願っております。

 

藤琉「聖武天皇素数秘史」

 奈良時代の天皇によるスタンド対決にして戦闘レベル上げ合戦(しかも昼間は敵味方それぞれ真面目に働いている)という激ヤバな話を読みました。バカSFなのにこの感動力はなかなか凄い。アクションシーンの戦闘描写がとても上手いのでダレずに読めたのだと思います。ラスト近辺のオイラーの円周率の小ネタもよく分かりませんが好印象です。

 単なる戦闘力比べだけに終わらず日本語の数字語呂合わせによる駄洒落要素を加えてあるのは良かったのですが、実は中国語の数字語呂合わせもちゃんとあるので、唐の方士もそれを使えないとフェアじゃない。私は欲張りな編集者なので、お互いの言語文化体系による経典の駄洒落解釈合戦の要素も少し加えるとさらなる戦いのバラエティが広がったかもと夢想してしまいます。

 本題の前後に聖武天皇と光明子の間に男の子が産まれない話が置かれていますが、こんなに長くなくても物語における機能は十分果たせると思います。もしくはしっかり活かして女系天皇擁立のために聖武天皇が戦う、としても良かった。もしそうするとしても、ここまでの長さは今のままの必然性ではこれほど必要なかったかと思います。

 まあ、そんなことを吹っ飛ばす豪腕は素晴らしいのでこの路線はこれからも続けてください。

 

鹿苑牡丹「SOMEONE RUNS」

 凄まじく辛い話であり、露悪的な要素の強い闇落ちの物語と受けとめましたが、それだけではなく、私と僕とボクの使い分けに注意してその場その場をどの人格が任されているかに気をつけながら読むと使い分けが出来ていて、その試みの面白さに説得力がありました(やや分かりにくいのでそれぞれの性格付けをもう少しして欲しいと思いましたが)。

 ただ、私はSF編集者なので、このRSAというギミックが主人公自身だけでなく、この社会にそれなりに浸透している現在、どういう社会の変化が起こっているのか、また、その中における主人公のケースの位置づけ、といった部分も知りたかったと感じます。実際に主人公のこのデータがその後どのように利用される可能性があるのか、といったビジョンを少しでも垣間見られるような展開がこの告白記の前後にもっとあれば、話として締まるのではないかと思います。

 主人公の美術への向き合い方についても、もう少し内的動機の変化を示す描写があるとより主人公(たち)の鬱屈とその変化の流れに心を寄せながら読めたのではないかと思います。

 これも切実な、作者にとっては今書かねばならぬ物語として書かれたのだと思うので今回の執筆経験は大事なものであったと思いますが、商品としてはこの作品をどの棚のどの作家の横に置いてもらうのが一番読者にアピール出来るか、編集者として考え続けています。


井上彼方(VGプラス)

池田隆「アンドロイドの居る少年時代」

 人間そっくりの/なんでもできるアンドロイドが夢見られ、時代の移り変わりとともに求められなくなっていくという移り変わりと、二つの人格のアンドロイドの物語が重ね合わせられながら語られていく物語としてとても楽しく読みました。同じ機体を持ちつつも経験によって人格が別れていくアンドロイド、というアイデアもとても面白かったです。

 人はテクノロジーに何を夢見、求めるのかという20年近く?の歴史の流れと、そこで生きている人々の繊細な心のきびが表現されている点が面白かったので、少年時代にフィーチャーしたタイトルには内容との乖離を感じました。

 物語としての盛り上がりがどこにあるのかがわかりにくい、各エピソードの接続やそれによって生み出される効果が見えにくいという点を、ある種の味わいととるか瑕疵ととるかは人によって変わりそうだなと思います。個人的には散りばめられているテーマを、各エピソードの連環とか繋がりによってもう少し掘り下げてほしいと感じました。(私が読み取れていないだけだったらごめんなさい)

 

大庭繭「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」

 (講座で私が担当した作品がたまたまそうだっただけかもしれないですが)大庭さんは水に関するものをモチーフにした表現力がとてもお上手だし、そこに対するこだわりがあるのかなと思いました。

 姉が何でありミユにとってどういう意味を持つのかというのは、読書に慣れた読者は比較的早いタイミングでわかるかなと思いますし、過去の母に会いに行き、何かしらの和解で終わるという展開もお約束的だなと思います。(だからダメということではなくて)展開が割と想像できるからこそ、安心して細部の描写を深く味わえる作品だと思いました。

