引き裂かれる一族とフランスの統合──『レ・ミゼラブル』|鹿島茂


ヴィクトル・ユゴー Victor Hugo(1802-85)
引用元=https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Proust_1913.jpg
物語のはじまり
ジャン・ヴァルジャンはブリ地方の村ファヴロルの枝おろし職人で、子供のころに父と母を亡くし、年の離れた姉に育てられた。この姉は七人の子を抱えて未亡人となったので、ジャン・ヴァルジャンは子供たちの父親代わりとして懸命に働いた。
総裁政府の時代のある年、ひどく寒い冬で、仕事がなく、食べるパンもなくなった。ジャン・ヴァルジャンは教会前広場のパン屋でパンを一つ盗んで逮捕され、5年の懲役刑を宣告された。その後、何度も脱走を試みたため、合計19年間を徒刑場で過ごすことになる。
ジャン・ヴァルジャンが懲役刑を終えてトゥーロンの徒刑場を出たときには、ナポレオン時代は終わって王政復古になっていた。
南仏のディーニュでミリエル司教の館に泊めてもらったとき、銀食器を盗もうとして警察に捕まるが、ミリエル司教に許されたばかりか銀食器と燭台も与えられ、更生の資金にするよう諭される。だが、野原で放心しているとき、煙突掃除の少年の投げた硬貨を無意識のうちに奪ってしまい、ジャン・ヴァルジャンはまたもや警察に追われる身となる。
家族と切断されたレ・ミゼラブルたち
数年後、モンルーユ・シュル・メールではマドレーヌという男が黒玉製造で成功し、市長に選ばれていた。いうまでもなくジャン・ヴァルジャンである。市民の中で一人だけ、彼の素性を疑っている者がいた。徒刑場から市警に転じていたジャヴェールである。
あるとき、ジャン・ヴァルジャンは客と悶着を起こした娼婦ファンチーヌがジャヴェールに逮捕されそうになった現場に立ち会い、胸を病むその娼婦を入院させたが、そこで、淪落の原因が自分の命令で工場を解雇されたことにあったと知る。
ファンチーヌは父も母も知らず養護施設で育ち、15歳でパリに上ってお針子となった孤児だった。トロミエスという学生に恋して捨てられ、シングル・マザーになった。故郷のモンルーユ・シュル・メールに戻ってマドレーヌ氏の黒玉製造工場で働くことにしたが、シングル・マザーであることが工場長に知られてしまい、工場をクビになり、娼婦に身を落としたのだ。
転落の遠因は、帰郷の途中、モンフェルメーユの旅籠で娘のコゼットを経営者のテナルディエ夫妻に預けたことにあった。強欲な悪党のテナルディエが多額の養育費をファンチーヌから絞り取ろうと企んだので、ファンチーヌはテナルディエへの送金を続けるために娼婦にならざるをえなかった。
マドレーヌ氏はファンチーヌから事情を聞くと、コゼットをテナルディエ夫妻から引き取るべくモンフェルメーユへと向かおうとするが、ジャヴェールからシャンマチウという男が誤認逮捕され、ジャン・ヴァルジャンとして有罪判決を受けようとしていると知らされる。葛藤の末アラスの裁判所に真犯人として名乗り出たジャン・ヴァルジャンは逮捕されて徒刑場に送られるが、脱走。1823年のクリスマス・イブにモンフェルメーユに現れ、テナルディエの旅籠で酷使虐待されていた8歳のコゼットを1500フランで買い戻したあと、ジャヴェールの追っ手を逃れてパリのゴルボー屋敷に潜伏する。
ジャヴェールの影が迫ると、ジャン・ヴァルジャンはコゼットを連れてパリの町にさ迷い出て、女子修道院に逃げ込む。女子修道院では庭男として働きながらコゼットの成長を見守った。
このように、ジャン・ヴァルジャンもファンチーヌも、そしてその娘のコゼットも、みな家族との紐帯を切断されたレ・ミゼラブルとして物語に登場するのである。
では、ジャン・ヴァルジャンに敵対する刑事ジャヴェールはどうか?
