「それでもやっぱり変わらない」を生きる──『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』刊行記念対談(前篇)|宮台真司+東浩紀

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初出:2013年10月1日刊行『ゲンロン通信 #9+10』

 ゲンロンと東浩紀が総力を投じた『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』。同書の刊行にあたって、意外な人物がゲンロンカフェに登場した。
 緻密なフィールドワークをもとに、『終わりなき日常を生きろ』など数多くの話題作を生み出した社会学者、宮台真司氏。311以降は、原発問題についても活発な発言をしている。
 残念ながら『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』は対談当日は未完成。それでもゲラを読み込み登壇した宮台氏は、東を相手に、氏ならではの鋭い指摘を次々と投げかける。多くの論点を総ざらいしたこの対談は、福島第一原発観光地化計画の進むべき道を予言している。
 宮台氏と東、ポップカルチャー批評で時代を席巻した2人が、チェルノブイリと福島を話題にして相まみえる。2010年代の批評のリアルはここにあるのかもしれない。
※本記事のもとになったイベントの動画はVimeoにて公開しております。こちらのリンクからお求めください。

チェルノブイリは議論を尽くしたうえで浮かび上がろうとしている


東浩紀 今日はありがとうございます。また半年ほどご無沙汰してしまいました。

宮台真司 お久しぶりです。社長としてもバリバリとお仕事をされているようで、物理的にもさらに大きくなられたような……。

 物理的に大きくないと、社員に威圧感を与えられないもので(笑)。

宮台 あははは、やっぱりそういうものですか。

 今日は弊社『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』の発刊記念イベントということでお越しいただきました。けれどもあいにく発刊が延びてしまいまして……。ゲラをお送りさせていただいたんですが、パラパラとでも読んでいただけたでしょうか。

『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(ゲンロン)


宮台 拝読して感動しました。東くんの「福島第一原発観光地化計画」って、最初は思いつき半分だろうと考えていたんです。ところがどっこい、現実にこれほど分厚い「チェルノブイリの観光地化」の実態が存在していた。すごく驚きました。しかも、本当にこの3-4年の間で「チェルノブイリの観光地化」が進んだという話。なんという時の運に恵まれた人だろうとも(笑)。

 褒めていただけてよかったです。「思いつきだけでうまくやりやがって!」ということじゃないですよね?

宮台 たぶん(笑)。

 宮台さんは福島第一原発事故以降、さまざまな発言をされています。ぼくは今回のチェルノブイリ取材では、福島をどう語るかということについて、ひとつの新たな視点を提示したつもりです。「観光地化」という提案については、どう思われましたか?
宮台 原発事故に限らず、何事につけ忘却に抗うのは大切です。そのためならなんでもやるべきでしょう。ぼくたちは、日常生活を送りながらノイジーなものを忘れていきがちです。理由は認知的整合性理論が説明してくれるとおりで、日常の自明性に整合しない事柄を、忘却を含めて整合するように体験加工する傾向です。

 加えて、日本社会のコミュニケーションは、“共同体的前提の同一性”に対するこだわりがとても強いでしょう?

 共同体的前提とは異なる前提に立つとコミュニケーションが難しくなるので、忘却に向けてさらに動機づけられます。

 前提となる立場や認識が共通でないと、コミュニケーション自体が成り立たない。つまり、異なる立場や少数派のものの見方は、話題にものぼらなくなってしまうということですね。

宮台 ええ。この忘却癖に抗うには、「福島第一原発の観光地化」も不自然なアイディアではありません。原爆ドームの前例もあるし、むしろ必要じゃないかと思います。それがどんな種類の問題であれ、忘れてしまわない限りは議論を続けられるからです。議論が途絶えることは、再び〈フィクションの繭〉に閉じ込められることを意味します。

 そのとおりです。福島の復興、そして日本の未来を考えるためには、事故の記憶を次世代に伝え、議論し続けていくことがまず必要だと思っています。

宮台 災害は“社会が沈む”ことです。だからこそ、どう“浮かび上がる”かが問われます。たまたま今日、ぼくが関わっている教会関連の集まりで「洗礼」について話してきたところです。洗礼はギリシア語の「バプテスマ」ですが、もともとの意味は「洗う」ではなく「沈める」。深く沈めた後に浮かび上がらせるという「死と再生」のメタファーです。

