演劇に自由はあるのか、あるいは可視化される孤独の問題 ロシア語で旅する世界(12)(抜粋)──『ゲンロン15』より|上田洋子
これにあわせて、上田が雑誌『ゲンロン』にて連載中の「ロシア語で旅する世界」の最新回(『ゲンロン15』所収)の冒頭部分を無料公開します。
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上田洋子 聞き手=清水知子「インターネットは現代文化のストリートである──日本ロシア文学会大賞受賞記念トーク」
URL=https://genron-cafe.jp/event/20231223/
2023年6月23日、ロシアの政商(オリガルヒ)エヴゲーニイ・プリゴージンと彼の民間軍事会社「ワグネル」が反乱を起こした。民間軍事会社とはその名の通り、民間で傭兵を集めて軍事的な役割を担う会社で、ロシアに複数あるとされる[★1]。中でもワグネルはウクライナ戦争での活動とプリゴージンの巧みな(あるいはしつこい)SNS使いが功を奏して、一気に世界で知られるようになった。メジャーになった、と言ってもよい。
プリゴージン率いるワグネル軍は、ウクライナから戦車の隊列を引き連れてロシア南部のロストフ・ナ・ドヌーに入り、軍事拠点を制圧。そのまま北上して次々に街の制圧を宣言していく。しかし、途中で引き返した。引き返すにあたってプリゴージンは、「ワグネルを解体されそうになったので、われわれは『公正の行進』というデモを行い、モスクワまで200キロの地点まで来た。その間、身内の血を流すことは一滴たりともなかった。今後は身内の血が流れる可能性が出てきたので撤退する。ロシアの血は流さない」と宣言した[★2]。
反乱の詳細については政治や軍事の専門家が議論しているのでそちらに任せるが、いくつか気になったことがある。ひとつはプリゴージンが用いた「公正の行進 марш справедливости」(マルシ・スプラヴェドリヴォスチ)という表現である。「マルシ」といえば、軍事用語では「行軍」という意味があるが、同時に、デモやパレードの行進にもこの同じ「マルシ」という言葉が使われる。2012年にはモスクワで「100万人の行進 Марш миллионных」という反プーチンデモがあった。クリミア侵攻直後の2014年3月には、同じくモスクワで「平和行進 Марш мира」という反戦デモがあった。2005年から行われている右派による「ロシアの行進 Русский марш」という愛国デモもある。考えてみれば、なんらかの要求を掲げたり、意思を誇示したりしながら行う行進には、結果を勝ちとるための闘いという側面もあるので、いくら平和的に行われていても「行軍」と変わらないのかもしれない。
「行進」による意思表明は、ロシアでしばしば行われてきた。思えば、独ソ戦の戦勝記念日の、祖父母の肖像を掲げた顕彰パレード「不死の連隊」も行進だ。歴史的に考えると、「十字行」というロシア正教の行進がある。聖人のお祭りや復活祭に、イコンを掲げる聖職者たちに続いて信徒たちが教会や聖なる場所まで練り歩くのである[図1]。
もうひとつは行進の動画である。ワグネルのモスクワへの行進ないしは行軍の情報は、おもにSNSで拡散された。効果的な動画や写真、プリゴージンの威勢のいい言葉がクローズドのSNSでテンポよく公開され、インターネットメディアはリベラルも保守もこぞってそれを拾い上げ、地図の資料を作るなどして読者・視聴者に伝えた。もっとも、行軍の全容が数で示されること、つまり実際に戦車が何台出動し、ワグネル2万5000人のうちのどれだけが参加しているのかが明らかにされることはなかったように思う。それに、ウクライナ国境からロストフ・ナ・ドヌーまでの約140キロの道のりをどう進んできたのだろうか。数百人か数千人の部隊と戦車の隊列が進軍してきたならば、ロストフ・ナ・ドヌーに着くまでに見つけられて報道されてもよさそうではないか。プリゴージンがSNSにいい感じの投稿をして紡ぎ上げた物語を、人々は鵜呑みにしすぎたのではないだろうか。
プリゴージンはIRA(Internet Research Agency)という情報会社を持ち、長年にわたって世界中にフェイクニュースを流してきた。物事を大きく見せて人々の好奇心を煽り、常識的な判断を壊していくことなど、彼にはわけないことだっただろう。巧みなSNS使いは、今回の戦争の行方を左右する力を持つ。それはウクライナのゼレンスキー大統領を見ていても明らかだ。ところが、反乱の2カ月後、プリゴージンは飛行機事故であっさり亡くなってしまった。暗殺説が濃厚だが、過剰なパフォーマンスは命取りとなったように思われる。
