日本で『三体』は書かれるか?──小浜徹也×高山羽根子×大森望「創元SF短編賞と日本SFの10年」イベントレポート
ゲンロンα 2020年10月14日配信
創元SF短編賞をつくった2人
創元SF短編賞の始まりは2009年。それぞれの立場で立ち上げに関わった2人が小浜徹也と大森望である。 同賞は大森の発案によって始まった。新人の長編賞はあっても、短編デビューの機会がなかった当時の状況に対して、大森は「新しい賞をつくると才能が集まる」と考えてSFの新人短編賞の企画を出版社に持ち込むことにした。持ち込み先は河出書房新社と東京創元社だったが、最終的にはSF出版社である創元が引き受けることになったのだという。 そして始まった創元SF短編賞は、当初は下読み制度を設けず、審査員である大森望と日下三蔵がすべての応募作に目を通していた(第3回以降は東京創元社編集部で第一次審査を行っている)。鼎談は、新人賞の始まりから未来までを見通すものになった。
歴代受賞者たち
イベントには、壇上の高山羽根子に加えて、3人の創元SF短編賞の受賞者たちが登場した。 トークが始まってすぐ、会場に駆けつけていた宮内悠介が登壇。宮内は「盤上の夜」で第1回創元SF短編賞で山田正紀賞を受賞している。先日「麻雀最強戦2020 著名人超頭脳決戦」で役満をあがって優勝したことを祝われつつ、話は受賞時の記憶に移り、「下読みのない創元SF短編賞の制度に自分は救われた」と宮内は語った。小浜は「盤上の夜」を読んで宮内に連絡をとった際に、山田正紀が指摘した欠点(最大の山場が書き切れていないこと)を伝えると、「書けます。書きます」と答えたことが強く印象に残っているという。 続いて、「皆勤の徒」で第2回創元SF短編賞を受賞した酉島伝法がリモートで登場。酉島は関西在住。受賞作品の「皆勤の徒」を始めとして、独特の世界観と文体を特徴とする酉島は、第1回創元SF短編賞にも応募していたが2次選考で落選。第1回の最終候補作を収録したSF短編集『原色の想像力』を読み、「(いずれもクオリティが高かったので)もっと力を入れて書かないといけない」と意気込んで第2回に応募したという。高山羽根子は「皆勤の徒」を「美文の作品だと感じた」と評価した。大森は「長編の賞は尖った作品は取りにくい。短編のほうがいろいろなものが受賞しやすい」とコメントした。 今年第163回芥川賞を受賞し、話題となった高山羽根子は、「うどん キツネつきの」で第1回創元SF短編賞佳作を受賞している。選考で「うどん キツネつきの」をつよく推したのは大森望だった。 大森は、「選考会ではSF味が薄いという意見が出て、これがいかにSFかを力説したが、また大森が口から出まかせを言っていると思われて、心外な気持ちになった(笑)」と当時の記憶を回顧した。SFという言葉について、高山は「ガルシア・マルケスがSFであるかどうかみたいなことを考え出してもしかたがないし、ここまでがSF、ここからがSFといった区別は考えていない。作品自体を腑分けするときのメスのひとつだと思っている。例えば『カメラを止めるな!』のような映画もSFとして観ることはできる。そうしたメスとしてのSFを自分は研いでいきたい」と語った。 ゲンロン 大森望 SF創作講座の出身で、第10回創元SF短編賞を受賞したアマサワトキオも中盤から登壇しトークに参加。アマサワは第10回創元SF短編賞に、受賞した「サンギータ」を含めて3本の小説を投稿していた。これについては小浜は、複数作品が応募されると、一番できの悪いものを基準に評価するのでお勧めできないと指摘。それでも受賞に至ったのは、受賞作の完成度ゆえだろう。アマサワは現在東京創元社より第1短編集を準備中とのことで、楽しみに待ちたい。
文芸の未来
鼎談の終盤では小浜が、SFのみならず文芸全体への熱い思いを語る一幕もあった。 90年代にSFの役割は終わったと言いたがる困った人も多いが、そんなことはない。たしかに小説は売れなくなっているが、SFが売れなくなったからか、文芸全体が売れなくなったからかは同時に考えられなければならない。SF自体も変化している。新しい作家を送り出すときにも、いまの読者に受け入れられるかはいつも不安だ。なにが新しいSFのスタンダードなのか。その小説がどういった層の、どれくらいの数の読者に受容されるのか考えながら、ゲンロンの創作講座やノベルジャムにもコミットしている――。 大森はこの話を受けて、日本SFの可能性について語った。ポリティカル・コレクトネスと多様性を意識しすぎるあまり逆に定型化した世界SFに、中国発の『三体』が風穴を開け、広くグローバルに受け入れられた。しかしそれは、中国SFではなく、日本SFでもよかったはず。日本SFには1973年、小松左京『日本沈没』が国内で大ベストセラーになったときにそのチャンスがあったが、それを棒に振ってしまった。今後50年ほどの長いスパンのなかで、日本人作家から『三体』のような世界を揺るがす作品が出てきてほしいと思いを語った。
SF作家たちの横のつながり
レポートで紹介したトークの合間合間には、ゲスト作家の創作論や、小浜や大森の編集観、新人賞の裏話などが贅沢に語られた。 特に繰り返し語られたのはSF作家たちのコミュニティ性の強さだった。宮内や高山が友人たちと車に相乗りして文学フリマ大阪へ遠征した話(宮内は「受賞後は、自分にとって第二の青春とも呼べる時代だった」と振り返った)や、アマサワが受講していたSF創作講座の同期たちの話など、同じ出自をもつ作家の連帯が強調された。SFというジャンルはファンダムによって支えられてきた歴史もあり、人と人とのつながりがいかに重要であるかを再確認させられるイベントとなった。 3名の鼎談という形で始まったイベントだったが、蓋を開けてみれば同賞出身の作家3人が飛び入り参加。壇上には4つの椅子が並べられ、さらに小浜や宮内が壇上手前にしゃがみながらマイクをもってトークに加わる場面もあった。壇中央に設置された中継用ディスプレイには酉島の顔があり、動画には最大で6人の姿が映し出されていた。その映像自体が、SFというジャンルの特性と強みを何よりも雄弁に語っていたと言える。是非その光景を、配信動画にて確認してほしい。(遠野よあけ) ゲンロン中継チャンネルでは、番組をタイムシフト公開中(10月16日まで)。都度課金1000円で、期間中は何度でも視聴できます。 URL=https://live.nicovideo.jp/watch/lv328292349
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20201008/)
遠野よあけ