どうなる? アフタージャニー喜多川──大谷能生×速水健朗×矢野利裕「ジャニーズの持続可能性を考える」イベントレポート

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webゲンロン 2023年5月2日配信
 英国のジャーナリスト、モビーン・アザール氏が故・ジャニー喜多川氏による性的暴行に関するインタビューを被害者の元ジャニーズ Jr.(ジュニア)たちに敢行、その記録映像が今年3月に BBC のドキュメンタリー番組としてインターネットで配信された。この番組は日本国内だけでなく世界的にも物議を醸している。ジャニーズ事務所への非難はもちろんのこと、この問題を追求しない日本メディアに対する批判も噴出している。 
 このたび、ゲンロンカフェでもジャニーズを考えるイベントが行われた。じつは、今回のイベントの企画と登壇者への打診は BBC の報道以前からあったものだ。もともとは、『ジャニ研!Twenty Twenty ジャニーズ研究部』(原書房、2020年)の共著者である大谷能生、速水健朗、矢野利裕が集まり、これまで語られてこなかった新しいジャニーズ史を大いに語る予定だったのだ。しかし、ここにきてこの騒ぎである。「ジャニーズ本を出した立場として、今回の件についての公式見解を出しましょう」と大谷が切り出した。 
 幼少期からジャニーズを愛してきた「SMAP・嵐世代」の3人はジャニー喜多川氏による性的暴行事件とメディアの対応をどう見たのか。ジャニーズの持続可能性はどこにあるのか、真剣な議論が行われた。 
  
大谷能生×速水健朗×矢野利裕「ジャニーズの持続可能性を考える──戦後ポップカルチャーの臨界点」URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20230321 
※視聴期限を2024年3月25日まで延長しました。(2023.9.25更新)

ジャニーズとメディア


 はじめに、ジャニー喜多川氏の「セクハラ」裁判の歴史について、矢野よりプレゼンが行われた。この問題は何も BBC がはじめて暴いたのではない。さいしょに大々的なかたちでこれを世間に公表したのは、1988年にデータハウスより刊行された、アイドルグループ「フォーリーブス」の元メンバー・北公次氏による暴露本『光 GENJI へ──元フォーリーブス北公次の禁断の半生記』である★1。この本にはすでに、ジャニー喜多川氏による北氏へのセクハラについて生々しい記載がある。しかし、当時は大手メディアにほとんど取り上げられなかった。 

 続いて1999年に、『週刊文春』がジャニーズ事務所の労働環境、所属タレントの飲酒・喫煙問題、そして内部の性暴力問題について告発記事を連続掲載した。この件では、ジャニーズ事務所が文藝春秋社を名誉毀損で提訴している。第一審ではジャニーズ事務所側が勝訴しているが、第二審では性的虐待が事実と認定された。

 今回の BBC による報道は、日本メディアが封印してきたパンドラの箱をふたたび開けた。しかしながら、依然として国内の大手メディアは動きがにぶいのが実情だ。 

 大谷は、「これまでこうした問題が度々浮上しては、ちゃんとした社会問題として大手マスコミが踏み込んでこなかった」と指摘。これに対して速水は、BBC が今回のドキュメンタリーの制作に費やした時間が約1年とやや短いことや、同番組のインタビュアーが回答者である元ジャニーズ Jr.に対してとっている態度などを疑問視しながらも、これまで国内メディアがこの問題について沈黙してきた構造を BBC が批判していること自体は正しいと話す。 

 今回も、あらためて BBC がこれだけセクハラ被害の実態を大々的に取り上げているにもかかわらず、現時点ではほとんどの国内大手メディアはこれについて沈黙を守っている。当然、被害者は救済されるべきであり、ジャニーズ事務所はいまこそ自浄作用を働かせるべきだ。そして、日本のメディアはしかるべき報道をしなければならない。それが3人の総意である。 

左から矢野利裕、大谷能生、速水健朗

 しかし、今回の BBC の報道をもって日本の男性アイドル文化をすべてキャンセルするのが正しい態度なのか。『ジャニ研!』の3人は、それもまた違うと言う。確かにジャニーズ事務所はセクハラ問題を抱えており、いまはそれに対する攻撃ばかりが目立つ。しかし、ジャニーズの歴史は別の視点からも語り直すことができるのではないか。 

