嘘と宣伝の政治はコロナ時代にどこへ行くのか?――辻田真佐憲×西田亮介(+東浩紀)『新プロパガンダ論』刊行記念&増補対談レポート

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ゲンロンα 2021年2月17日配信
 2021年1月28日、ゲンロン叢書の8冊目となる『新プロパガンダ論』が刊行された。本書は近現代史研究者の辻田真佐憲と社会学者の西田亮介による対談集で、2年半にわたる5回の対談を収録したもの。安倍政権後半と並走するかたちで、長期政権の理由を表裏から分析している。
 その刊行を記念した本イベントは、「増補対談」と銘打ち、入稿後に起こった直近の出来事を取り上げるものとなった。アメリカ連邦議会議事堂へのトランプ支持者の乱入、その背景に見られる陰謀論の拡大など年始から混迷をきわめる社会情勢を踏まえつつ、わたしたちは現代のプロパガンダとどう向き合うべきか、専門家はどのような役割を果たすべきかなど、幅広い議論が行われた。その模様をレポートする。(ゲンロン編集部)
 

『新プロパガンダ論』以降のできごと


『新プロパガンダ論』の刊行記念として行われた本イベント。冒頭のゲンロン代表上田からの挨拶のあと、2人の議論は、本書の元となったこれまでの対談よりも解放感のあるお祝いムードの中でスタート。2人は、イベント開始前にすでに200冊あまりにサインを行っていたという。

 イベント前半は、互いの近況や書籍の内容に触れつつ、クレジットカードをめぐる西田の思わぬ過去の話題で盛り上がり、あっという間に2時間が経過。若き日の西田の苦い経験の顛末については、ぜひアーカイブ動画で見てほしい。

 休憩をはさみ、第2部からは本格的に議論がスタート。『新プロパガンダ論』末尾には辻田が注目のトピックをまとめた「国威発揚年表」が掲載されているため、こちらは昨年(2020年)12月16日までのものとなるため、今回はそれ以降のできごとが対象となった。12月21日にニコニコ生放送の百田尚樹チャンネルに幸福の科学・及川幸久氏が出演したというトピックを皮切りに、1月1日に発表された天皇皇后のビデオメッセージ、オリンピックの開催をめぐる菅義偉首相や森喜朗東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の発言、アメリカ連邦議会議事堂へのトランプ氏支持者の乱入など、わずか1か月のあいだに起きた事件の多さに驚かされる。

 


 辻田は、元防衛大学校教授の馬渕睦夫氏によるディープ・ステート論を紹介。それをきっかけに、陰謀論の拡がりに対してどのように対抗していくべきか、議論が交わされた。辻田は、専門家による厳密なファクトチェックには限界があるので、一般市民にはある種の単純な「物語」——池上彰氏のようなわかりやすい啓蒙や、最近亡くなった半藤一利氏のような文学的な取り組みなど、「非専門家」による活動が重要なのではないかと述べる。最近では専門家がそのような人々に対して批判的で、厳密なファクトチェックを浴びせるだけでなく、そこからSNS上での人格攻撃に発展させるケースもしばしば見られる。しかしそれによって、トンデモの出版物やYouTuberがかえって影響力をしているのではないか。

 それに対して西田は、非専門家の取り組みの重要性には同意しつつも、専門家の役割は分けて考えるべきだと答える。専門家が専門家である以上、間違いを指摘すること自体は当然のことであり、必要なことでもある。ただし、その方法や態度は人格批判などに向かう必要はない。看過されがちなのは、社会から信用されるに足るコミュニケーションと見做されていない点ではないか――。この問題は、番組のなかで幾度も繰り返し議論された。

 


 関連する話題として、陸上自衛隊特殊部隊の元トップ・荒谷卓氏が行っていた現役の自衛官への私的な戦闘訓練についての報道も議論になった。辻田からは、ディープ・ステートの存在を信じる同氏の著書が紹介、辻田はたまたま、同書掲載のグラビア写真の撮影場所を訪れたことがあるという。

