東京ダークツーリズムガイド !?(1)|ゲンロン編集部

シェア
初出:2013年10月1日刊行『ゲンロン通信 #9+10』

「ダークツーリズムとは、災害や戦争をはじめとする悲劇にまつわる場所を訪れ、悲しみを共有し、死を悼む観光形態である[……]。(井出明「ダークツーリズム入門」、#1「ダークツーリズムとは何か」)


 本誌連載の「ダークツーリズム入門」や、『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』でダークツーリズムに興味を持った方も多いだろう。しかし、これまでに紹介されたスポットは、どれもなかなか気軽に訪れることが難しい。そこで編集部では、東京近郊で気軽に訪問できるダークツーリズムスポットを実際に訪れ、その模様を紹介することにした。

 とはいえこの「ダークツーリズムスポット」、本当に悲惨な事件が起きた現場を巡る……というわけではない。東京近郊には、悲劇の地と「たまたま」同じ名前を持つ建造物や店舗がいくつも見られる。それらを紹介し、実際に訪問しつつ、その「名前」が持つ意味、悲劇性について考える……というのが、本連載の趣旨である。

01 あの世界貿易センタービルが、浜松町の駅前に……!?



もうひとつのWTC

 はじめに紹介するのは、港区浜松町にそびえ立つ世界貿易センタービル★1。この名前を聞くとどうしても連想してしまうのが、ニューヨークの中心街に並び立ち、マンハッタンのシンボルでもあったツインタワーだ【写真1】。ご存じの通り、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件により、このツインタワーにはハイジャックされた2機の飛行機が飛び込み、2600名以上が犠牲になった。
 

写真1 2001年3月のワールドトレードセンター(ニューヨーク)“World Trade Center, New YorkCity - aerial view (March 2001)”(Author:Jef fmock, CC-BY-SA-3.0) http://commons.wikimedia.org/wiki/File:World_Trade_Center,_New_York_City_-_aerial_view_(March_2001).jpg
 

 ふたつのビルには名前が同じである以上のつながりはないが(実のところ、同名のビルは世界各地に数十棟見られる)、9・11以後都市型テロへの懸念から、浜松町の世界貿易センタービルでも特別警戒体制が取られている【写真2】。

 
写真2 入口には「特別警戒実施中」の掲示がある
 

 ほとんどのフロアはオフィスで占められているが、低層部にはレストランやショップが並び、レジャー目的でも十分楽しめる。別館2階の文教堂書店浜松町店は550坪のゆったりとしたフロアに、ベストセラーから専門書まで、幅広いラインナップを揃えている。編集部がとくにおすすめしたいのは、書店入口近くのおみやげ店だ【写真3】。観光名所にありがちなキーホルダーやキティちゃん、さらにはキャラクターもののトランプなど、いかにもひと昔前のおみやげ店といった品揃えを楽しむことができる。
 

写真3 都心では珍しい「ザ・おみやげ屋さん」といった趣き
 

中には神社も……

 40階は展望台となっており、地上152メートルからの眺望を楽しめる(有料、高校生以上620円)。1階入口に貼られたポスター【写真4】が若干不安を誘うが、専用エレベーターで到達する40階フロアはゴージャスな作りで、椅子やソファに腰掛けながら、ゆったりと東京の街並みを見下ろすことができる。世界貿易センタービル自体は1970年竣工(当時は日本一の高さだった)だが、この展望台は3年前に全面リニューアルされている。写真で紹介することができないのが残念だが、東京スカイツリーからお台場まで、23区東部を一望することができ、なかなかの穴場と言えそうだ。展望台には独自のおみやげもあり、ピンバッジのほか、この日はちょうど「宇宙グッズ」フェアが行われており、宇宙食を模したスナックなどが販売されていた【写真5】。

 
写真4 ポスター以外はクールなのだが……
 

写真5 ピンバッジと宇宙食(もどき)。味については明言を避ける
 
 もうひとつの隠れたポイントとして、3階中庭のみなと稲荷神社[写真6]もチェックしてみよう。地域住民やテナントの安全と繁栄を祈願して造営されたもので、境内には手水舎ちょうずやもある。東京の街が平穏であることへの感謝と祈りを捧げ、手を合わせる。

 
写真6 平和への感謝と祈りを込めて手を合わせる
 

 JRと東京モノレールの浜松町駅とは直結しており、アクセスも抜群。地方から上京された際にも、ぜひ一度立ち寄ってみて欲しい。気軽にニューヨーカー気分が味わえるはずだ。

 
世界貿易センタービル 東京都港区浜松町2-4-1 JR・東京モノレール浜松町駅、都営地下鉄大門駅と直結 ☎03-3435-3711/10:00-20:30(展望台)
 

02 環七通りの交差点に、板門店があった!!



本場の味を手軽に

 次にご紹介するのは、大田区馬込の老舗焼肉店、その名もずばり板門店だ【写真7】。創業46年目と歴史は古く、本場の味を手軽に楽しむことができる。世界貿易センタービルから最寄りの馬込駅までは、都営地下鉄浅草線を利用し14分。駅からは歩いて11分ほどだ。環七通りに面し、車でのアクセスも便利。

 
写真7 ネオンサインが妖しく光る
 

 肉はA4およびA5等級の和牛を提供【写真8】。ふつう焼肉店では皿ごとのオーダーが一般的だが、板門店では1枚単位での注文が可能。食べたことのない部位の肉を試してみたい……といったときには最適だ。また、平日限定のセットメニューも充実しており、比較的安価で本格和牛焼肉を楽しむことができる。また、ダークツーリズムポイントとして見逃してはならないのは済州チェジュマッコリ。済州島はいまでこそリゾート地として知られているが、『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』でも触れられているように、李承晩政権下で赤狩りの対象となり、数多くの住民が拷問や虐殺に遭い、人口が激減したという歴史を持つ。1杯頼んでみると、自家製のマッコリもサービスでついてきた【写真9】。こちらもまろやかな風味で、取材を忘れてどちらも飲み干してしまった。
 

写真8 和牛盛り合わせ
 

写真9 左が自家製マッコリ、右が済州マッコリ
 
なぜ「板門店」なのか?