 特徴的だし面白いなと思ったのは、「母とは特に確執があるわけではないが、それでも妊娠をきっかけとして母と出会い直す必要を感じた」という点です。

 一方で、ツバサはミユに対して「体で覚えておいてほしい」ということを何度か言っていますが、ミユのトラウマはツバサとの間にはないので、「生まれる前の自分との出会いと和解をミユに覚えておいてもらう」ことがどういう意味を持つのか、主人公の元々の動機と、やや噛み合ってなさを感じました。

 

木江巽「真夜中あわてたレモネード」

 個人的には6作品の中で最も好きな作品でした。

 冒頭、毒にも薬にも……から、断定的な物言いを好んで使うようになる、というエピソードで、語り手のキャラクターを切り出しているのがとてもうまいと思いました。こういうのが好きな人の心をがっちりつかむ冒頭だと思います。

 主人公とシンディのそれぞれの身体性や感覚器官の違い、ものの感じ方の違いが、噛み合っているような噛み合っていないようななんとも言えない会話をもたらしていて、ファーストコンタクトSFとしてのセンスオブワンダーに溢れている作品だと思いました。

 純粋にストーリーの構成として見ると甘さはあるかもしれませんが、モチーフやイメージの連なり・重なりによって小説としては綺麗にまとまっていると感じました。レモネードを初め、様々なモチーフの使い方が本当にお上手だと思います。

 シンディは窮地の主人公を助けることはなかったけれども、主人公に出会いをもたらし、息子も爽やかな心境でラストを迎えています。直接的な意味での「救世主」とは異なる、そもそも違う次元/違う世界/他者との出会いの豊かさ、それに救われる瞬間を描いた爽やかで素敵なSFだと思いますし、それはアピールで書かれている「好きな世界を描くこと」によってもたらされているのだと思いました。

 

中野伶理「那由多の面」

 ユニークで再現不可能なものとされがちな職人の「わざ」とテクノロジーにまつわる話として非常に優れていると思うと同時に、それだけにとどまらない創作論として楽しく拝読しました。スキルとして優れてはいるが何かが足りないという形で主人公に課題が与えられるフィクションというのは数多く存在すると思うのですが、それをクリアして面が完成したあとにクライマックスを持ってくるという小説の構成も非常に良いなと思いました。(そのぶん、「うまいだけ」というセリフがありきたりな印象を持ってしまったのがちょっと残念でした)2人の男に愛され自害したことで地獄の落ちるという展開が、冒頭では理解ができないものとして提示された上で、ある種の創作論においては再解釈の余地がある、という展開も非常に見事でした。

 総じて、感情と情動を切り分け、情動を計測するというSF的なギミックと、脳という舞台表現、テーマが非常にうまく噛み合っていたと思います。

 

藤琉「聖武天皇素数秘史」

 めちゃくちゃ笑いました。笑いがダレることがないように随所で展開を作っていて、ホスピタリティにあふれた作品でした。また、大真面目な口調で女性天皇の話から始まり、大真面目なトーンのママでバカSFへと展開していく手腕はとても見事だと思いました。

 一方で、聖武天皇の「天智系でも天武系でもどちらでもよい。そこに男も女も関係ない。そうした世がくればいいとわたし思っている」という言葉を、血筋も性別も天皇になるふさわしさとは関係ないという意味ととるなら、高野姫を皇太子として据えるには現在の天皇と血筋の良い妻の子どもであるという以上のロジックが必要なのではないかと思いました。(血筋も性別も関係ないので、血筋としては劣るが安積皇子を皇太子に据えるというロジックだって組み立てられてしまうので)

 なので、ここまで真面目に女性天皇の話をするのであれば、高野姫を戦いの場で何かしら活躍させるなど(過去の女性天皇が優秀だったということではなく)高野姫自身が天皇に相応しいのだというエピソードを作中に組み込んだ方が良いのではないかと思いました。

 

鹿苑牡丹「SOMEONE RUNS」

 文章がとても上手く、リーダビリティも高く、スキルの高さを感じる作品でした。物語の展開が「お約束」に綺麗にハマっていく気持ちよさがあって、それが文章の雰囲気とマッチしていると思いました。

 ただそれは裏を返せば、身近な養育者から適切なケアを受け取ることができなかった主人公が周りの女性に「母性」や「存在の根底的な肯定」や「罪の赦し」を求めるという、類型的で露悪的なミソジニーなストーリーという以上の、何かしらの意味で新規性を見出しにくかったように思います。