監獄のなかでトランプ占いの女と徒刑囚との間に生まれたジャヴェールもまたレ・ミゼラブルの一人だったのである。ジャヴェールは「社会を守る人間」に回ろうと考え、まず徒刑場の看守となり次に警察官に転じた。そして、自分の陰画のようなジャン・ヴァルジャンを逮捕することに全情熱を注いでいたのだ。
マリユスと一族の物語
とはいえ、『レ・ミゼラブル』にも例外はある。ユゴー自身をモデルとして作られた主人公の一人マリユス・ポンメルシーである。マリユスはナポレオン軍の大佐を父に、大ブルジョワのジルノルマン氏の娘を母にして生まれたが、母が死んだためジルノルマン氏の家に引き取られ、王政復古の反動的な雰囲気の中で育てられた。
この意味でマリユスだけは例外的に一族の物語を背負った人間である。
だが、マリユスは成長するに及んで父から受け継いだナポレオン神話に魅せられ、王党派のジルノルマン氏の家を出て自活を始める。一族の物語と決別しようとしたのである。やがて、マリユスはアンジョルラス率いる過激共和派のグループ「ABCの友の会」に加わる。
そのいっぽうで、マリユスはリュクサンブール公園を散歩中に出会った美しい少女に魅せられていた。少女は年金生活者のルブラン氏(じつはジャン・ヴァルジャン)に連れられて散策にきていたコゼットだった。ジャン・ヴァルジャンは女子修道院を出て以来、ジャヴェールの追っ手を逃れようとパリで住まいを転々と変えていたが、マリユスは跡をつけて住所の一つを突き止める。
ジャン・ヴァルジャンの跡を密かにつけていたのはマリユスだけではなかった。モンフェルメーユの旅籠が倒産し、一家とともにパリに移り住んでいたテナルディエも裕福そうなルブラン氏に狙いを定め、娘のエポニーヌに探りをいれさせていたのだ。
マリユスとテナルディエ一家が部屋を借りていたのは偶然にも、ジャン・ヴァルジャンとコゼットが仮住まいしていたことのあるゴルボー屋敷だった。マリユスはあるとき隣人テナルディエの部屋を壁穴から覗いていて、テナルディエがジャン・ヴァルジャンの襲撃計画をたてていることを知る。
翌日、現れたジャン・ヴァルジャンにテナルディエの仲間が襲いかかるが、怪力のジャン・ヴァルジャンはこれを撥ねつけ、かろうじて脱出する。
一味の逮捕をきっかけに住まいを変えたマリユスはコゼットに再会する手掛かりを失い、失意の底に沈んでいたが、あるときテナルディエの娘であるエポニーヌがあらわれ、コゼットの住所を知っていると伝える。マリユスを密かに愛していたエポニーヌはマリユスの好意を得るため住所を教えにきたのである。
フォーブール・サン・ジェルマンの隠れ家にジャン・ヴァルジャンとともに移ったコゼットはあるとき庭でマリユスの手紙を発見し、逢瀬を重ねるが、ジャン・ヴァルジャンは何者かが侵入したことに気づき、追跡を逃れるためイギリスに渡る決心をする。
悲嘆にくれたマリユスは、ラマルク将軍の葬儀をきっかけに起こった一八三二年六月の民衆蜂起を死に場所と思い定め、「ABCの友の会」がレ・アール近くに築いたバリケードにエポニーヌの手引きで加わる。
このバリケードで大活躍していたのがエポニーヌの弟のガヴロッシュだった。ガヴロッシュは男の子の嫌いなテナルディエのかみさんが育児放棄したため、浮浪児暮らしを続けていたが、武装蜂起が起きると喜びいさんで加わり、バリケードに潜入していたジャヴェールの正体を見破ったり、襲撃に失敗した国民衛兵の武器を回収したりして、喜々として動き回っていた。
バリケードには国民衛兵の総攻撃が迫っていた。そこにはガヴロッシュばかりか労働者に変装した姉のエポニーヌもいた。マリユスを近くで見守るために反徒の群れに加わったのだ。さらに、ジャン・ヴァルジャンもあらわれた。
ジャン・ヴァルジャンはコゼット宛のマリユスの手紙を読んで、一瞬、コゼットを奪おうとしているマリユスが確実に死ぬと喜んだが、すぐに考えを変え、マリユスを救い出すためバリケードにかけつけることにしたのだった。
かくして、バリケードには、反乱の指揮官であるアンジョルラス、彼をしたうABCの友の会の仲間、反徒に捕まったジャヴェール、駆けつけたマリユスとエポニーヌ、反乱を楽しむガヴロッシュ、それに最後にやってきたジャン・ヴァルジャン、というように主要人物がほぼ全員勢揃いし、物語はいよいよクライマックスに向かって突き進んでいくことになるのだが、では、これを「一族の想像力」という観点から眺めるとどのようなことがわかるだろう?
