HUMAI論考最終審査会 候補作品一覧

人文社会領域に関心をもつ大学生・大学院生・ポスドクが、専門分野を越えて交流できる奨励金制度 「日本財団HUMAIプログラム」。その第一期メンバーによる論考集「HUMAI Anthology」の最優秀作品を選ぶ最終審査会を、4月5日(日)14時よりYouTubeにて無料で生中継いたします。
最終審査会に先立ち、候補となった8つの論考をwebゲンロンにて公開いたします。論考の本文はPDF形式でご覧いただけます。最優秀作品は、雑誌『ゲンロン19』に掲載予定! どの作品が選ばれるのか。審査員はどこに注目するのか。ぜひご覧ください。(編集部)
候補作品一覧
① 足場は動き続ける──AIとの8ヶ月の協働から見えた人文学のこれから
AIコーディングエージェントとの協働によって、プログラミング未経験の人文学研究者が何を作り、何を考えたかを報告するエッセイである。筆者は近現代詩の研究者で高校国語科の非常勤講師を務めており、HUMAIプログラムの8ヶ月間で、近現代詩のデジタルアーカイブ構築、手書き答案の採点支援AI開発、学術論文を対話形式の解説動画に変換するパイプライン構築に取り組んだ。これらの実践を通じて浮かび上がったのは、基盤モデルの急速な進化により個々の技術的アプローチが次々と最適解を更新されていく中で、人文学の専門家に何が残るのかという問いである。本稿では、専門家の役割が「解釈を生産する人」から「知への道を均す人」へと移行しつつあるという仮説を提示しつつ、その道の均し方は既存の学問的枠組みに規定されるという限界も論じる。教育現場へのAI導入の現状と課題にも触れ、AIの時代に人文学が社会の中でどう存在しうるかを、実践の手触りとともに考察する。
② 「他者の異化経験」の受容はいかに知覚を更新するか──「違和感預かり所」を通じた「代理的異化」の提案と社会的スクリプトの解体
日常の習慣化によって無意識に処理される周囲の世界に対し、見慣れた対象をあえて奇妙に提示し「生の実感」を回復させる概念が「異化」である。本稿は、「他者の異化経験」を受容することで、体験者の内面に二次的な知覚変容を誘発する「代理的異化」を新たに提案し、都市空間に「違和感預かり所」を実装してその生起条件を探った。音声分析の結果、単に「他者の異化経験」を聞くだけでは、体験者は認知的負荷から逃れる「認知的完結欲求」により、対象を既存の価値観によって解釈し、認知的処理を終了していた。一方、他者と共に分からなさに留まる「社会的相互作用」を組み込んだ空間では、体験者は自己関連づけを深め、対象を根本から再評価し、スキーマの更新を行なっていた。本稿は、「代理的異化」の成立には、物理的空間に加え、認知に伴走する「社会的相互作用」が不可欠であることを示唆した。
③ 基号[サブシンボル]を定義する──接続主義の文字学[グラマトロジー]的定位
本稿の目的は、スモレンスキーの接続主義において離散的記号の下部構造として提唱された「基号[subsymbol]」を、ジャック・デリダおよびミシェル・セールの「文字」についての議論と接続し、哲学的な射程を持つ概念として再整理することである。前半では議論の仮想敵としてカンタン・メイヤスーを取り上げ、記号主義/接続主義というふたつの言語観の対立を、メイヤスー/デリダそれぞれの「暗号[code/crypte]」論における解読法の差異のうちに類比的に位置付ける。この過程で基号はデリダの文字学[グラマトロジー]プログラムを基礎付ける操作概念として定位される。後半では、先の対立をセールの意味論のもとで再解釈する。両者の語る暗号に共通するステガノグラフィックな形態が必然的に生じる情報理論的フレームを整備したのち、そこから自然に導かれる意味の確率性という観点が基号的パラダイムとのみ整合することを説明する。
④ AIは飲めないし、どこにも連れて行ってくれない──歌舞伎町における感情労働とAIの代替可能性
