ユーゴスラヴィア
1 平和について、あるいは考えないことの問題 ― 第1部 平和について

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ウクライナ、中国、ユーゴスラヴィア、ベトナム、そしてアメリカ……。
戦争の記憶をめぐり、平和について考えた哲学紀行文集。
ひとは政治の時代をいかに抜け出せるか。
『動物化するポストモダン』の著者による、「考えないこと」からの平和論。
平和は「考えないこと」の広がりで定義される。
だから、平和について考えるとは、「考えないこと」について考えるということでもある。
平和の記憶はつねに訂正可能性に晒されている。
それは寂しいことだが、それこそが平和を生きることの代償なのだ。
平和は「考えないこと」の広がりで定義される。
だから平和は哲学と政治だけでは達成できない。
はじめに
第1部 平和について
1 平和について、あるいは考えないことの問題
・旧ユーゴスラヴィアへの旅
・共生の平和と隔離の平和
・歴史修正主義と平和の記憶
第2部 ウクライナのまわりで
2 悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題
3 悪の愚かさについて2、あるいは原発事故と中動態の記憶
・チェルノブイリという固有名
・加害と中動態
・虚構と大量生
4 ウクライナと新しい戦時下
第3部 断章
5 顔と虐殺
6 声と戦争
7 博物館の力
8 哲学とはなにか、あるいは客的ー裏方的二重体について
あとがき
初出一覧
文献一覧
1 平和について、あるいは考えないことの問題 ― 第1部 平和について

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2 悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題 ― 第2部 ウクライナのまわりで

3 悪の愚かさについて2、あるいは原発事故と中動態の記憶 ― 第2部 ウクライナのまわりで

4 ウクライナと新しい戦時下 ― 第2部 ウクライナのまわりで

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