 速水はこう指摘する。「BBC の報道によって、見えなくなっているものがある。このままでは、実際の被害と、文化としてのジャニーズを切り離してとらえるという視点はなくなるかもしれない」。大谷も、「グローバルスタンダード的な視点から見てばかりいると、文化としてのジャニーズが見えなくなるだけでなく、たんなるキャンセル対象になってしまうだろう」と同意する。 

 また、矢野からは、今回の BBC の報道をもってジャニーズを批判するにせよ、「ジャニーズ事務所の構造や、当時の時代背景といった文脈を検証してこそ、批判すべきことを批判することができる」という意見も出た。 

 北公次氏の『光 GENJI へ』に書かれたセクハラの実態は、今日的視点から見れば大きな問題がある。それなのに当時大きく話題にならなかった理由として、矢野は、同性愛自体が差別されていたという1980年代の時代背景を指摘する。差別的な社会の空気のせいで、男性による男性への性的暴力が理解されず、北氏は世間から性暴力の被害者と思われなかったのではないか。BBC のセクハラ報道のみを根拠に安易な批判をすることは、事態の単純化につながる。まずはジャニーズ事務所60年の歴史を丁寧におさえていく必要があるとも矢野はいう。 

 

ジャニーズとファミリー



 では、大谷、速水、矢野は、ジャニーズの歴史をどのような態度で語ろうとしているのか。参考になるものとして速水が紹介したのが、『ミュージック・イズ・ヒストリー』(クエストラヴ著、藤田正、森聖加監訳、シンコーミュージック、2023年)だ。著者のクエストラヴ★2は、この本で北米のブラックカルチャー・ヒストリーを再編纂し、「黒人が搾取されつづけてきた歴史」とは別の歴史を語り直している。 

 たとえば、同書の「1972 音楽はメッセージ」の章では、1970年代前半にアメリカで生まれた「ブラック・スプロイテーション映画」がテーマだ。黒人を主人公にしたこのジャンルはヒットを飛ばしたが、黒人を薬物や暴力、犯罪と結びつける描写が多く、ネガティヴな印象を与えるものとして全米黒人地位向上協会などから批判もされた。しかし、クエストラヴは映画のサウンドトラックに着目し、楽曲の歌詞や楽器の響きがもつ批評性から、70年代ブラックムービーの再評価を試みている。この本のように、いままでになかった視点でジャニーズを語りたいと速水はいう。 

 

 本イベントで議論された、ジャニーズの歴史と持続可能性を考えるためのキーワードを2つあげよう。「ファミリー」と「デジタル化」だ。 

 ジャニーズには、各所属アーティストのファンクラブと、その母体としての「ジャニーズファミリークラブ」が存在し、会員は所属アーティストのコンサートチケットを優先的に申し込むことができる。しかし、どうしてジャニー喜多川氏は共同体のメタファーとして「ファミリー」を選んだのだろうか。 

 速水は、この音楽的「ファミリー」の発想の起源には、合衆国の音楽レーベル、モータウン★3があるのではないか、と指摘する。これは、かつて『ジャニ研!』で交わされた以下のやりとりでの問題意識を引き継ぐものでもある。 

 


速水 その話でいうと、ジャニーズに脈々と流れる「ファミリー」という意識は、アメリカ人独特の感覚という気もしてきますね。 
大谷 ファミリーといっても日本の家制度ではなくて、アメリカンファミリーだね。 
矢野 血縁でつながるんじゃなくて、わりとすぐ養子をとっちゃうような感覚ですかね。 
[……] 
大谷 やめた人にすごく厳しいらしいというのは、あまり日本では見られないなあ。ほとんどマフィアですもんね。裏切った、みたいな感じで。 
速水 [……]『ウエスト・サイド物語』でわかるように、ポーランド系の集団、プエルトリカンの集団という移民の民族的な結束というのが、アメリカのひとつのファミリーの形なんですよね。★4