Facebook の反戦詩人
話は今年の5月4日まで遡る。日本ではゴールデンウィークの最中である。わたしは家でPCに向かい、ある論考を書いていた。資料も電子書籍で読んでいたのでずっとPCと睨めっこで、ときどき Twitter(現X)や Facebook で箸休めをする。そんなとき、詩人で演出家のジェーニャ(エフゲニヤ)・ベルコヴィチが家宅捜索を受けたのち拘束されたというニュースが流れてきた[図2]。戦争が始まって以来、Facebook はロシアでは遮断され、VPNをかませないとアクセスできなくなったので、ロシアからの投稿は圧倒的に減ってしまったが、それでもまだ少数のアクティヴなユーザーが残っている。ベルコヴィチはそのひとりだった。
彼女は戦争開始後も、以前と変わらず日々なんらかの投稿をしていた。わたしはコロナ禍の時期に、彼女が演劇の検閲に関するオンライン討論に参加しているのを視聴したことがあった。自分の意見を明晰に語る、感情が豊かで媚のない振る舞いに好感を抱いたのを覚えている。おそらくこのときに彼女に興味を持って、友達申請ないしはフォローをしたのだろう。彼女のアカウントは5月の初めに削除されてしまっており、もはや確認のしようもないのだが。
ベルコヴィチは戦争開始後も投稿を続けただけでなく、相変わらずマイペースで率直な発言をしていた。あるときは、書き上げたばかりの詩が発表される。かと思えば、日常について。たとえば思い立ってスキンヘッドにした話。娘たちが言うことを聞かなくて、本当にしんどいという話。彼女は障害を抱える女の子ふたりを養女として引き取って家族にしていて、ふたりのことをとても大切にしているのだが、ときに親としてのふるまいより自己愛を優先したくなって揺らぐ気持ちを率直に書いていた。そうした日々の投稿の中に、戦争を厭う発言が交ざっていった。
わたしは彼女の勇敢さに魅了され、同時にその無防備さに心配でピリピリしながら、投稿を追いかけていた。そして、こんなあからさまな反戦表明が許されているのだから、ロシアもまだ捨てたものではないと、勝手に一縷の望みを託していた。
とくに印象に残る作品があった。詩の主人公はセルゲイ。愛称はセリョージャ。おそらく、1985年生まれのベルコヴィチと同世代なのではないだろうか。ある飲みすぎた夜、彼の元に死んだはずの祖父が現れて、「セリョージャ、話があるんだよ」と呼びかける。続きの一部を引用しよう。
できれば、かわいい孫よ、
フェイスブックにわしのことを書かないでくれないか。
どんな文脈であれやめてほしい、ゼットの文字があろうがなかろうが。
[……]
わしの名で勝利の話をするのはよしてくれ。
[……]
それに、[……]
パレードにわしを担ぎ出さないでくれんかね。
頼むよ、[……]
連隊なんて、飽き飽きなんだよ。[★3]
これは、先に「行進」に言及した際に触れた、独ソ戦戦勝記念日の「不死の連隊」についての詩である。この、「不死の連隊」のことは、本誌でも何度も取り上げてきた。それがどれだけロシア社会に根づき、年中行事となって、愛国的アイデンティティの基盤を形成しているかは、『ゲンロン13』に訳出された、アレクサンドラ・アルヒポワ[★4]ら人類学者たちによる論考「祝祭になる戦争、戦争になる祝祭」とその解題を参照してほしい。独ソ戦の勝利、すなわちナチスドイツに対するソ連の勝利は、プーチン政権下で、「ロシア(ソ連)こそがヨーロッパをファシズムから救った」と読み替えられた。そして、ソ連崩壊後、冷戦に敗れて自信を失った人々のアイデンティティ回復に用いられた。「不死の連隊」は2012年に、戦勝記念日をたんなる象徴的なお祭りではなく、実際に戦争で戦ったひとたちを思い出す日にしたいという市民たちの草の根運動として始まり、いまやロシア全土で1000万人以上の人々が参加するようになった。
ベルコヴィチの詩は、そんなロシア人の心の行事に対して、「ちょっと待って」と疑問を投げかける。果たしてわれわれの祖父母は、不死の連隊に駆り出されることを喜んでいるだろうか、と。彼らは戦争で苦しんだ。ドイツで戦って捕虜になり、解放されて喜んだのも束の間、祖国に帰って拘束され、収容所に送られた者も少なくない。健康や、身体の一部を失ったひともいる。なにより、従軍したひとは、誰もが過酷な戦場で過ごし、友や同僚を失った。
彼らは戦場で、自らの意に沿おうが背こうが、ひとを殺さねばならなかった。詩の中の祖父は言う。戦勝パレードに駆り出さないでくれ、と。戦争はうんざりなんだと。彼だって、戦争に「好き好んで行ったわけじゃない」のだ。
