落語とクイズが交差する──古今亭今輔×徳久倫康「落語もクイズも新作に限る?」イベントレポート
ゲンロンα 2020年5月26日配信
新作落語はクイズのはけ口!?
イベントは今輔師匠の新作落語『雑学刑事』の口演から。出囃子の『野毛山』がかかると、カフェのステージに設けられた特設の高座に向かって今輔師匠がゆっくりとやってくる。コロナウイルスの影響により都内の定席寄席はすべて休場。個人の独演会なども中止が相次ぐ中、「人前で落語を披露するのは4月3日以来」というマクラから始まった今輔師匠の話ぶりは、しかしその期間の長さを感じさせないものだった。 『雑学刑事』は、クイズ好きの刑事が持ち前のクイズ力で事件の犯人を説得していくというストーリー。クイズ好きならば誰もが耳にしたことのあるような地名や人名が随所に散りばめられている。袖で聞いていた徳久が誰よりも笑っていたことが印象に残っている。今輔師匠いわく、古典落語の世界には『転失気』や『やかん』など、「知ったかぶり」をする人物がよく登場するという。そうであるならば「知ったかぶり」ではなくて、「やけにいろいろ知っている人」が出てくる話があったら面白いのではないか。そう思って今輔師匠はこの落語を創作した。 この落語の他にも今輔師匠は100以上の新作落語を作り上げてきた。レパートリーの中にはクイズから着想を得たり、クイズで知った知識を話に転用したものも多いという。今輔師匠は「子どものころからクイズファンだったのですが、クイズをする機会はあまりなかった。クイズ的な雑談のはけ口が新作落語なんですよ」と笑う。クイズと落語は、今輔師匠の中でしっかりと結びついているのだ。
クイズに取り組めなかった前座・二つ目時代
そんな今輔師匠だが、クイズに本格的に取り組み始めたのは最近のこと。学生時代にもクイズの大会に出演していたが、24歳のときに落語界の門を叩いてからはクイズに取り組めない時期が続いた。江戸落語の世界では、師匠の元に入門すると「前座」という身分になり、楽屋周りの雑用などを通して落語界の常識を徹底的に身に付ける。前座修行を終えて「二つ目」という身分になると、前座としての修行からは解放されるが、ひとりの落語家として自分の力で仕事を見つけて食いつながなければならない。この時期が落語家としてもっとも厳しい時期だったと今輔師匠は述べ、生きるのに精一杯でクイズに取り組む時間がなかった、と当時を述懐する。 落語界には一般社会と異なるルールが多い。トーク中には徳久が、基本的な落語界のしきたりから裏事情までをも聞く場面も多々あった。それを聞くだけでも大変興味深かったので、ぜひ実際のイベント動画も見て欲しい。 そんな忙しい前座・二つ目時代を経て、2008年に落語家の最高ランクである「真打」に昇進した今輔師匠。クイズに本格的に取り組むようになったのはそれからだという。クイズに思いっきり臨める現在、精力的にクイズ大会に参加したり、スマホのクイズゲームなどに熱中したりしている。 トークでは徳久と今輔師匠のクイズ遍歴やクイズの取り組み方から、クイズ大会でのエピソードまで多岐にわたる内容が話された。
クイズと落語、生の醍醐味
番組の最後には視聴者からの質問に答えるコーナーも。「記憶力はいいですか?」や「クイズをやっていてよかったと思うことは?」などの質問に今輔師匠と徳久が答えていく。最後に出された「オンラインでも成立するクイズ大会を、わざわざ集まって行う意味とは?」という質問には、全国津々浦々のクイズ大会に出場する徳久が回答。陸上競技が競技会という環境下で出されたタイムを元に記録を決定するのと同様、クイズでも対面で行われる大会での成績が真の実力だと見なされることが多い。その場にいる人の雰囲気や環境などによって結果が左右されることもあり、オンラインとリアルではクイズ大会の質に大きな違いがあるからだという。同じ場所で集まって記録を競い合うという制約に、競技クイズの面白さがあり、そうした取り決めがなければ全体の輪郭がぼやけてしまって大会の面白みが無くなってしまうというのだ。 今輔師匠は、実際に客と生で対峙する寄席では、客席の年齢層やタイプによって雰囲気が全く異なると述べた。当日の客席の雰囲気によって、その日演じる話を変えることもあるという。筆者は今輔師匠の『雑学刑事』を現地で聞いたのだが、たしかに生でしか感じ取れない迫力や間合いがそこにはあった。 落語もクイズも生に限るのかもしれない。
……と書いてみたが、今輔師匠の落語は動画でも十分楽しめるので、ぜひ動画で見て欲しい。 トークでは他にも、落語とクイズの関係をめぐって「クイズと落語は書いて覚えるか、聞いて覚えるか」といった論点や、最近のクイズ界の事情、今輔師匠が落語家になった経緯など、面白く興味深い話題が盛り沢山であった。今回のイベントは、今までのゲンロンカフェとしては珍しい座組みであった。しかし、様々なジャンルの人がボーダーレスに集い、自由に対話を深める場所がゲンロンカフェならば、今回のイベントもまた非常にゲンロンカフェらしいイベントだったのではないだろうか。(谷頭和希)