 チェルノブイリ原発の事故から27年も経つからか、東さんが編集されたこの本では、一度は“沈んだ”チェルノブイリが、どういう方向に“浮かび上がろう”としているのかが、目に見えます。その具体的なイメージが、福島が“浮かび上がる”べき方向について重大なヒントをくれます。その意味で、この本の意義はものすごく大きいですよ。

多くの議論が尽くされた末に


 ありがとうございます。ぼくが今回、チェルノブイリを訪れて感じたのは、思っていた以上にさまざまな議論の蓄積があるということです。この本では8人のウクライナ人にインタビューをしているんですが、チェルノブイリをどう未来に残していくかということに対して、すでに多くの論点が出ているんですよね。いろんな紆余曲折があったうえで、それぞれ違う立場からみな「観光地化」には賛成というのがとても印象的でした。

 日本では311以降、チェルノブイリについての報道がたくさん出てきました。けれども多様な論点があったとは言いがたい。今回、ぼくたちがウクライナにいたのは6日間、取材にあてることができたのは4日間なんです。たった4日間の取材でも、日本でいままで報道されていないことが実に多くわかった。裏返すと、いままでのチェルノブイリ報道の偏差というか、特定の視点がわかってしまったところがあります。被災者はいまでも健康被害に苦しんでいて、廃炉作業は終わりが見えない、しかしウクライナ政府は原発を推進している、それだけで終わっているんです。

宮台 奇しくも今日の朝日新聞にその類いの記事が出ていました。

 もちろんそれは真実なんです。だけど、同時に別の側面もあって……。たとえば、今回インタビューしているアレクサンドル・シロタさん(国際NPO「プリピャチ・ドット・コム」代表)という方がいます。彼は小学生の時に原発のすぐそばの街・プリピャチで被災したんですが、いまはNPOを立ち上げて、ゾーン(原発周辺の立入禁止区域)に国内外からの観光客を案内している。彼は自分が生まれ住んだ街をもっと多くのひとに知ってほしいと願い、そのために活動しているのですが、一方で資本主義や政治を憎んでいます。事故の後遺症で苦しんでもいる。「ぼくは政府の世話にはなりたくないから、障害者手帳は持たないんだ」って宣言しているんですね。

宮台 シロタさんと、その並びに出てくるセルゲイ・ミールヌイさん(作家・チェルノブイリ観光プランナー)が、イデオロギー的に正反対で、その対比がおもしろかったです。

 そうなんです。ミールヌイさんは事故後にゾーン内で除染や住民避難を担当した方。だから彼自身もかなりの量の放射線を浴びていて、被災者と言えますが、彼はこんどは「人体って意外と放射能に強いんだぜ」という主張のひとです。彼の考えでは、チェルノブイリにしろ福島にしろ一番の問題は風評被害。それを克服するためにも観光地化してどんどんお金を儲けた方がいいと考えている。そんなミールヌイさんとさきほどのシロタさんは、まったくイデオロギー的に逆なんですね。

 でも、そんなふたりが最初は一緒にツアーを企画したというんです。いまは仲違いしているようですが、そういうことが起こるのが現実の複雑さです。福島だって当然そういうことはあるはずなんですよね。安全厨だ、危険厨だと切っているとこの部分が見えてこない。

 加えて、現地のひとに会うと、思いのほか陽気だったり、悲壮感のかけらもないような笑えるエピソードがたくさん出てくるわけです。今回の本はそんな話を盛り込みながらも、結果的に多様な論点をうまく浮かび上がらせることができたので、いろんな立場のひとが参考にできるはずだと思っています。

オープンにすることで生まれるコミュニケーションの可能性


 ぼくが「福島第一原発観光地化計画」を提示した時からよく聞かれるのが、「反原発か、原発推進なのかどっちのプランなんだ」ということ。でもぼくはわりと初期から、このプロジェクトは中立であって、観光地化それそのものは反原発か原発推進かの選択とは関係がないと考えていました。その考えの正しさが、今回の取材で示されたと思っています。

