作って知ってまた作る──ゲンロン・セミナー第5回「話す、たたかう、作りだす」事前レポート|伊勢康平

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webゲンロン 2023年6月8日配信
 今年からはじまったゲンロンのあらたな教養講座「ゲンロン・セミナー」も、とうとう最終講義を迎えました。今回のテーマは「遊びとAI」で、ゲームAIの研究開発の第一人者である三宅陽一郎先生に講義をしていただきます。ここでは、聞き手をつとめる私(伊勢康平)が、講義の見どころやポイントをお伝えいたします。

 三宅先生からは、つぎのようなコメントをいただいております。

【三宅先生のコメント】
 遊びと人工知能の関係は、実に多様なものです。遊び相手としての人工知能は、たとえば、囲碁や将棋、チェス、格闘ゲームなどで対戦相手になってくれる人工知能です。
 
 しかし、デジタルゲームではむしろ、遊びそのものの要素として人工知能が組み込まれる場合が多くあります。たとえば、RPGの仲間キャラクター、敵キャラクター、村人、重要キャラクターなどです。
 
 遊びの歴史を紐解くと、面白いことに、人工知能によって可能になったゲームが沢山あります。たとえば、『Eliza』(1966)というカウンセリング人工知能は、その後、対話ゲームの基礎となり、これを母体としてアドベンチャーゲームが生まれます。さらに『ミステリーハウス』(1980)が、テキストアドベンチャーに絵をつけて新しい絵と文字からなるゲームが始まります。『PONG』(1972)は対戦ゲームでしたが、一人で遊べるようなゲームに発展し、様々なアクションゲームが生まれます。
 
 また、テーブルトークRPGは現代のRPGゲームの母体ですが、そのゲームマスターの役割をデジタルゲームで引き継いたのが「メタAI」という人工知能です。「メタAI」は自らステージを作り、物語を作り、敵キャラクターを配置します。
 
 このように人工知能は常に遊びの地平を切り拓いてきました。その奔流をお見せできましたらと思います。


 重要なポイントがいくつもありますが、本講座との関連からいえば、まず強調しておきたいのは、人工知能の開発によってさまざまなデジタルゲームのありかたが可能になっていったということです。つまりこの分野には、既存の遊びやゲームを分析し、考察するというアプローチだけでなく、むしろ新しい遊びを作りだすという観点があり、それが大きな特徴となっています。
 もっとも、人工知能の研究においては、遊びだけでなく、知能や生命などほとんどあらゆるものに対して、同様の見方がなされているように思われます。じっさい、三宅先生は『人工知能の作り方』のなかで、このように述べています。

人工知能の最も重要な使命として「実際に1個の知能を創る」ことがあります。知能の謎はまだ深い深淵として目の前にあります。しかし、そうであっても、創ることの中から新しい知見を知り、新しいパラダイムを得る可能性があります[……]人工知能とはそういう学問です。作ることによって知る、知ったことで作り上げる、そういった学問であり工学です。★1


 ゲームAIの開発においては、まさにこの「使命」を物語るように、じつに多様な問題への対処が求められます。たとえば、キャラクターとしての人間や動物をいかに「生きた」ものにするか(キャラクターAI)、その集団の動きや「生態」をどう実装するか(群衆AI)、またそれらを取り巻く自然や都市の環境をいかに構築し、キャラクターが認識ないし評価できるものにするか(ナビゲーションAI)、あるいはもっと全体的に、遊びやその体験をどう設計し、作り上げていくか(メタAI)などがそうです。

 こうした課題を敷衍すれば、そもそも遊びとはどんな体験かという哲学的な問いだけでなく、動物の群れと人間の集団がもつ観察可能な差異とはなにか、あるいは環境はどのような価値をもち、それはどう認識されうるのかといった、さまざまな問題を引き出すことができます。受講生のなかには、これらの問いのなかに本講座のこれまでの講義や「学問のミライ」の内容と共鳴する論点を見いだすかたがいらっしゃるかもしれません。

 その意味でも、ゲームAIという今回の講義のテーマは、本講座の総まとめにふさわしいものだといえるでしょう。受講生のみなさんには、遊びという大きなテーマのつながりをこえて、さまざまな分野との関連性を見つけつつ、「作って知ってまた作る」という独特のアプローチがもたらす「新しい知見」について考えていただきたいと思います。