一つは、マリユスという例外を除くと、一族の物語を背負ったような登場人物は一人もいないことである。ジャン・ヴァルジャンはもちろん、ファンチーヌも、また敵役のジャヴェールも、いっさいの係累と無縁の貧しい「個」である。一族の想像力どころの話ではない。
分裂の危機と「統合する者」ユゴー
では、『レ・ミゼラブル』には一族の想像力というテマティックがまったく当てはまらないかというと、そうとは言い切れない。
というのも、すでに見たようにマリユスには一族の物語がある。ただし、それはナポレオン神話と正統王朝派神話に引き裂かれた「分裂した想像力」である。
しかし、観点を変えれば、この「分裂した想像力」はマリユスという存在において統合されたと見なすこともできる。つまり、両親のそれぞれの一族の物語が子供においてアウフヘーベン(止揚)されるということである。じつは、この構造はユゴーその人と同じなのである。マリユスと同じようにナポレオン軍の将軍を父に、ブルターニュの王党派の娘を母に生まれたユゴーは若い頃にはその分裂に苦しんだが、やがて自分という存在こそは両者の統合であると考えるに至り、「国論の分裂を統合する者」としての使命を自覚し、自らの存在理由とするに至ったのだ。
だが、マリユスはいいとして、ジャン・ヴァルジャン、ファンチーヌ、コゼット、ジャヴェール、テナルディエなどのシングル・セルのレ・ミゼラブルはどうなのだろう?
じつは、彼らもユゴーの手によって統合へと向かって歩みを進めているのだ。その統合の要はもちろんジャン・ヴァルジャンにある。なぜなら、ミリエル司教から、銀食器と燭台というかたちで無償の愛を与えられたジャン・ヴァルジャンは、まずファンチーヌを救い、ついでコゼットを救い、自分を逮捕しようとするジャヴェールを許し、さらにはテナルディエも許し、最後には自分からコゼットを奪おうとしたマリユスを救ってコゼットと結婚させ、自分自身は身を引くことにしたからである。換言すれば、ジャン・ヴァルジャンはレ・ミゼラブルを統合し、その統合をコゼットに託して、もう一方の統合者であるマリユスと結婚させ、フランス全体の統合を図ったと見なすことも可能なのである。この意味では『レ・ミゼラブル』は「分裂した想像力」がいかに統合されていくかの物語といっていい。『レ・ミゼラブル』がいまなお左派からも右派からも支持されているのはこの統合性による。そして、それは「一にして不可分」という共和国原理を掲げたフランスが「国父」としてユゴーを仰いでいる理由でもあるのだ。フランス共和国は、ユゴー亡きあとも、何度か国論の激しい分裂にさらされた。
ドレーフュス事件ばかりか、第二次大戦後の解放、またアルジェリア戦争。
このような局面で観察されたのは、ド・ゴールに典型的にあらわれているように、左派か右派が完全勝利するのではなく、右派(左派)から支持されて政権を握った人物が出身母体である右派(左派)を裏切るかたちで左派的(右派的)な選択を行い、暗殺の危険にさらされながら国論の統一を図るというオプションである。この意味で、フランスは常にユゴー的な相反テーゼの合一(アウフヘーベン)を国是とする国なのである。


鹿島茂