宮台 このチェルノブイリのツアーには多様な立場の人がファシリテイターとして関わっていて、ツアーそのものも参加者の立場や目的がオープンです。原発事故は多様な面があって、特定のパッケージだけに当てはめるのは難しい。その点、「情報を評価する視座を徹底的にオープンにすることで生まれるコミュニケーションから、見逃された可能性を見い出そう」というところが、建設的で印象的でした。
 ツーリズムのなにが大事かというと、それは絶対的な情報公開でもあるからです。チェルノブイリについて、大事なのは単純に“行ってみること”なんですよね。オーラルヒストリーの継承を考えたとき、たとえば最近はデジタルアーカイブという考え方があります。震災や原発事故で被害を受けた方々にカメラを向けて話を聞き、録画した映像をタグ付けして検索できるようにしましょうと。ぼくはそれを否定しません。いいことだと思います。ただ、本当にひとがしゃべりたいのって、カメラの前でないことも事実です。

宮台 そう思います。ぼくは沖縄の基地問題や風俗について取材してきたけれど、あんなふうに外側からの視線に絶えず晒されてきた場所では、当事者の多くが、世の認識と実態とがズレていると感じています。「俺たちのリアリティがわかっていない」ってね。そういう場所に、実態を知らない外のひとたちが観光に来てくれるんだから、それこそ話したいことだらけでしょうねえ。

 まさにおっしゃるとおりです。みなさんもウクライナに行ったら、ぜひプリピャチ・ドット・コムのオフィスを訪ねてほしいですね。そこでツアーを頼むと、シロタさんが自信満々に「ぼくのツアーはお手軽なツアーとは違う。教育的な効果を狙ってうんぬん……」と語りだすはず。でも、実際にプリピャチの街を回ったときに彼がなんの話をしたかっていうと、「ここがぼくの母親が勤めていた劇場の楽屋で」とか「ぼく、あの箱のなかで隠れて遊んだことがあるんだ」とか、そういう話ばかり。最初に想像したような、ガイガーカウンターを持ってホットスポットを案内してくれるようなことは、ほとんどなかった。

宮台 えっ、なかったんですか(笑)。

単純化を避けるためのディテール


 ええ(笑)。でもそれでいいんですよ。シロタさんってお母さまが大好きで、最初、彼に会った時にお母さまの昔の写真や動画を延々と見せられたんです。彼いわく、「母は有名な俳優で詩人だった。ぼくは母の意志を継いでプリピャチのガイドをやってるんだ」と。そう言われると、当然「お母さんはチェルノブイリの事故で亡くなられたんだな」って思うじゃないですか。

宮台 その流れだと、当然そう思いますよね。

 そうでしょう? ところがツアーの最後に「これがぼくの母親のFacebookページなんだけど」って言われて。「え、Facebookやってるんですか? というより、お母さん生きてるんですか!?」みたいなオチがついて(笑)。それまでずっと神妙にお母さんの話を聞いていたのは、なんだったんだ! と(笑)。

宮台 あはは。ただ大好きな母親の話をしていただけ(笑)。とすると、彼の反原発イデオロギーも母親の影響かもしれませんね。それはそれでツアー参加者にとって社会観察の大切なデータです(笑)。

 そうなんです。そういう周辺情報はとても大事なんですね。そういう人間くさいことを知ることで、「被災者」「NPO主宰者」「後遺症」といったステレオタイプがちょっとずれてくる。あと、シロタさんと2日いっしょにいて思ったのは、彼はプリピャチや自分の母親のことをだれかに話したくてしかたがないんです。だから話すためにツアーをする。そしてそれはとても貴重なことです。観光地化というと「被災者の気持ちを考えていないのか」という批判を受けやすいんですけど、そうじゃないとらえ方もあるんじゃないかと。被災者の方々が自分の体験を語り継ぐときに、ジャーナリストや研究者のカメラだけでなく、観光客が目のまえにいるというのはとても大事なのではないか。「俺、この家に住んでたんだ」「この海水浴場で遊んだんだ」という等身大の話ができるわけです。

宮台 先ほどの教会の集まりは、世田谷区民が小口を出資し合い、カトリック世田谷教会にソーラーパネルをつけて、売電して教会のチャリティ活動などに寄付する活動についてのものです。発電用モニターの前に集まってワイワイガヤガヤやってきました。それで思い出したのは、もともと新しいテクノロジーはいつも共同体のコミュニケーションのネタだったことです。

 もちろん黒船や蒸気機関車にまで遡れるけど、ぼくが思い出したのは、1950年代前半老若男女が街頭テレビに群がってプロレス中継に歓声を上げていたこと。遡れば、焚火を囲んで話をするところにまで行くんじゃないかな。ところが昨今、原発が最たるものだけれど、テクノロジーが原因でかえって分断されがちです。