この詩は2022年5月11日、ウクライナとの戦争が始まった年の戦勝記念日の2日後に発表された。9月14日には、元モスクワ芸術座の人気俳優、アナトリー・ベールイが、独立系メディア「ドーシチ Дождь」(雨)の YouTube チャンネルの反戦詩朗読番組「ロシアの教訓」で、この詩を朗読した[★5][図3]。ベールイは2021-22年の劇場シーズンを22年の夏に終えたあと、反戦表明とともに芸術座を辞め、国外に出ていた。ドーシチもまた、この戦争をきっかけに国外に拠点を移していた。
ベールイは鈴木忠志がモスクワ芸術座で演出した『リア王』(2004年)で、タイトルロールを演じていた。わたしは静岡と利賀の公演で字幕を担当し、通訳も補佐していた。鈴木演出作品の演技は、慎重にコントロールされた身体の動きと発声法を用い、リアリズムの演劇とは少し異なる。ベールイは自分に求められているものを把握し、訓練を積んで、エネルギーの緻密なコントロールのもと、幻覚を見る狂気のリア王を演じた。あの感動は忘れられない。そんなベールイが、祖国から離れ、モスクワ芸術座からも離れて朗読するベルコヴィチの詩は、先の見えなくなってきていた戦争に疲弊し切ったわたしの心に強く訴えかけた。動画が公開された2022年9月14日は、ロシアで部分動員が宣言される1週間前である。
『爽やかな鷹のフィニスト』
今年の5月4日に話を戻そう。この日、最初にベルコヴィチについての情報を目にしたのは、彼女の母で人権活動家のエレーナ・エフロスの投稿だったように思う。すでに書いた通り、ベルコヴィチが家宅捜索を受けてそのまま拘束されたということだった。同時に、彼女のアカウントが消えていることが話題になっていた。そういえば、毎日のように流れてくる彼女の独り言をその日も前日も目にしていなかった。その数日前だったと思うが、彼女は自分ならドンバスの子どもたちを養子にするだろうか(彼女は「する」と言うのだが)、と思考する投稿をして、炎上していた。
しばらくして報道が出た。ベルコヴィチには「テロリズム擁護」という、あり得ない嫌疑がかけられていた。2021年の演出作品、『爽やかな鷹のフィニスト Финист, ясный сокол』が問題になったという。同作の劇作家スヴェトラーナ・ペトリイチュク[図4]も同じ容疑で拘束された。(『ゲンロン15』へ続く)
★1 “200-300 тысяч рублей каждому”. “Важные истории” расследовали, как российские олигархи поставляют армии РФ наемников для войны в Украине. // Настоящее время. 03.08.2023. URL=https://www.currenttime.tv/a/vazhnye-istorii-rossiyskie-oligarhi-postavlyayut-armii-rf-naemnikov/32530791.html
★2 «Получается, в России появился человек, у которого есть власть над Путиным». Чем был мятеж Пригожина, кто в нем выиграл и какие будут последствия? // Republic. 26.06.2023. URL=https://republic.ru/posts/108882
★3 この詩はネット上の複数のサイトに記録されている。たとえば жемчужИна というユーザーの、逮捕から5日目の2023年5月8日のブログサイトを参照。URL=https://neznakomka-18.livejournal.com/821996.html
★4 著者のひとりであるアルヒポワは、2023年5月26日に法務省から「外国エージェント иностранный агент」、つまり国外から金銭をはじめとするなんらかの援助を受けている個人に指定された。理由は、「外国エージェントが作成した資料を、不特定多数の人々向けに作成したり拡散したりし」、「ロシア政府と軍人の活動について疑わしい情報を拡散し、また特別軍事作戦に反対した」ことだった。
★5 «Я был бы рад, если бы ты не носил меня на парад». Уроки русского: Женя Беркович. // Телеканал Дождь. 14.09.2023. URL=https://www.youtube.com/watch?v=saiAFmgZ-Yg&t=1s
上田洋子