「選挙政権」としての安倍政権を振り返る──西田亮介×辻田真佐憲+東浩紀「メディア戦略から政治を読む #5」イベントレポート
ゲンロンα 2020年9月9日配信
社会学者・西田亮介と近現代史研究者・辻田真佐憲のコンビによる大人気シリーズ「メディア戦略から政治を読む」が最終回を迎えた。2018年に始まり全5回にわたって行われたこの対談シリーズは、この冬にふたりの共著『新プロパガンダ論』として書籍化して弊社から刊行することが決定しており、今回はその最後の収録となる。
西田は今年7月末に刊行した新著『コロナ危機の社会学』(朝日新聞出版)で、コロナ禍における安倍政権のあり方を「耳を傾けすぎる政府」と分析し話題を呼んだ。辻田は、朝ドラ『エール』のモデルとなった国民的作曲家の生涯を追う『古関裕而の昭和史』(文春新書)や、共著『教養としての歴史問題』(東洋経済新報社)への寄稿など、良質な歴史語りとはなにかを世に問う執筆活動を続けている。充実の活動を展開するふたりは、安倍政権をどのように振り返るのか。
気心の知れたふたりの対談は終始リラックスした雰囲気で進行しつつも、随所で毒のある批判が冴えわたるものとなった。終盤からは東浩紀も乱入し、思わぬ話題で議論が白熱した。そのイベントの模様をレポートする。(ゲンロン編集部)
安倍首相が辞任会見で見せた人間味
対談は8月28日に行われた安倍首相の辞任会見についての意見交換から始まった。 会見についてふたりは、首相が予想以上に「しゃべれて」おり、質疑応答での人間味のある対応はこれまでにない新鮮なものだったという意見で一致した。従来の会見では安倍首相はプロンプターを使用し、記者とのコミュニケーションも拒絶しがちだった。辻田は、最初からこのようなかたちをとっていれば、政権も記者会見への信頼を失わずにこられたのではないかと述べた。 西田は、自民党はメディア対策に聡いと指摘、今回の会見が支持率の急上昇につながったことで「人間味を出したほうが支持される時代だ」ということを学び、次の手に生かしてくるのではないかと予想した。
コロナ禍下の「耳を傾けすぎる政府」は安倍政権の必然か
次に話題は西田の新著『コロナ危機の社会学』に移った。 西田は自著の趣旨を「コロナ禍に対する政府の対応は、最初はよかったが、徐々に支離滅裂になっていった」とまとめた。初期対応は各種関係法や事前の計画通りの妥当なものだった。しかし、3月半ばごろから会見や対応への批判、度重なる政治スキャンダルなどによって支持率が急落することになった。そこで、わかりやすい「民意」に媚び、支離滅裂な政策を連発する「耳を傾けすぎる政府」が生まれたというのだ。 辻田はこの西田の主張を、「コロナ禍によって安倍政権が従来抱えていた問題が一気に噴出した」と理解したという。安倍政権はもともと支持率や株価の数字に敏感で、それを常に気にかけて動く政権だった。ところが、それまでの会見スタイルが、危機対応の場面では信用を失うものとして裏目に出た。つまり、これまではうまくいってきた政権のメディア対策がマイナスに逆転したのが今回のコロナ禍だった、というのだ。 西田は辻田の応答に首肯しつつ、「選挙と感染症対策は根本的にちがうものだった」という視点を付け加えた。選挙では40%そこそこの支持率さえ固めれば勝利を収めることができる。そのため、政権はその範囲での勝利にフォーカスした運営を行なってきた。しかしすべてのひとが対象となるコロナ禍では、もともと存在していた不支持層の存在感が大きくなったのである。
2017年が安倍政権のターニングポイント?
導入が終わったあと、イベントは、シリーズ恒例の、辻田が年表を通してさまざまな「事案」を振り返るプレゼンへと移った。今回の辻田のプレゼンは2本立て。1本目は、安倍政権の歩みを2012年末の政権発足から現在まで振り返るものである。 辻田が指摘するのは大きくふたつ。ひとつは、細かく選挙を挟むことで、常に臨戦態勢でのぞむ「選挙政権」だったということ。もうひとつは、2016年ごろまでの前半期と2017年以降の後半期のふたつに分かれるのではないかということである。 辻田によると、前半は安倍政権にとって「やりたいこと」を存分にやった時期だった。具体的には、首相の単独インタビュー解禁(2012年12月)、ネット選挙運動解禁(13年4月)、国内IT企業とタッグを組んでネット上の国民の声を拾い上げる「Truth Team(T2)」の発足(13年6月)など、新たなメディア戦略によって政権の基盤を固め、そこから内閣人事局の設置(14年5月)、安保法制の成立(15年9月)などを実現していったかたちである。 そんな政権にとってターニングポイントとなったのが、森友学園事件(17年2月)、加計学園問題(17年5月)などの不祥事ラッシュだ。このあたりから、政権は「やりたいこと」を推し進めるよりも不祥事への対応に追われることがメインになっていった。 これに対して西田は、後半の不祥事ラッシュも政権に実質的なダメージを与えたとは言い難く、むしろ世間の分断(「政権支持/不支持」、「政治に関心がある/ない」)を明確にしたと捉えるのが正確ではないかと応えた。この時期も、ファッション誌とのコラボで話題になった「#自民党2019」プロジェクトのスタート(19年5月)など自民党は「攻めた」メディア戦略を打ち続けたのであり、それが政治に関心がない層の政権支持につながっていると西田は指摘した。
国威発揚事案の小粒化について、そして書籍化にむけて
辻田の2本目のプレゼンは、前回の対談が行われた今年4月末からこの8月末にかけての国威発揚事案を列挙していくものだ。 具体的に挙げられたのは、自民党の憲法改正推進HPの刷新(5月)や、ダーウィンの進化論の誤用で批判された自民党広報Twitterの「もやウィン」(6月)などである。 西田はこのプレゼンを受け、「国威発揚案件が小粒化している」と感想を漏らした。辻田はその理由について、「選挙政権」だった安倍政権のもとで、コロナ禍が選挙の存在を曖昧にしてしまったからではないかと述べた。
以上、話題の要点を急ぎ足でまとめたが、ふたりのトークはここには収めることのできない雑談パートも大きな魅力である。書籍化に際してはカットされる可能性も高い(?)メディア・出版業界の裏話に花が咲くシーンもたびたびあった。 イベント終盤で登壇した東浩紀は、本シリーズ第1回が安倍昭恵夫人の話題から始まっていたことに触れた。そのうえで、奇しくも安倍首相辞任の直後に出版される『新プロパガンダ論』は、「安倍政権を『プロパガンダ』という視点で総括した本」として読まれることを期待していると述べた。 東が加わって以降のトークでは、Twitter Japanのアカウント凍結の基準、先日のゲンロンカフェ鳩山由紀夫登壇回に対する辻田の感想、SEALsのその後についての西田と東の見解のちがい、言論人が30代後半にぶつかる壁、東自身のファミリー・ヒストリーから考える敗戦国の記憶の問題などについて、気づけば全体で8時間を超えるボリュームたっぷりのやり取りが繰り広げられた。その全容は、ぜひ動画でチェックしていただきたい。(住本賢一) こちらの番組はVimeoにて公開中。レンタル(7日間)600円、購入(無期限)1200円でご視聴いただけます。 URL=https://vimeo.com/ondemand/genron20200903
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20200903/)