 もちろんRSAというガジェットは新規性ではあると思うのですが、RSAによって人格が分かれてしまうというギミックが、話の展開にもテーマの掘り下げにもいまいち活かしきれていない印象で、評価しきれませんでした。せっかく「出力している」という構造を入れているので、そこでRSAのギミックをもっと活かしたり、ストーリーラインに新規性を持たせたりすることができると良いと思いました。

 藍田さん(妹)→藍田さん(姉)→講師と、遡ってもオリジナルがないという展開と、やや胡散臭いうんちく混じりの文体がなんとも言えない雰囲気を醸し出していて、その点はとても良かったです。


小浜徹也(東京創元社)

池田隆「アンドロイドの居る少年時代」

 説明台詞が長すぎる、ロボットのアイデンティティ獲得の過程が曖昧、などはともかくとして、ナミとナキの二重人格の設定がなぜ必要なのか、なぜ性別を混乱させるネーミングが混じりこむのか、と悩みつつ、そして複数箇所で専門的なディスカッションがありながらも、うーん、どうもこれはロボットを描きたいのではないのかもなあ、と疑いつつ読みました。「何を読まされているのかわからない」というと極端だし、小浜がチューンを合わせられてないだけかもしれないけど、そういうのって往々にして作者が何かを無理に小説に落とし込んだために生じるんじゃないかなあ。と考えていたところ、アピール欄に「男女を人とロボットに投影した」とあって理由はわかりました。でも、どうすればうまく嵌まるのかまではわかりません。

 

大庭繭「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」

 冒頭、感覚的な文章はいかにも頑張った感があってガタつくなあと思っていたら、帰宅した途端に語り口が饒舌になって少し笑ってしまいました。こっちのほうが持ち前だったか。でももっと削り込むほうがいい。あと、話が展開するにつれて語りの眼目がズレていってないですか。全体に、自分が初めて知る30年前の文化は、作中の現在との落差が書けていない感じです。なによりSFとしては「他者の過去の記憶」「メモリートリップを開始するためのママの了承」がわからないし、これは「過去の記憶」じゃなくてタイムトラベルなのでは。また、母、母の姉、自分の重ね合わせがよくわからない。テーマとして「ママはあたしの全然知らない人」は良いです。なお門田充宏「風牙」と笹原千波「風になるにはまだ」は参考になるかと。

 

木江巽「真夜中あわてたレモネード」

 タイトルは今回一番いい。文体の調子もいい。ちょっと書きすぎだけど。あと、もっと改行してほしい。語り手の年齢設定がずっと曖昧で(だいぶあとになって「高卒でフラフラしている」と出てくる)戸惑いました。シンディのSF設定は、自分で自分の謎を解説していることもあって、かなり白けます。きっちり説明しようとしないほうがいいと思う。なお終盤の、隣のお嬢さんとの出会いと事件のくだりは盛り上がらないので、もっと工夫を。タイトルをこの場面から取っているのならなおさら。あと去り際のシンディの台詞は長すぎて締まらないのと、結末で息子の視点に切り変わっているのはあまり効果的ではないと思いました。

 

中野伶理「那由多の面」

 研究室での語り手の立場が最初つかみにくいのと、時雨の年齢も(「何歳にも見える」という表現自体はいいんだけど)、母を父と取りあった過去がある(んだよね?)のなら、年齢は最初に分かるほうがいいのでは。父母と時雨の関係性をもっと匂わせる必要があるし、どれぐらいの重要人物なのかも知りたい。また、語り手が能面を扱うのはどれぐらいの経験があるのか、能面に魅せられたのがきっかけならもっと能の観劇経験があってもいいはず、など語り手の奥行きも必要。製作過程や説明部分は、いかに面白そうに(語り手自身が耽溺しているように)書けるかが大事なので、もっと頑張れ。二度ばかりある幻視的な一人語りは気合いが入ってるし中野さんの新境地だと思うけど、ちょっとやりすぎ。読んでて疲れる。あと、表情の問題ばかり追求してるけど、能って身体性は問題にされないのでしょうか。

 

藤琉「聖武天皇素数秘史」

 冒頭の時代解説、話に関連しない要素はもっと削り込んでもいいと思う。積極的にアクションを書こうという意欲は買うんだけど、ちょっとくどい。話のキモになる「戦いのために巨大な素数を算出する」のは、そればかりがつづくので、悪ノリを楽しむ以前に単調に感じてしまいました。作品の統一的なトーンがつかみづらく、とっちらかっている印象さえあるので、全体にもっとタイトにしたほうがいいのでは。なお、鬼の大群をあっさり出現させるのは頼もしいけど、語り手側が動じていないということは、こういう事態は過去に何度も出来してるということ? 閻魔の出現にも動じてないけど、これは初めてのこと? それから、「みろくはふじみ」ですごく脱力しました。そのあとの「やくしは長う泣く」も。仮に狙ったのだとしても、「円周率は無限」のかっこよさと相容れないのでは。あと、「素数と円周率」は実在する謎のようなので、もっと踏み込んで使えないものでしょうか。