 さて、板門店といえば、1953年、朝鮮戦争の停戦協定が結ばれた、北朝鮮と韓国の軍事境界線(38度線)上にある村であり、境界線そのもののことも指す。かつてはベルリンの壁と並ぶ冷戦の象徴とされ、冷戦崩壊後もなお、緊張状態が続いている。1953年にはアメリカ軍将校が殺害される「ポプラ事件」が発生しており、いままで何度か亡命事件の舞台にもなっている。その一方で、同名の焼肉店は日本各地に存在する。なぜこのような店名が一般化したのだろう。帰り際に店主の朴大碩さんに聞いてみると、ほかの店はわからないが……と前置きした上で、こんな話を聞かせてくれた。

 この店は創業当時から、環七通りと他の道路が交わる地点に位置していた。そこで、いまは韓国と北朝鮮はばらばらになってしまっているが、ふたつの地域がいつか交差し、融和が達成されるように……との祈りを込めて、この店名は名付けられたのだという。半ば興味本位の質問から、思いがけないエピソードを聞くことになった。馬込駅までの帰り道、人為的な境界線がもたらしてきた悲劇に対して、いつの間にか思いを巡らしていた。

 
焼肉・板門店 東京都大田区山王2-42-7 都営地下鉄馬込駅から徒歩11分、JR大森駅から徒歩12分 ☎03-3771-0202/17:00-翌2:00(LO1:30)
 

03 お詫びの切り札!? 新正堂の切腹最中



腹を切って詫びたいときに

 さて、東京に隠れたダークツーリズムスポットを巡ったら、最後におみやげを買って帰ろう。世界貿易センタービルや板門店とは少し性格が異なるが、港区新橋の和菓子店・新正堂【写真10】には、「切腹最中」【写真11】なる名物がある。名は体を表すかの如く、最中の皮からは餡がはみ出ている。一瞬ぎょっとする一品だが、「お詫び用のみやげ物」として評判を呼び、たびたびメディアでも取り上げられている。

 
写真10 店名は「新橋」と「大正」に由来する
 

写真11 写真手前が切腹最中、奥が義士ようかん
 
 新正堂は大正元年(1912年)創業の老舗中の老舗で、現在は3代目の渡邉仁久わたなべよしひさ氏が店主を務める。切腹最中を考案したのも渡邉氏で、周囲の反対を押し切って商品化したところ、ヒット商品になったのだという。じつはこの新正堂、移転前は「忠臣蔵」で有名な浅野内匠頭が切腹を遂げた田村右京太夫邸跡に位置していた。環状2号線の整備に伴い現在は近くに移転しているが、近くには「浅野内匠頭終焉之地」【写真12】の石碑も残る。店内にも田村右京太夫邸の図面など、往時を偲ぶ展示がある【写真13】。

 
写真12 手には切腹最中、石碑とともに記念写真を撮影
 

写真13 赤穂浪士や新正堂の歴史に関する展示が並ぶ
 

 じつのところ、編集部はたんに「切腹」というネーミングに惹かれておみやげに選んだのだが、店内の展示を見るうちに、ここが本来の意味のダークツーリズムスポットであり、それをうまく逆手に取って商品展開なされていることがわかる。切腹最中のヒットもあり、いまでは忠臣蔵関連の商品はさらに充実している。

 赤穂浪士の討ち入りから310周年の2012年12月14日には、「義士ようかん」も発売された【写真14】。パッケージを飾るのは歌川国芳の武者絵をベースにした義士たちの肖像。義士47人に、「義」の1文字が描かれた1本を加えた48本組というわけだ。店内ではバラ売りもされており、「推し義士」のようかんを選んで買うこともできる。
 編集部はリーダー・大石内蔵助と、「高田馬場の決闘」で有名な堀部安兵衛の2本を購入。味も本練、黒糖、抹茶、さくら、そして赤穂の塩と多彩で飽きさせない。

 
写真14 義士ようかんセット、11000円也
 

 本当はおみやげのつもりで買った最中だが、天気の良さにも誘われて、つい店頭でひとつつまんでしまった【写真15】。一口かじると元からはみ出したあんこがさらにはみ出し、口の中にもいっぱいにあんこが広がる。店員さんがサービスで出してくれたお茶を飲み干し、ほっと一息ついて店を出た。ゲンロンのオフィスに戻っておみやげの切腹最中を差し出しながら、ちょっとお詫びの気持ちがこもっていたのは内緒である。

 
写真15  購入した菓子は店頭ですぐに食べられる
 

 
新正堂 東京都港区新橋4-27-2 JR・東京メトロ・都営地下鉄新橋駅から徒歩7分 ☎03-3431-2512/9:00-20:00(平日)・9:00-17:00(土)、日祝休業
 

撮影=編集部

 

★1 *編集部注:2021年6月30日に、建て替えのために閉館した。
    コメントを残すにはログインしてください。