 イベントでは、矢野が、「家族とは結束も強いが抑圧も同時に強いものだから、どこかで離反が起こる」と指摘。実際に、近年では事務所から退所するタレントが相次いでいる★5。他方で大谷は、去る者に厳しい事務所の体質は今後は改善され、ジャニーズを退所するメンバーとジャニーズの交流はゆるやかに続くのではないか、と考える。タレントの脱退にともなう事務所のダウンサイジングとアウトソーシングは、ジャニーズの持続可能性につながるポジティブな要素としてとらえることもできるのではないか、というのが大谷の主張だ。  ジャニーズとそれを支えるファン、そして脱退後のメンバーたちをめぐる「ファミリー」の意識が、「アフタージャニー喜多川」のいま、変わろうとしているのかもしれない。

ジャニーズとデジタル化



 では、ジャニーズの「デジタル化」についてはどうだろうか。じつは、ジャニーズのファンクラブへ入会するための入金方法は、これまで払込取扱票を使って郵便局で振り込むきわめてアナログなものだった。コンサートのチケット購入手段も同様である。しかし、近年になってようやくウェブ上でもファンクラブ入会やチケット購入の手続きが可能になってきている★6。また、2010年代からはデジタルチケットも導入されている。 

 これに並行する流れも、かつて『ジャニ研!』で取り上げられていた。たとえば、速水は以下のように述べている。 

 


速水 ジャニーズ事務所といえばインターネット上に所属タレントの肖像を一切出さないことで長年有名でした。しかし2016年に一部の映画やドラマの宣伝用映像を YouTube で公開するようになり、17年には SNS での宣材写真掲載を許可し、という具合に段階的にネット解禁を進めていきます。そしてついに18年にはニュースサイトでの写真使用も許可しました。これってジャニーズ史ベストテンに入るぐらいの大きな出来事じゃないですか。★7

 デジタル化に逆行していたジャニーズ事務所がいま、一転してデジタル化を推し進めている。ジャニーズ関連の動画や写真がネットで見られるようになっただけでなく、コロナ禍を経てコンサートのライブ配信までもが行われるようになった。しかしながら、これによってライブに行くことの魅力が失われたわけではない。現在のハイブリッドな体制をファンのみんなで守ろうという「ファミリー」の力学が働きはじめているという。  近年のグループのダンスパフォーマンスでは、デジタル化とライブの相乗効果が具体的に見られるという。たとえば、King & Prince やなにわ男子といった、2010年以降デビュー組でダンススキルがこれまでと比べ物にならないほど高いとされているグループ。大谷によれば、YouTube 上でジャニーズタレントの MV やダンス・プラクティス動画が手軽に見られるようになったいまこそ、彼らの「舞台人」としての魅力がさらに高まっているという。

 

 そもそも、ジャニーズ誕生の起源は、1931年にアメリカのロサンゼルスで生まれた日系2世のアメリカ人 John H. Kitagawa(ジャニー喜多川)が、来日後に少年野球チームのメンバーたちと見たミュージカル映画『ウエスト・サイド物語』(1961)に衝撃をおぼえたことにあるとされる。『ジャニ研!』の見立てでは、ジャニーズ事務所はジャニー喜多川がアメリカのミュージカルを日本で再現するために設立したプロダクションである。 

 そして、この「舞台」の系譜が、現在のジャニーズアイドルによって新しいかたちで受け継がれているというのが大谷のさきほどの主張だ。ジャニーズのコレオグラフィー動画が解禁されたことで、アイドルたちの特殊なダンススキルが確認しやすくなり、楽曲だけでは消費しきれないミュージカル的な魅力が可視化されるようになってきているのだ。 

 ジャニーズのダンスの基礎はモダンダンスにあり、彼らはジュニア時代からバーレッスンを受けている。そして、その動きは現在ミュージックビデオで披露されているヒップホップダンスにも応用されている★8。イベントでは大谷が、King & Prince 、Sexy Zone 、なにわ男子の MV やダンス・プラクティス動画を使って、その魅力を存分に解説してくれた。配信の都合上音声を一部カットしているが、ぜひ YouTube と一緒にご覧いただきたい。 