 



 当日の講義にむけて、もうふたつほど論点を追加しておきます。

 ひとつはゲームAIの社会的な側面です。少々おおげさにいえば、ゲーム開発とは、ひとつのシステムのなかで世界を模造することです。そのため、昨今ではいわば汎用的なシミュレーターとして、ゲーム開発のテクノロジーが、各産業や社会設計に応用されはじめています。たとえば「Unity」というゲームエンジンが、「リアルタイム3D開発プラットフォーム」として建築や自動車産業、映画制作などに活用されているのはその一例です。三宅先生もまた、ゲームAIの社会的実装の可能性についてしばしば言及されています。講義のなかで論点になるかもしれません。

 もうひとつは、ゲームAIの開発と機械学習の関係についてです。昨今ではニューラルネットワークを用いた機械学習がほとんど社会現象となっていますが、意外にもゲームAIにニューラルネットワークが用いられる例は多くないようです。その理由としては、ゲームには厳密なバランス調整が必要であるため、結果の振れ幅が大きく、予測困難な学習アルゴリズムはあまり適していないことなどがあります。とはいえ、品質保証やデバックといったゲームを作るためのテクノロジーとしてはすでに活用されているほか、ゲーム内での実装例もじょじょに増えつつあるそうです。このあたりの事情も念頭に置いておくとよいかもしれません。

 



 最後にもっと予習をしたいみなさんへ。三宅先生の著作に目を通しておくとよいのはもちろんですが、おそらく一番の方法は三宅先生がAI開発を主導された「FINAL FANTASY XV」をプレイしつつ、『FINAL FANTASY XV の人工知能』を読むことでしょう★2。単に「XV」をプレイするだけでも十分楽しいのですが、同書を併読することで、キャラクターや街の人々が、ひいては作品世界そのものがまったくちがって見えるという認識論的な感動を得られます。どちらも「未修」の受講生がいましたら、ぜひ体験していただきたいと思います。

 



※なお三宅先生からは、無料で読める予習用の資料として以下のインタビュー記事もご紹介いただきました。ぜひご覧ください。
「21世紀に“洋ゲー”でゲームAIが遂げた驚異の進化史。その「敗戦」から日本のゲーム業界が再び立ち上がるには?【AI開発者・三宅陽一郎氏インタビュー】」、『電ファミニコゲーマー』、2017年5月12日公開。
URL=https://news.denfaminicogamer.jp/interview/gameai_miyake/amp

 


★1 三宅陽一郎『人工知能の作り方──「おもしろい」ゲームAIはいかにして動くのか』、技術評論社、2017年、10-13頁。
★2 株式会社スクウェア・エニックス『FFXV』AIチーム著『FINAL FANTASY XV の人工知能──ゲームAIから見える未来』、ボーンデジタル、2019年。また、関心のあるかたは以下の論文も参照されたい。三宅陽一郎「大規模デジタルゲームにおける人工知能の一般的体系と実装──FINAL FANTASY XV の実例を基に──」『人工知能学会論文誌』35巻2号B(2020年)、1-16頁。

1000分で「遊び」学 #5

話す、たたかう、作りだす──ゲームとAIの50年史
2023年6月17日
ゲンロン・セミナー第1期
話す、たたかう、作りだす──ゲームとAIの50年史
No.開催日登壇者講義テーマ
第1回2/11(土)古田徹也「遊びと哲学」
第2回3/26(日)山本真也「遊びと動物」
第3回4/22(土)梅山いつき「遊びと演劇」
第4回5/13(土)池上俊一「遊びと歴史」
第5回6/17(土)三宅陽一郎「遊びとAI」
第6回7/1(土)全講義をふり返るアフターセッション

※各回とも14時開始予定

「ゲンロン・セミナー」全体の情報は、こちらの特設ページをご覧ください!
https://webgenron.com/articles/genron-seminar-1st/

伊勢康平

1995年生。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍。専門は中国近現代の思想など。著作に「ユク・ホイと地域性の問題——ホー・ツーニェンの『虎』から考える」(『ゲンロン13』)ほか、翻訳にユク・ホイ『中国における技術への問い』(ゲンロン)、王暁明「ふたつの『改革』とその文化的含意」(『現代中国』2019年号所収)ほか。
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