本稿は、歌舞伎町のホストクラブを事例に、感情労働のAIによる代替可能性を検討した論考である。感情労働・情動労働・美的労働という三つの理論的枠組みを用い、現役ホスト414名へのアンケート調査とフィールドワークをもとに分析を行った。一般ネットユーザーの生成AI利用率54.7%に対し、ホストの利用率は68%に上り、個人事業主という業態がAI導入を加速させていることが示された。顧客側ではAIがサブ担の代替として感情のサンドバッグ機能を担い、ホスト側では返信補助や顧客分析に活用されていた。しかしAIは身体性・物語性・発展性という三要素を持てないため、誘惑の労働そのものの代替は困難である。一方でAIへの感情外注が逆説的に人間が自身の感情と向き合う契機となる可能性も示唆された。
⑤ 都市を調律する──個人化されたサウンドスケープデザインに向けて
本論考では、サウンドスケープという「環境音を聴くことで個人が意味づける世界」についての探究と筆者の実践を論じる。AIに代表されるテクノロジーと情報との関係を整理しながら、まず第一章で環境音を聴くという行為について、知覚論や現象学の議論を手がかりに、人が音を通して環境をどのように意味づけているのかを考察する。第二章では、そのような音の経験が文化や共同体とどのように関わってきたのかを、民族音楽学の議論を参照しながら整理する。それらを踏まえ第三章では、なぜサウンドスケープをデザインしなければならないのかという問いに答える。第四章ではこれまでのサウンドスケープ研究の展開を概観し、その限界と課題を明らかにする。第五章では、筆者がこれまで取り組んできた試みを振り返り、現在構想している「高輪ゲートウェイシティにおけるデジタルツイン上でのオブジェクトベース・個人ベースのサウンドスケープデザイン」の実験設計を提示する。最後に第六章では、こうした研究を踏まえ、今後の展望を「AIによるサウンドスケープ個人最適化」「サウンドスケープのデジタル民主主義」という観点から考察する。
⑥ AIと共生するためのポストヒューマニズムデザイン Invisible Consentから多元的設計論へ
本稿は、筆者が共同筆頭著者として取り組んだ研究「Invisible Consent」を出発点に、人間とAIの共生を設計するとはどういうことかを考えるエッセイである。Invisible Consentの研究は、LLMベースのブラウザエージェントがCookie同意UIを自律的に処理してしまう現象を実験的に明らかにした。この研究を通じて筆者が強く感じたのは、この問題がプライバシー設計の不備にとどまらず、人間とAIの関係性そのものに関わる構造的な問いを含んでいるということだった。本稿では、その直観を掘り下げ、生態学的共生の概念とポストヒューマニズムの視座を援用しながら、多元的な解釈が重なり合う設計という構想を提示したい。
⑦ いくつかの in silicio 歴史言語学に関する展望
著者は、計算機を活用した in silicio 歴史言語学、とりわけ系統言語学の新たな展望について自身の研究と紐づけて方向性を提示している。日琉語族の複雑な系統分類の課題に対し、集団遺伝学的手法や借用されにくい形質を用いる新たな研究の方法論を論じている。また従来行われてきた言語の系統推定にとどまらず、日本書紀歌謡の用字法(α群・β群)の分類や片仮名の系統分類といった文字体系の分析に系統学の手法を応用する新しい研究の可能性を示している。
⑧ フローが認知を拡張するとき──速さと正確さのトレードオフを超えて、AI時代の人間の可能性を解き放つ
本稿では、AI時代における人間の認知能力拡大の可能性を、フローという現象を手がかりに論じた。著者らが行ったテトリスを用いた二重課題実験では、フロー体験が強いほど主課題・副課題の双方で成績が向上し、深い集中のもとで認知資源の総量そのものが増大している可能性が示された。しかもその恩恵は初心者に大きく、能力の向上は充実感とともに生じていた。この現象を説明するために、脳の予測機能が効率的に働くことで余剰資源が生まれるという解釈と、内部時計が認知処理速度と時間知覚の双方を制御するという仮説を提案する。さらに、このフィードバックループが身体の生理的基盤に根ざしている点に着目し、計算論的モデルを「体験を欠いた対照群」として用いることで、AIに何ができて何ができないかを見極める方法論を提案する。最後に、能力の発揮と充実感の両立を核とする「充実体験主義」という価値観を提唱し、フロー研究がAI時代における人間の生き方を示唆するための道筋を示す。