 しかし、デジタル化を推進するということは、コンテンツの細部の鑑賞を可能にしてくれる一方で、それらが世界中で消費されることとも表裏一体である。昨年、Travis Japan(トラビス・ジャパン)がアメリカのキャピトル・レコードからグローバルデビューしたように、ジャニーズはこれからさらに海外進出を目指していくだろう。そうなったときに、今回の BBC の報道についてしっかりと説明責任を果たしておかなければ、この事件が事務所の将来をはばむ障壁となってしまうことは目に見えている。 

 繰り返しになるが、故・ジャニー喜多川氏の性暴力問題をめぐる暴露報道が連日のようになされ、SNS 中心とはいえそれに対する非難が巻き起こる現在の状況自体には大きな意義がある。実際に被害者がいる以上、加害側を擁護することはできない。しかし、かといって文化のすべてをキャンセルし、これまでジャニーズ「ファミリー」が築きあげてきた歴史をなかったことにするのも間違いだ。 

 ジャニーズの持続可能性について考えることは、SNS 社会のいま、コンテンツやカルチャーをいかに保存していくかを考える一助になるだろう。(宮田翔平) 

『ジャニ研!Twenty Twenty ジャニーズ研究部』(原書房、2020年)

大谷能生×速水健朗×矢野利裕「ジャニーズの持続可能性を考える──戦後ポップカルチャーの臨界点」URL= https://genron-cafe.jp/event/20230321/

 


★1 さらに言えば、ジャニー喜多川氏によるセクハラ疑惑が最初に発覚したのは60年代にまで遡る。1964年に芸能学校の新芸能学院がジャニー喜多川氏をスタジオの料金未払いで提訴。原告は敗訴するが、口頭弁論では金銭問題のほか、氏による新芸能学院の生徒へのセクハラ行為について複数名より証言された。これについて週刊誌の『女性自身』が記事を掲載し、疑惑が浮上。80年代には『噂の真相』がこの問題をたびたび記事にした。以下を参照。「ジャニー喜多川氏に向けられた具体的な性加害疑惑 = 約60年にわたる証言の歴史」、The HEADLINE 、2023年4月。URL= https://www.theheadline.jp/articles/815 
★2 ヒップホップ・クルー「ザ・ルーツ」のドラマー。ヒップホップでは、ラッパーがマイクをもってラップをし、バック DJ がビートをかけるスタイルが通例だが、「ザ・ルーツ」は DJ を置かず、バンドが楽器演奏でビートを再現する革新的なスタイルで有名になった。 
★3 合衆国の都市デトロイト発祥の音楽レーベル。ベリー・ゴーディによって1959年にタムラ・レコードとして創業され、翌年にモータウンレコードと改称。会議では黒人と白人、男性と女性、職種など分け隔てなく参加が求められた。名前の由来は、「Motor Town 車の都市」であり、フォードの生産方式を手本にしてアーティストを次々にプロデュースし、マーヴィン・ゲイ、マイケル・ジャクソン、スティーヴィー・ワンダーほか数多くのアーティストを輩出した。 
★4 大谷能生、速水健朗、矢野利裕『ジャニ研!Twenty Twenty ジャニーズ研究部』、原書房、2020年、253頁。 
★5 2022年11月、ジャニーズ事務所の副社長だった滝沢秀明氏が退所を発表。それに続くように King & Prince のメンバー岸優太氏、平野紫耀氏、神宮寺勇太氏が2023年5月22日に同グループから脱退、平野と神宮寺は脱退と同時に退所することが発表されている。また、滝沢秀明氏が命名したジャニーズ Jr.のIMPACTors(インパクターズ)も退所するかもしれないとの噂だ。 
★6 「ジャニーズ事務所、“ネット解禁”2か月経過でもやっぱり変わらないこと」、週刊女性 PRIME 、2018年3月。URL=https://www.jprime.jp/articles/-/12034 
★7 『ジャニ研!Twenty Twenty ジャニーズ研究部』、276頁。 
★8 たとえば以下の動画がわかりやすい。「【CHOREOGRAPHY】King & Prince『Magic Touch』-Dance Practice-」。URL=https://www.youtube.com/watch?v=OjqGTgayjDU&ab_channel=King%26Prince

 

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