 

鹿苑牡丹「SOMEONE RUNS」

 冒頭部の仕掛けとRSAを挿入されるまでは興味をひかれる。とはいえ、そもそも論だけど、「運動が大好きな私」と「勉強が大好きな私」を別人格とする発想がのみこめず、それを「ボク」と「僕」の使い分けで表現した効果も感じられませんでした。すみません。なにより「芸術が大好きな私」の出現以降、それまでより筆の密度が希薄になる(薄味の会話が増える)あたりから、読者としては「話の向かう先」がつかめなくなる。アピール欄で「自分はそういう作家なのだと開き直って」と書いてますが、それではいけません。とはいえ、母殺しのシーンと終盤の切迫感、盛り上がりは良いです。大いに買います。あとこれ、五年よりもっと長い期間の話なのでは?


溝口力丸(早川書房)

池田隆「アンドロイドの居る少年時代」

 このタイトルだと、ほのかとサポートテックの交流、年を取る人間と不老の機械の関係性の物語だと取れてしまう。そういう読み方をしようとするには立彦パートなど、他の成分がやや多め。台詞が説明的なわりに何が起こっているかわかりにくく、出来事がパラパラとしていて物語の芯が見えにくい。それはそれとしてエンジニアの姿勢をめぐる議論などは面白いので、構成をもう一捻り加工することで、技術パート・家族パートそれぞれがもっと光りそうな印象を受けた。ラストシーンは良いので過程にもっと情緒を乗せたいです。

 

大庭繭「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」

 描写の力はとても高い。序盤、姉さんの正体がはっきりしないまま娘も出てきて、視点が移るのでやや混線する。視点を交互に描くことがそこまで作品にとって効果的ではないような、ツバサの視点に絞って、母になる女性が母に会いに行くSFとしてもう少し短くまとめたほうが刺さるかも。生活ディテールはすごくいいんですが、描きすぎると物語の牽引力を弱めているような気もします(純文学の賞狙いならこのくらいでもいいのかも)。

 

木江巽「真夜中あわてたレモネード」

 タイトルと語り口のユーモラスさが良い感じ。僕の年齢感が中々はっきりしないのは意図的か。シンディの理屈付けとキャラクターも面白い。拘束されるシーンに追いつくまでがやや長く、この構成にラストの「じつは父親の私小説」という組み合わせが合っているかは要検討。エピローグなしでも成立するような。アンソロジーなどに載っている商業短篇レベルの作品ではあるように感じました。

 

中野伶理「那由多の面」

 モチーフとSF設定と物語の噛み合い方は今回随一のように感じた。職業小説のような試行錯誤も読んでいて楽しいが、やや中盤までの起伏が薄いかも。ラストはとても良い。キャラの配置は整理され過ぎている印象で、もうちょっと会話の噛み合わなさや、感情的な諍いを出しても人間味が増すかもしれない。とても高い水準でまとまっている作品だが、まとまり方に隙がなく、その隙のなさに物足りなさを感じた。贅沢な感想ですみませんが。

 

藤琉「聖武天皇素数秘史」

 SF(異能バトル)が始まるまで時間がかかるのと、その転換ポイントがやや急だが、こういうハッタリが好きな人はSF読者に多いはず。インフレ描写もギャグとシリアスの中間で良い感じ。時代物なのに用語や価値観があまりに現代風なのがツッコミどころなのかもしれないが、魅力でもある。どうしても題材で読者を選びそうだが、何らかのSFの公募賞に出したら最終候補には残りそうなポテンシャルを感じました。

 

鹿苑牡丹「SOMEONE RUNS」

 良くも悪くも「私」の語り方から感情が拭い切れていない感触。殺人は両方とも動機に対して唐突に感じた。RSAによって起こったSF的な悲劇というよりも、生い立ちと、その日嫌なことがあったから、というだけに見える。語り手があまり(悪役としても)好きになれないので、映画『ジョーカー』のような犯罪者だが切実な独白、という読みかたができなかった。何もかも他責にできてしまう時の人間の悪性、みたいなものはもっとSF的に掘り下げ甲斐がありそうに感じました。


第7回ゲンロンSF新人賞 結果発表
URL= https://school.genron.co.jp/works/sf/2023/subjects/10/

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