「ウイルスの惑星」で生きるための知の予防接種──武村政春×山本貴光×吉川浩満「ウイルスが変える世界」イベントレポート
ゲンロンα 2020年8月8日配信
地球は、そもそも「ウイルスの惑星」である――。
巨大ウイルスを専門とする分子生物学者・武村政春によるウイルス講座が、ゲンロンカフェで行われた。武村は、東アジアではじめてとなる巨大ウイルス「トーキョーウイルス」の発見(2016年)や真核生物の進化のカギを握ると考えられる「メドゥーサウイルス」の発見(2019年)で知られるこの分野の第一人者であり、同時に数多くの一般向け入門書を世に問うている著述家でもある(『ヒトがいまあるのはウイルスのおかげ!』『生物はウイルスが進化させた』『新しいウイルス入門』など)。
聞き手となったのは、ゲンロンカフェではおなじみの博覧強記コンビである山本貴光と吉川浩満。文理の境界を自在に飛び越えるふたりが、さまざまな角度からウイルスについて聞き出した。
そのイベントの模様をレポートする。(ゲンロン編集部)
「ウイルスの惑星」
まず、ウイルスとはなにか。武村は以下のように説明する。 ウイルスは生物ではない。ウイルスと生物のちがいは、「タンパク質を自ら合成できるか否か」にある。生物は自らの身体の原料であるタンパク質を合成するために必要な「リボソーム」を細胞内にもつが、ウイルスにはそれがない。そのため、ウイルスは自らの複製をつくって増殖するために、宿主となる生物の細胞に感染してタンパク質を得ることを必要とする。 武村によると、ウイルスのほとんどは病原性をもたない。そして、ウイルスは地球上のいたるところに存在する。数で言えば、ウイルスはバクテリア(生物のなかでもっとも数が多いとされる)の10倍以上は存在している。種類も現在わかっているだけで数千を超えており、それもほんの氷山の一角に過ぎない。地球上のエンティティ(存在物)のなかで数が一番多いのはウイルスだ、と武村は言う。 武村はこの状況を言い表すために、「地球はウイルスの惑星だ」という表現をよく使うという。吉川も、武村の説明を「宇宙人から見ればウイルスの海のなかに人間がポツポツ浮いている状態」と言い換えつつ、その認識の重要性を確認した。生物の進化と巨大ウイルス
武村が専門としているのは、そんなウイルスのなかでも「巨大ウイルスgiant virus」と呼ばれるものである。 武村によると、巨大ウイルスとは、粒子のサイズがふつうのウイルスの数倍あり、遺伝子の数も多いものを指す。2003年に最初の巨大ウイルス「ミミウイルス」が発見されてから定着した名称だという。 武村が着目するのは、巨大ウイルスのもつさまざまな性質や現象が、生物の細胞核に非常に似ているということである。そこから生物(真核生物)の進化の謎と巨大ウイルスの関係を探るというのが、自らの研究の大きな方向性だと武村は説明した。 もともとは生物の複製メカニズムを研究していたという武村がどのようにして巨大ウイルスの研究にたどり着いたのか、実際の研究ではどのような具体的なプロセスが踏まれているのかなどの詳細については、ぜひ動画で確認していただきたい。ウイルス感染は偶然の産物
では、ウイルス学の観点から新型コロナウイルスはどのように見えるのだろうか。 武村が強調するのは、ウイルス学的に言えばすべてのウイルス感染はあくまで「偶然の産物」であるということだ。ウイルスは「この細胞に感染しよう」という意志をもって行動することはない。新型コロナウイルスのヒトへの感染にしても、ヒト以外の生物のなかで感染していたウイルスがあるときたまたまヒトに感染するかたちを獲得し、たまたまそこにヒトがいた、という以上の説明はつけられないだろうと武村は言う。 武村によると、これは「複製と変容」という生命の基本原理とも関連する。生命の基本は「複製によって増殖しながらもすこしずつかたちを変えていく」ということにあり、それが多様な生命世界を生み出した。そして、その原理はウイルスにも当てはまる。この生命観自体は、生物学の歴史のなかで先人たちが培ってきたオーソドックスなものだと武村は説明する。 一方で、武村はこの原理を人間の文化全体にも通底するものではないかと考えている。それこそが『レプリカ――文化と進化の複製博物館』の主題だ。この本のファンだという山本は、具体例として自らがかつてデザインしたファッションに関するゲームを挙げた。そのゲームでは、初期値としてそれぞれのキャラが選ぶことのできる帽子や服などのシンプルな組み合わせと「お互いが服装をマネしあう」という設定を与えると、結果として驚くほど多様な流行の変遷が観察できたという。それは生命の多様性と類比的に捉えることができる現象なのかもしれない。「知の予防接種」としてのウイルス学
武村がイベントの最後にまとめとして訴えたのは、医学や感染症とは関係のない視点で「ウイルスそのもの」を知ることの重要性である。 新型コロナウイルスの感染症については、残念ながらさまざまなデマや憶測が出回る事態が起こってしまっている。武村は、それは人々にウイルスそのものについての知識が広まっていないからだと言う。もちろん医学や感染症の観点からウイルスを考えることも重要だが、それらはあくまでもいくつかある観点のうちのひとつにすぎない。それらとは切り離されたウイルスそのものについての知識も同時に広がれば、無知ゆえのパニックも起こりづらくなるはずだというのが武村の意見だ。 吉川と山本はともにこれに同意する。吉川は、あくまで「自然界のなかのエンティティ」としてウイルスを知ること、人間中心の視点とは違うところからウイルスを見ることの必要性を指摘するものとして武村の議論をまとめた。山本は、人類が現時点でどこまでウイルスのことを理解してどこから先が理解できていないかを把握すること、そして既知の事柄をきちんと共有することを「知の予防接種」であると言い換え、武村によるウイルス講座を締めくくった。 イベントでは、ここで紹介した以外にもウイルスについてのさまざまな質問に武村が答え、多くを学ぶことができた。また、学者一家だという武村家と山本・吉川がそれぞれもっていたという意外な関係、妖怪好きだったという少年時代の武村が生物に興味を抱いたきっかけなどが明かされる場面もあった。その全容は、ぜひ動画でお楽しみいただきたい。(住本賢一) こちらの番組はVimeoにて公開中。レンタル(7日間)600円、購入(無期限)1200円でご視聴いただけます。 URL=https://vimeo.com/ondemand/genron20200805
武村政春×山本貴光×吉川浩満「ウイルスが変える世界──巨大ウイルスから新たな生物進化論まで、ウイルス研究の最前線に迫る!」
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20200805/)