〈歴史的権利〉とは、過去になされた暴力の権利でしかない。
──100年前、現代の混乱を予言した言語学者は、なぜ祖国にロシアからの独立を望まなかったのか。


19世紀、ロシア帝国支配下のポーランド王国に生まれた言語学者ボードアン・ド・クルトネは、社会問題や民族マイノリティ問題……特にロシア帝国内のマイノリティに関しても数多くの論考を発表していた。さらに宗教の共存、ユダヤ人問題からウクライナまで。100年前に現代の混乱を予言した、知られざる言語学者の画期的論文集。編訳者・桑野隆による解説「ソシュールとボードアン」も収録。

目次

第1部 ウクライナについて

Ⅰ 民族を超越した視点からみた〈ウクライナ問題〉

第2部 自治の面からみた民族的特徴と地域的特徴

Ⅱ 自治の面からみた民族的特徴と地域的特徴

序/1 一般的観点の設定/2 自治の面からみた民族的特徴と地域的特徴の源泉/3 一定の社会集団への人間の所属に関する客観的定義・評価と主観的定義・評価/4 自治に関する問題の実践的解決と、自治の実現/5 ロシア国家の連邦化/6 マイノリティの権利とマジョリティの権利の保障/7 害と利益/8 具体的な問題──ユダヤ人問題、シオニズム、「ジャーゴン」/9 具体的な問題──学校事業/10 近い将来に実現可能なこと

Ⅲ 嘆願書ほか

A.A.シャフマトフに宛てたV.V.ラドロフの手紙
帝室科学アカデミー総裁コンスタンチン・コンスタンチノヴィチ大公に宛てたA.A.シャフマトフの手紙
ボードアン・ド・クルトネを弁護する学者グループの文書
皇帝ニコライ二世に宛てたボードアン・ド・クルトネの手紙

訳者あとがき

著者プロフィール

クルトネの肖像写真

ヤン・ボードアン・ド・クルトネ(Jan Baudouin de Courtenay)

1845年生まれ、1929年没。言語学者。帝政ロシアの分割領であったポーランド王国で生まれる。ワルシャワ中央学校で言語学を修めたのち国内外で研究を重ね、1875年にカザン大学に就任。その後もロシアとポーランドの各地の大学で多くのすぐれた言語学者を育てた。その斬新な言語理論ゆえに、ソシュールと並ぶ構造主義言語学の先駆として高く評価されている。民族問題を中心とする社会問題についても活発に発言していた。

桑野隆(くわの・たかし)

1947年、徳島県生まれ。元早稲田大学教授。専門はロシア文化・思想。著書に『民衆文化の記号学』(1981)、『夢みる権利』(1996)、「危機の時代のポリフォニー」(2009)、『バフチン』(改訂版2020年)、『言語学のアヴァンギャルド」(2021年)など。訳書にボガトゥイリョフ「民衆演劇の機能と構造』(1982年)、トロツキイ『文学と革命』(1993年)、バフチン『ドストエフスキーの創作の問題」(2013年)など多数。