【 #ゲンロン友の声|039】大学院進学に漠然とした不安を抱えています

シェア
webゲンロン 2026年4月7日配信

こんばんは。4月から理系博士課程に進学します。研究を始めた当初の楽しさから、勢いで進学を決めた側面もあります。そのため、楽しみな反面、同期が社会人となっていく今になって、この先の3年に漠然とした寂しさや不安が芽生えつつあります。考えすぎと映るでしょうか?あまり気負わず、なんとなくで漂っていてもいいものでしょうか。東さんはどんなマインドで大学院生活をされていましたか。(愛知県・20代・男性・会員)

 進学おめでとうございます。

 さて、ぼくがどんな「マインド」で大学院生活をしていたかという質問ですが、たいしてなにも考えていませんでした。むしろ質問者さんよりまずかったかもしれません。

 ぼくの経歴を簡単に書きますと、ぼくはまず筑波大学附属駒場中学という国立大附属の中学校に入学していて、そのまま高校にあがっているのですが、これって名前からわかるとおり東大の駒場キャンパスに近いところにある学校です(住所は世田谷区ですが、ほぼ似た場所です)。ぼくはたまたま別の路線から通っていましたが、生徒の大半が利用するのは井の頭線の駒場東大前駅です。

 それで、ぼくはそのまま高校の近くにあった大学である東京大学に進学した。おまけに、東大というのはすべての学生がいったん駒場に所属するものの、大部分は3年次から文京区本郷のキャンパスに移動することになっているんですが、ぼくは専門を変えてまで駒場に残って、だらだらと同じく駒場にある大学院に進み、博士課程まで居ついてしまった。つまり、ぼくは12歳の中学入学から27歳の博士号取得まで、ずっと狭い界隈でうろうろしていたひとなんです。そんな決断、というか非決断を支える動機はなにかといえば、いま振り返るに、徹底したモラトリアムというか、つまりは中学生のころから親しんでいた環境から外に出たくないという、おそろしく怠惰で保守的なメンタリティに支配されていたからだと言うほかない。実際、のち大学から離れていることからわかるとおり、ぼくは研究についてだってたいしたヴィジョンをもっていなかった。

 こんなふうに書くと、いやそんなことないだろう、おまえは院生のころから文芸誌含めメディアで仕事していたはずだし、博士論文もすぐ本になっただろうとツッコミが入りそうですが、当時のぼくはそういうのに対してもかなり受け身で、まわりのひとが褒めてくれるので文章を書く、メディアに出るという感じで、それがどう将来のキャリアと関係するのか、研究者として大学に残るとはどういうことなのか真剣に考えていなかったし、まったく想像ができていなかった。むしろ、30代半ばくらいになるまで(!)、基本的には社会に出たくなかった。家で引きこもって好きな本とかゲームとかやり続けていたかった。実際、そういう精神で書かれたのが『動物化するポストモダン』です。

 しかし、そんなダメダメなぼくも、世の中で揉まれ、いろいろ嫌なことを経験したり、会社のためお金を借りたりしているうちに「成熟」し、あるていど読者の信頼を獲得することに成功して、自分の会社で著書を出し、こんなサイトで人々の質問に答える立場にもなることができた。このように書くとこんどはそりゃおまえには才能があったからだろうとかいう声が聞こえてきそうですし、実際なんとか結果に辿り着いたということは能力がなかったとは言えないと思いますが、しかし、繰り返しますが、ではそんなぼくが大学院生のころ、しっかりしたヴィジョンなり「マインド」なりをもっていたかといえば、絶対にそんなことはない。ぼくはとても甘えていて、それこそ「なんとなくで漂って」いたひとでした。

 というわけで、お答えです。質問者さんはそのままでよいと思います。むろん、早くも「社会人」として大人になったまわりと自分を比べ、焦ってもいい。でも焦らなくてもいい。人生はどう転ぶかわからない。早く大人になったからといって成功するわけでもない。ずっと子どものまま、モラトリアムのままでいたって、才能と幸運があれば突然成功するかもしれない。そしてその成功がどんなかたちになるかはわからない。人生は多様なので、成功にもさまざまなかたちがある。

 とにかく、以上のような経歴を辿ってきたぼくに言えるのは、博士課程を出たあとでも、ひとはいくらでも成長するし、人生は変わりうるということです。博士課程の3年間について特別に気負う必要はありません。

 そもそも、こんなふうに会員の悩み相談に答えたり、シラスで突発したりしているいまの状況を大学院生当時のぼくに伝えたら、たいへん驚き、いったいそれのなにがクリエイティブなんだ、哲学はどうなったんだ、本は書いているのかと激詰めしてくると思います。当時は配信なんて概念は存在しなかったし、言論人の立場もいまとまったく違った。でも時代の変化のなかでぼくは変わることができた。それは「なんとなくで漂って」いたからです。人生とはそういうものです。(東浩紀)

東浩紀

1971年東京生まれ。哲学者、ZEN大学教授。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。著書に『存在論的、郵便的』(第21回サントリー学芸賞)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015)、『観光客の哲学』(第71回毎日出版文化賞)、『ゲンロン戦記』、『訂正可能性の哲学』、『訂正する力』、『平和と愚かさ』など。
    コメントを残すにはログインしてください。

    ゲンロンに寄せられた質問に東浩紀とスタッフがお答えしています。
    ご質問は専用フォームよりお寄せください。お待ちしております!