英国のジャーナリスト、モビーン・アザール氏が故・ジャニー喜多川氏による性的暴行に関するインタビューを被害者の元ジャニーズ Jr.(ジュニア)たちに敢行、その記録映像が今年3月に BBC のドキュメンタリー番組としてインターネットで配信された。この番組は日本国内だけでなく世界的にも物議を醸している。ジャニーズ事務所への非難はもちろんのこと、この問題を追求しない日本メディアに対する批判も噴出している。
このたび、ゲンロンカフェでもジャニーズを考えるイベントが行われた。じつは、今回のイベントの企画と登壇者への打診は BBC の報道以前からあったものだ。もともとは、『ジャニ研!Twenty Twenty ジャニーズ研究部』(原書房、2020年)の共著者である大谷能生、速水健朗、矢野利裕が集まり、これまで語られてこなかった新しいジャニーズ史を大いに語る予定だったのだ。しかし、ここにきてこの騒ぎである。「ジャニーズ本を出した立場として、今回の件についての公式見解を出しましょう」と大谷が切り出した。
幼少期からジャニーズを愛してきた「SMAP・嵐世代」の3人はジャニー喜多川氏による性的暴行事件とメディアの対応をどう見たのか。ジャニーズの持続可能性はどこにあるのか、真剣な議論が行われた。
はじめに、ジャニー喜多川氏の「セクハラ」裁判の歴史について、矢野よりプレゼンが行われた。この問題は何も BBC がはじめて暴いたのではない。さいしょに大々的なかたちでこれを世間に公表したのは、1988年にデータハウスより刊行された、アイドルグループ「フォーリーブス」の元メンバー・北公次氏による暴露本『光 GENJI へ──元フォーリーブス北公次の禁断の半生記』である[★1]。この本にはすでに、ジャニー喜多川氏による北氏へのセクハラについて生々しい記載がある。しかし、当時は大手メディアにほとんど取り上げられなかった。
今回の BBC による報道は、日本メディアが封印してきたパンドラの箱をふたたび開けた。しかしながら、依然として国内の大手メディアは動きがにぶいのが実情だ。
大谷は、「これまでこうした問題が度々浮上しては、ちゃんとした社会問題として大手マスコミが踏み込んでこなかった」と指摘。これに対して速水は、BBC が今回のドキュメンタリーの制作に費やした時間が約1年とやや短いことや、同番組のインタビュアーが回答者である元ジャニーズ Jr.に対してとっている態度などを疑問視しながらも、これまで国内メディアがこの問題について沈黙してきた構造を BBC が批判していること自体は正しいと話す。
今回も、あらためて BBC がこれだけセクハラ被害の実態を大々的に取り上げているにもかかわらず、現時点ではほとんどの国内大手メディアはこれについて沈黙を守っている。当然、被害者は救済されるべきであり、ジャニーズ事務所はいまこそ自浄作用を働かせるべきだ。そして、日本のメディアはしかるべき報道をしなければならない。それが3人の総意である。
左から矢野利裕、大谷能生、速水健朗
しかし、今回の BBC の報道をもって日本の男性アイドル文化をすべてキャンセルするのが正しい態度なのか。『ジャニ研!』の3人は、それもまた違うと言う。確かにジャニーズ事務所はセクハラ問題を抱えており、いまはそれに対する攻撃ばかりが目立つ。しかし、ジャニーズの歴史は別の視点からも語り直すことができるのではないか。
デジタル化に逆行していたジャニーズ事務所がいま、一転してデジタル化を推し進めている。ジャニーズ関連の動画や写真がネットで見られるようになっただけでなく、コロナ禍を経てコンサートのライブ配信までもが行われるようになった。しかしながら、これによってライブに行くことの魅力が失われたわけではない。現在のハイブリッドな体制をファンのみんなで守ろうという「ファミリー」の力学が働きはじめているという。
近年のグループのダンスパフォーマンスでは、デジタル化とライブの相乗効果が具体的に見られるという。たとえば、King & Prince やなにわ男子といった、2010年以降デビュー組でダンススキルがこれまでと比べ物にならないほど高いとされているグループ。大谷によれば、YouTube 上でジャニーズタレントの MV やダンス・プラクティス動画が手軽に見られるようになったいまこそ、彼らの「舞台人」としての魅力がさらに高まっているという。
そもそも、ジャニーズ誕生の起源は、1931年にアメリカのロサンゼルスで生まれた日系2世のアメリカ人 John H. Kitagawa(ジャニー喜多川)が、来日後に少年野球チームのメンバーたちと見たミュージカル映画『ウエスト・サイド物語』(1961)に衝撃をおぼえたことにあるとされる。『ジャニ研!』の見立てでは、ジャニーズ事務所はジャニー喜多川がアメリカのミュージカルを日本で再現するために設立したプロダクションである。
ジャニーズのダンスの基礎はモダンダンスにあり、彼らはジュニア時代からバーレッスンを受けている。そして、その動きは現在ミュージックビデオで披露されているヒップホップダンスにも応用されている[★8]。イベントでは大谷が、King & Prince 、Sexy Zone 、なにわ男子の MV やダンス・プラクティス動画を使って、その魅力を存分に解説してくれた。配信の都合上音声を一部カットしているが、ぜひ YouTube と一緒にご覧いただきたい。
しかし、デジタル化を推進するということは、コンテンツの細部の鑑賞を可能にしてくれる一方で、それらが世界中で消費されることとも表裏一体である。昨年、Travis Japan(トラビス・ジャパン)がアメリカのキャピトル・レコードからグローバルデビューしたように、ジャニーズはこれからさらに海外進出を目指していくだろう。そうなったときに、今回の BBC の報道についてしっかりと説明責任を果たしておかなければ、この事件が事務所の将来をはばむ障壁となってしまうことは目に見えている。