 これは自然過程じゃなく、統治権力や電力会社が、立地地域を補助金漬けにすることで故意に持ち込む分断です。自分たちに都合がいいガバナンスを貫徹するためです。それに抗わないと、彼らの思う壺です。その意味で、原発事故の話をして「立場が違っても事故について話せるわれわれ」を確認することは、人類のトラディションへの復帰です。
 重要なのは、「チェルノブイリは安全なの?危険なの?」とか、「チェルノブイリって復興してるの?それとも今でも廃炉中なの?」みたいな、単純な二項対立だけではないディテールを積み重ねていくことだと思います。現地へ行くと、原発作業員も陽気にラジオを聴いていたり、鼻歌を歌いながら現場に向かっていたりする。報道だと、そういう部分は全体の物語に合いにくいので削除されてしまうんですね。でも現実というのはそんなにわかりやすい話じゃないんです。

 この本に収録したセルゲイ・ミールヌイさんのインタビューの最後がとてもよくて、「ぼくはチェルノブイリを舞台にした小説を書いてハリウッドで当てて、それでカナリア諸島で若い女の子と余生を過ごしたいんだよね」と言って終わる。まあ、ある意味冗談なんですけど、彼は過去に来日した際、本当にテレビ局に企画を売り込みまくっていたというから、きっと半分は本気なんですよね(笑)。こういう側面を削り取ってしまうと、ステレオタイプな理解しかできなくなってしまうように思います。

笑いに転化することで前進する


宮台 インタビューを読んで印象的だったことがあります。おそらくミールヌイさんって、自分のストーリーをわざとパッケージ化しているんですね。最初は互いに矛盾する複数の意識や、生きる妨げになるトラウマもあったでしょうけれど、やがて「自分はこういうパッケージの中で生きていく」と再帰的に決断したんでしょう。実は、ぼくたちはそうした「スクリプト」や「ストーリー」を作らないと前に進めない存在です。

 チェルノブイリの原発事故については27年も経っていることが大きい。でもやはり人間というのは、自分が受けたトラウマや傷をある種の笑いに転化することで先に進んでいくんですよね。

 ぼくが「楽しさ」や「笑い」に関心があるのは、それが「欲望」だからなんです。福島第一原発事故を記録するとして、いろんな人たちの証言映像が1000時間、10000時間とアーカイブされたところで、誰がそれを観たいと思うのか? どこかに博物館を建てて、厳粛な雰囲気のもと科学的で客観的なデータを並べたところで、それを観に行く人っていうのは誰なんだ? という問題です。まして、それが近くの街からバスで1時間かかるような地方にあったとしたら、引率された修学旅行生が1時間だけざっと見渡して帰るような施設にしかなりようがない。それではだめなんです。人を情報に触れさせるには、場所自体を欲望させる必要があると思います。

宮台 二度と同じような原発災害を起こさないための知恵の集約が必要なことはもちろんだけれども、そのためにも、実は「そこで生きること」への動機付けこそが必要不可欠ですからね。

 まだ未完成ですが、いまぼくたちが「福島第一原発観光地化計画」で考えているのは、博物館の隣にスーパー銭湯などの娯楽施設があるようなイメージです。福島県いわき市には「スパリゾートハワイアンズ」という施設がありますが、あそこは元炭鉱を観光産業に転換して成功した施設です。そういうモデルを導入したい。

 カギカッコつきの「フクシマ」を欲望の対象に転化することができなければ、福島第一原発事故の記憶は本当の意味では受け継がれていくことがない。そういう視点が、今の日本には必要だと思います。

原発事故をめぐる政治的な物語


宮台 実を言うと、ぼくは、この『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』のゲラを、今知りたいことの答えが書いてあるんじゃないかと思って、とても真剣に読んだところがあって……。

 あって……?

宮台真司

1959年3月3日、宮城県仙台市生まれ。 社会学者。東京都立大学教授。麻布中・高校卒業後、東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。『社『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎文庫)、『14歳からの社会学』(ちくま文庫)、『日本の難点』(幻冬舎新書)など著書多数。

東浩紀

1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。著書に『存在論的、郵便的』(第21回サントリー学芸賞)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015)、『観光客の哲学』(第71回毎日出版文化賞)、『ゲンロン戦記』、『訂正可能性の哲学』、『訂正する力』など。
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