 西田は、馬渕氏といい荒谷氏といい、なぜ自衛隊の関係者・出身者が陰謀論にハマるのかを考えるべきだと指摘。辻田は、戦闘という極限の環境下においては命を懸けて守ろうとしているものについての語りが必要となるはずで、ここでも「適度な愛国の物語」が存在しないがゆえに、極端な右翼思想や陰謀論が入り込んでいるではないと分析した。

安倍政権後と専門知のあり方


 年表をもとにした討議が終わったのは、なんと放送開始からおよそ4時間あまりが経過したあと。二回目の休憩を挟み始まった第3部にはゲンロンの東浩紀も登壇し、『新プロパガンダ論』の内容がふたたび話題に上った。

 東は本書の編集にあたり、政治評論としての完成度を大切にする一方で、「ゲンロンらしさ」もそなえた本づくりを心がけたという。表紙のデザイン、紙の色や帯の文字要素の工夫など、著者のふたりにも初めて明かされる制作秘話も語られた。

 続いて東から著者の二人に菅政権への評価が質問された。『新プロパガンダ論』は安倍政権下で、政権側と対抗側の言説がともに肥大化し、ゲームのようになっていった状況を扱っている。では菅政権下で状況はどう変わったか。

 辻田は退陣後、安倍氏のキャラクター性の強さにあらためて気づいたという。これこそがプロパガンダ的なものを可能にしていたのではないか。他方で西田は、安倍政権で実務を取り仕切り、それに対して自負も持っていた菅氏が、いま政治は実務能力だけではうまくいかないことに気づき始めているのではないかと分析する。イデオロギーでは連続的に見える安倍・菅の両政権だが、政権支持率のような定量的な評価、SNSやマスコミの論調のような定性的な評価をそれぞれどう重み付けするかについては、姿勢にかなり違いが見られるのではないか。

 


 イベントの終盤には、専門知と一般市民のかかわりがふたたび話題に。辻田は、非専門家の知は一般の人々と専門知の橋渡しであり、ある種の「公共財」だと指摘、東もこれに賛同した。大学人の専門知は、一般市民とのあいだに在野の非専門家たちの知をクッションのように挟むことではじめて可能になっている。にもかかわらず、いまの大学人はそのクッションの重要性を見失っているのではないか。続けて東は、その背景には、人文社会の知に対して、自然科学的な知の評価基準を当てはめようとしていることがあるのではないかと指摘した。人文社会の知は対象に対して「再帰的」であり、学問の主張と「自分たちが何者であるか」ということが不可分につながっている。にもかかわらず論文の掲載数のような計量可能な業績ばかりにこだわるのは、本来のありかたを見失っているのではないか。この問題提起には、大学人である西田も深く同意していた。

 イベントは深夜2時までおよび、新型コロナウィルス感染拡大とGoToトラベルキャンペーンの関係性を扱った西浦博氏の論文、今後の政局の見通し、コロナ禍で進むオンライン教育やDXの推進の中で見過ごされている問題点など、議論は様々な話題に及んだ。在野の研究者である辻田と、大学に所属しながらアクティブに活躍する西田。立場が違うからこそ対話は深まっていく。全体像はぜひ動画で確認されたい。

 



 イベント内でも告知されたように、同書の刊行記念イベント第2弾として、2月22日には作家・佐藤優氏と辻田・西田両名によるトーク配信も予定されている。佐藤氏はまさにイベント内で議論となった、専門知とひとびとの橋渡しを担っている第一人者。そんな佐藤氏が辻田・西田とどんな議論を交わすのかも、注目だ。(野口弘一朗)

シラスでは半年間アーカイブを公開中(税込990円)です。ぜひご覧ください。

 



辻田真佐憲×西田亮介
「嘘と宣伝の政治はコロナ時代にどこへ行くのか? ──『新プロパガンダ論』刊行記念&増補対談」
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20210129/
 
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